その385 百人力
その後、残り時間(あと三十五分ほど)をチェックしながら、魔力回復を兼ねてナイススティックをもぐもぐしていると、
「……なーんて、和んでるところに《ふぁいあーぼーる》っ!」
ぽいっと控えめな投球で、火炎の球が飛び込んできます。
ぶっちゃけ私、ちょっと前から彼女に気付いていたので、ぴょんと横に避けるだけでそれを回避できました。
見ると、”遊び人”根津ナナミさんが、数日ぶりに元気な姿を見せています。
彼女、相変わらず糸のように細い目をぷんぷんと怒らせて、
「ひ、ひ、ひひ。こらーっ、”名無し”っ! あたしを差し置いてなんか楽しいことするの、ダメでしょ! 誘ってよ!」
「そう言われても……」
麗華さんが急に始めたことだったし。
「友だちだからって容赦しないぞー! ってわけで、私が十万をゲットするっ! 《ぴーりかぴりらら……」
同時に、私はパンを小脇に抱えて素早く接近、両の手で彼女の唇を塞ぎます。
「むぎゅー!」
「ごめんなさい。《謎系》だけは勘弁」
ってかさっきの魔法、ランダムで出した奴ですよね。危ないなあ。
「むーっ、むーっ」
「私いま、ちょっとだけマジのやつなんです……遊びでやってる場合じゃなく」
と、ここでかくかくしかじか。
するとどうでしょう。ナナミさんったらあっさりと手のひらを返して、
「なーんだ。麗華のやつに一泡吹かせるつもりだったって訳ね。それであの女、あんなアナウンスを……あいつらしいなあ」
「はい」
「そんじゃ、あたしも手伝うよ」
さすが、ご理解が早い。
「”姫”同士の専用回線があるからねー。すぐにカズハとミズキにも連絡しとく。たぶんそれだけで二人は手を出さないんじゃないかな」
「助かります」
「あんた、トラ子と百花のやつとは仲良しっぽいから、別に連絡しなくていいね」
「ええ」
二人なら少なくとも、敵にはならないでしょう。
「となると、――残った障害は、”不死隊”だけってことになるか」
”不死隊”。彩葉ちゃんと舞以さんか。
「他に、”不死隊”で強力な”プレイヤー”は?」
「ま、あたしに言わせりゃ、雑魚ばっかりかな」
えへんと胸を張って話すナナミさん。
「真っ向勝負ならどうなるかわからんけど、あたしの場合、”賭博師”と組めれば《謎系》も最大限活用できるからねー。……んで、あたしとトラ子は、万一の時は手を組む盟約を結んでる」
「へー……」
まあ、確かに彼女、”賭博師”さんとの相性はかなり良さそうではあります。城攻めするならほとんど無敵の能力かも。
「とはいえ、お城には《魂修復機》があるので、あんまり無茶な真似はできませんよ」
「わかってるって。……だいたい、そんな真似しちゃあ、せっかく向こうが乗ってきた”ゲーム”が台無しになっちゃう。入城するには、素直に正門を目指すことだね。もう休止してるが、旧いアトラクションの順路にもなってる道を進む格好だ。ミステリーツアーっていうの。知ってる?」
ミステリーツアー、ですか。
たしか、私が小学生くらいの頃に運営終了したアトラクションですよね。
なんでも、”死者の王”っていう
「空をびゅーん、と飛んで行く案は厳しいかしら」
「ダメとは言わないけど、たぶんそっちの方が時間がかかるんじゃないかな」
「えっ」
「麗華の部屋は、アトラクションのクライマックス、――”死者の王”の玉座付近の従業員用通用口から進むのが手っ取り早いからね。お城のテラスにもVIP用の部屋があって、そこも一応、あいつの部屋ではあるんだけど、――」
ナナミさん、そこでちょっとだけ苦い顔になって、
「百花のやつが一度、暗殺に失敗してから、あんまりあそこには居着かなくなっちまった」
あらら。
あの子、こんなところでもやらかしを。
「いいかい、”名無し”。これは千載一遇のチャンスなんだ。あいつが自ら、こんな風に隙を晒すことなんて滅多にないんだからさ」
……ふむ。
しかしそうなると一つ、疑問が湧いてきます。
「志津川麗華さん、なんで私をゲームに誘ったんでしょ」
「さあ。あいつは時々、気まぐれにこういう催しをするからなあ。大方、この前のミサイルぶった切った一件で人気者になったあんたを妬んでのことじゃない?」
「そうは見えませんでしたけど」
「外面を取り繕ってるだけよ。あいつ、それだけは得意だから。内心では他人への嫉妬でぐつぐつに煮えたぎってる」
人から注目を集めるのって、私にはただの重荷でしかないんですけど……そうでもない人もいるのかな。
「まあ、いいでしょう。……彩葉ちゃんと舞以さんは味方みたいなものだし、残った障害はなくなったかな」
「いいや。二人とは多分、やりあう羽目になるね」
「えっ。……そうかな」
「うん。だってあの娘たちにはあの娘たちなりの結束があるし。いくらあんたたちが仲良しこよしでも、城の中で自由にさせてくれるほど甘くはない」
「ふーむ……」
と、そこで、
「それでも、――」
天宮綴里さんが口を挟みました。
ちなみに彼、先ほど無関係な吉田茉莉ちゃんを巻き込んだ張本人。
そのためか今、ちょっとだけ顔つきが神妙になっていて、
「それでも、こちらは三人がかりでしょう。我々全員で叩けば、敵ではないはずです」
「それはそうなんだけど……うぅんと。……残念だけど、マジでやりあうなら、今回、あたしはなるべく前線には出たくないんだよねー……」
「どうしてです?」
「それはー、そのー……」
彼女、ずいぶんと言いづらそうにして、こちらに目配せします。
それだけで私、あ、そっか、と納得しました。
舞以さんから聞いてます。彼女、お腹に赤ちゃんがいるって。
こんな世の中だから、ちゃんと育てるかどうか迷ってたみたいでしたけど、……この様子だと、決めたんだ。
産むって。
そこで私、綴里さんの肩をぽんと叩いて、
「では、ナナミさんはあくまで、こちらの補佐ということで」
「し、しかし……」
彼の気持ちもわかります。
早ければ今日中には想い人が戻るかも知れないとわかっている以上、今は少しでも戦力が欲しい、といったところでしょう。
私はそこで、ぐっと親指を立てました。
「安心して。私、百人分頑張りますから」
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