その18 しばしの別れ
「ウッヒョーッ! オレっちヒーローになれるぅーッ! テンション上がってきたぜ!」
林太郎くんがその場でぴょんぴょん跳ねながら、準備運動のような何かを行います。
「よぉーし。センパイの期待に応えるぞぉ~」
いつも気楽そうに見える明日香さんも、今日ばかりは(ほんのちょっとだけ)声が張り詰めているように思えました。
「明日香さん。同い年なのにセンパイは止めて下さい」
「いーんです。センパイはセンパイですから」
へらへらと笑う明日香さん。
このやり取りが、これで最後にならないことを祈りましょう。
「センパイ……」
私達を見送るのは、険しい表情をした康介くん。
「俺は、……」
みなまで言わせません。
「その、足」
私は彼の右足を指します。
「治ってないでしょ」
「なっ……」
「隠しても無駄です」
何せ、一週間前に足首をくじいたばかりなのに、無理な自主トレーニングを続けてきた訳ですから。
完治にはもう少しかかるはずでした。
「――コウちゃん、ずっと無理してるんです」
とは、彼の恋人、リカちゃんのお言葉。
以前、一緒に正門を閉めに出た仲間を二人失ってからというもの、彼は苦痛を表に出すことを極力避けているようでした。まるでそれは、自分に罰を与えるようでもあり。
話によると、二人が”ゾンビ”の餌食になったのは、彼が足を捻ったことと無関係ではなさそうで。
康介くんは、仲間の死に責任を感じているようでした。
あー、そういう感じかー、と。
正直、あんまり重いもの抱えてる人についてこられると、困るんですよね。
ほら、物語なんかだと、完全に死亡フラグが立ってるパターンじゃないですか。
そんなこんなで、康介くんには、今回のメンバーからは外れていただきました。
「……センパイは間違ってない。コースケ、アンタはここに残った方がいい」
助け舟を出してくれたのは、元陸上部の多田理津子さん。
これまであんまり口を開いてこなかっただけに、彼女の言葉には重みがあります。
「では、後は任せます、理津子さん」
「……はい」
もし、万が一のことがあっても、彼女がいれば大丈夫でしょう。
正直言って、彼女ったら今の私より強いくらいですし。
「……そのまえに、センパイ」
「なんです?」
「抱きしめても、いいですか?」
はあ?
首を傾げる私を、理津子さんはぎゅっと抱きしめてきました。
「むぎゅ……っ?」
理津子さんは、私よりも頭一つ分背の高い女性です。力も半端ありません。
私は、ほとんど抵抗できず、為すがまま。
「必ず、生きて帰って下さい」
囁く声。
見上げると、理津子さんの頬が少しだけ赤く染まっていました。
……あれ?
ひょっとしてアナタ、百合畑の人?
混乱していると、
「ああっ、ズルい……」
明日香さんも不平の声を上げます。
……まさか、……ええと。
明日香さん、あなたも、なんてことないですよね?
百合キャラのバーゲンセールじゃないんですよ?
信じましたからね?
「ひゅーひゅー! なんかエロいぜえ!」
脳天気な林太郎くんだけが、妙に明るい調子でした。
▼
これまで、レベル上げも兼ねてちょくちょく始末してきたこともあってか、正門前にいる”ゾンビ”はほとんど見られませんでした。
敷地外に出た私たちは、真っ直ぐ”キャプテン”がある方向へ走ります。
どうやら今”ゾンビ”の間では空前の”キャプテン”ブームが起こっているらしく、道中は驚くほどに平和でした。
「ふーっ、ゾクゾクするぅ……! 小便ちびりそーっ」
たしかに、見慣れた道を歩いてるだけでもピリピリとした緊張感に包まれている気がします。
「言った手順の通りに、おねがいしますよ」
「わかってますよぉ」
明日香さんが応えます。
「でもセンパイ、本当に一人で大丈夫なんですかぁ?」
まあ、ぜんぜん大丈夫じゃないんですけどね。
もちろん、勝算ゼロって訳でもありませんけど。
「問題ありません。私には天の助けがついてるんですから」
そう応えます。
明日香さんは、少し不満そうでしたが、それでも納得はしてくれたようで。
私達が“キャプテン”にたどり着いたのは、それからもう間もなくのことでした。
「ではみなさん、合図があるまで隠れていて下さい」
「了解っす」
「……はぁい」
”ゾンビ”は、
危害を加えてくる相手>視界に映っている人間>人間の匂い>物音
という大まかな優先順位で引き寄せられることは、すでにわかっていました。
私が”ゾンビ”の注意を惹きつけている限り、身を隠している彼らに危険が及ぶ可能性は限りなく低いはずです。
林太郎くんと明日香ちゃんが隠れたのを見計らって、私は”キャプテン”へと向かいました。
途中、自衛隊のものと思しき軍用トラックが停まっているのを見かけます。
ここまで来れたのに、どうしてここで停まっちゃったんだろうと思ってよく見ると……うわぁ。
滅茶苦茶になった”ゾンビ”の死骸が、タイヤ回りにまとわりついていました。
どうやら、このせいで車が動かなくなったらしく。
彼らが”キャプテン”の屋上へ逃げたのも、苦肉の策だったのでしょう。
軍用トラックを探せば、自衛隊の武器が見つかるかも、とも思いましたが、どうせ銃を手に入れたとしても、使い方がわかりません。やはりここは、慣れた刀で勝負するべきでしょう。
その時、屋上の方から、たーんたーん、という銃声が響きました。
どうやら、例の自衛隊員の人が反撃に出ているようです。
いよいよ彼らに危機が迫っているようで。
私は、駐車場のバーを飛び越えて、屋上への道を急ぎました。
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