その384 お着替え
それから程なくして、野次馬の少女たちをかき分ける、五人の人影が。
綴里さん、明日香さん、美言ちゃん。
そして”守護”のトールさんと、蘇我さんという方です。
「センパイッ! お怪我は!?」
「あー……、大丈夫です。そこでジオングみたいになってる人よりは」
「足なんて飾りですよ。どーでも良いじゃないですかっ」
冷たく、そう吐き捨てる明日香さん。
そして彼女、慌てて用意してきたらしい、菓子パンと着替えが詰まったバッグを私に押しつけました。
「わあ。ナイススティックばかりこんなに……ありがとう」
「どういたしまして。ってか、それよりとりあえず、着替え、でしょ! センパイいま、百万回レイプされた人みたいですよ」
「ひゃ、ひゃくまん……?」
苦笑気味にバッグを受け取りながら、私はすぐそばで倒れている里留くんを、ちらと見下ろします。
彼、未だに気を失ったままでしたが、仲間から《治癒魔法》を受けているので死にはしないでしょう。
”プレイヤー”の回復力があれば、ぶった切られた足もくっついて、パーフェクトな身体を取り戻すことができるはず。
そこまで確認した私は、そっと物陰に身を隠し、そそくさとお着替え。
懐かしの――”雅ヶ丘高校”指定の赤いジャージを身にまといました。
▼
「オヤオヤ! やっぱりアナタは、その格好ジャナイとね!」
いつも通りの気さくな笑顔を浮かべているのは、トール・ヴラディミールさん。彼女の様子からは、仲間をやられた恨みは感じられません。
「さっきの、カナリ見応えのあるバトルだったヨ! オツカレー」
「はあ……」
私は内心、このままこの人とやり合う羽目になったらきっと負けるな、と思ってます。
とはいえ、どうもそういう雰囲気ではないみたい。
どうやら、上司さんとやらに言いつけられたお仕事(時間稼ぎ)は、里留くん一人で十分に果たすことができたみたいでした。
「でもあの時は、さすがにワタシも手を出しかけたヨ」
「あの時、とは?」
「ムカンケーな
「ああ……」
見てたんだ。
「ってかコイツ、アンダケ《スキル鑑定》はトットケって言っといたノニ。『こっちには本があるし、味方と重複するカラ』って意地にナッテさ。アレ使っときゃ、あの娘が”プレイヤー”かドウカくらい、ワカッタのに」
「仮にそうだったとしても、――こちらには藍月美言ちゃんがいますから」
「ドッチにしろ、ロリであるコトには変わらんヨ。罪深いゼ」
「まあ……それはそうかも、ですけど」
何にせよ、――あの場で彼ができたのは、自分を誤魔化してでも人質を取るしかなかった。そうすることでしか、勝ちの目はなかったんですから。
私は深く嘆息しながら、倒れている里留くんの懐を探ります。
”攻略本”は、すぐに見つかりました。
「これ……約束してたんで。もらってきます」
「おっけー」
トールさん、これっぽっちも疑う素振りをみせず、あっさりとそれを受け入れます。というのも、
「コレデ、サトルも多少は空気読むようになるデショ」
とのことで。
元々彼女、里留くんがこの本に頼りっぱなしになるのをよろしく思ってなかったみたい。
「デモその本、サトル専用のアイテムみたいだから、アナタが持ってても意味、ナイカモネ」
「そうなんですか?」
「ウン。デナキャ、あのシスコンが妹を死なせるコトもなかったジャン?」
「言われてみれば……」
彼女の言うとおりこの”攻略本”、近い将来、里留くんの身に起こりうる危機とその対策について、ざっくりとした情報が書かれているのみ、って感じみたい。
ぱらぱらと軽くページをめくると、彼がこれまで戦ってきた”敵性生命体”の絵と攻略法が書かれていることがわかります。
「ダイタイ、未来ってのは自分の手で切り開いていくモンダ。こんな本に書かれてるコトに左右サレルものじゃナイヨ」
「ですね」
ふと、私が最新のページを開くと、そこには、
『※なお、ここで”名無しのJK”と敵対行動をとることにより、完全に恋人ルートを破棄したことになる。彼女とのデートイベントを楽しみたい場合は、必ず”名無しのJK”に協力すること。』
などという一文が。
それだけでもう、苦い気持ちで一杯になります。
私が、誰とデートするかなんて、――こんな本に左右されてなるもんですか。
「里留くんが起きたら、伝えてください。『もし元気になったら、改めて食事をご馳走になりますので』と」
「イイネ。ワカッタよ」
「メニューは、……そーですね。満漢全席で」
「オッケー。上野動物園でサイのチンチンを仕入れたらマタ誘うヨ」
「………。やっぱり、普通のもんじゃ焼きで」
「リョーカイ」
そのまま、しばし”攻略本”の内容をチェック。
これまで歩んできた里留くんの道程を見るに、――どうやら彼、ここまで”プレイヤー”とはほとんど戦わずにやってきたみたいですね。
戦わずにして勝つのは兵法の基本ですが、結果として彼ほどの使い手ががレベル49程度なのは、その所為かも知れません。
何にせよ、私に関する情報が漏れる可能性は、可能な限りシャットアウトしておかなければなりませんでした。
あと気になるのは、どうやってこれを手に入れたか、ですが……。
「――?」
と、そこで、”攻略本”の最新ページに、新たな一文が浮かび上がっていることに気付きます。
大きな文字で一言、でんと書き込まれているその内容は、
『血のつながりは、大切にしなくてはならない。』
という一文。
少し首を傾げながらそれをじっと見つめていると、さらに注釈と思しき文章が浮かび上がってきました。
『※この本を奪取した者へのヒント。
これは、七裂里留というキャラクターの行動原理である。
彼は必ず、血縁者の保護を最優先に行動するだろう。
これは論理的な行動ではなく、そういう属性の登場人物だということだ。
彼を味方につける場合は、血縁者を利用すると良い。』
属性……。
登場人物。
――”名無し”さんは、……この世界の出来事すべてが、一篇の物語のように感じられたことはないか?
ふうむ。アリスさん、か。
やはり、いずれ彼女とは話をする必要がある……でしょうね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます