その383 必殺技Ⅴ
天高く飛ぶ里留くんを見上げながら、私はこう思っていました。
――あっこれ、進研ゼミでやったやつだ!
と。
《必殺技Ⅴ》。
”プレイヤー”にとって、一つの到達点となっているスキル。
大型の”敵性生命体”を殺すのには最適解と言って良く、レベル30を越えた”プレイヤー”の大半が憶えている攻撃技です。
前世の”私”の研究によると、
《格闘技術(上級)》《必殺技Ⅰ~Ⅴ》
《自然治癒(強)》《皮膚強化》《骨強化》
《飢餓耐性(強)》《治癒魔法Ⅰ~Ⅴ》
この辺りは(順番の前後こそあれど)、おおよそ九割の”プレイヤー”が通る道、とのこと。
ちなみに、ここまで取るのに必要なレベルは、(初期で《格闘技術(下級)》を取得していた場合で)ちょうど20。これはつまり、よほどの怠け者でなければ、ほぼ全”プレイヤー”が憶えている基本セットだということでした。
と、いうわけで、《必殺技Ⅴ》の対応は、対人戦を想定している者にとっては基礎中の基礎。
もちろん私は、前世の”私”との特訓で、厭になるほどこの技への対抗策を練習していました。今ならきっと、目をつぶっていても躱すことができるでしょう。
しかし残念ながら今、その手は封じられています。
というのも、辺りにまだ少女が倒れていたためでした。
彼女に攻撃の余波が及ぶ可能性を考えると、私は攻撃をまともに受ける他、ないみたい。
――里留くん。
妹を救うため、あらゆるものを犠牲にしたお兄さん。
恐らくはこの状況さえも、彼の計算尽くでしょう。
ならばこちらは、真っ向から全てを打ち砕くだけ。
私は刀を収めたままの格好で、彼を迎えます。
《必殺技Ⅴ》を破るためには、……高速で飛来する彼の利き足をぶった切る必要がありました。
もちろん里留くんも、その覚悟でしょう。
私はじっと彼を見据えて、刀の柄を触れる程度に握ります。
「うらああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」
最後にこの技に頼るしかなかった自分を奮い立てるように、里留くんは絶叫しました。
こちらに狙いをつけた彼は、ぎゅん、と加速して急降下。
ここから数瞬の後、彼の跳び蹴りが私に突き刺さるでしょう。同時に、彼の産み出した金色のエネルギーが身体に流れ込み、内部から大爆発を起こします。《必殺技Ⅴ》はつまり、そういう技なのでした。
そこで私は、柄をぎゅっと握りしめ、両手で杖を突くような体勢になって、刀を前に突き出します。
その後、素早く鞘を引き、切っ先のみを収めた状態で、柄を握る親指に力を込めました。
き、き、き、き……と、鯉口が悲鳴を上げ、刃に力が溜まっていくのがわかります。
私がやろうとしているのは、――そう。
刀と鞘を使った、でこぴん的なやつ。
もちろんこれは、通常の居合い術の型にはありません。普通の刀でこんなことをしてしまえば、鞘が一瞬でダメになってしまうでしょう。しかし私には《パーフェクトメンテナンス》というスキルがあります。これにより鞘を通常よりも頑丈に使うことができるのでした。
き、き、き、き………。
「ああああああああああああああああああああああああああッ!」
「――ッ」
私は目を思い切り見開いて、彼を見上げます。――突き出されているのは、……通常の”プレイヤー”が使う《必殺技Ⅴ》とは少し違っていて、両方の足。ドロップキックというやつでした。
着地を考慮しない捨て身の一撃に、私は「へー、そーいうのもあるんだ」くらいに思います。
その時、限界まで力を貯めた切っ先が鯉口と擦れ、火花を散らしながら抜き放たれました。
バネ仕掛けのように飛び出した私の刀と、里留くんの両足が交差します。
瞬間、彼の身体を包み込んでいたエネルギーはあっさりと消失。
両膝から下をすっぱりと分断された里留くんが、派手に血液をまき散らしながらバスケット・ボールのように跳ね、木組みの街を穢しました。
「ぐ、…………は……………ッ!」
里留くん、ごろごろと煉瓦の道を転がった後、気を失ってしまいます。
「はい、勝ち、と」
刀に付いた血を落とし、鞘に収めると、さすがにどっと疲れが押し寄せてきました。
こんな戦いがあと二、三回も続くようでは保たない、かも。
遠巻きには、いつの間にか追いついていたヴィヴィアン・ガールズの目。
もはや一生私に近づくつもりはないであろう少女たちの、殺人鬼を見るような視線が痛い。
食堂で見かけた兄ちゃんの両足が、派手にぶった切られるところ見たら……そりゃね。
私は小さく嘆息して、まずは踏みつけにされた少女に駆け寄ります。
さっきから変身が解けてないところみると、――やはりこの娘、あの丸顔の女の子本人で間違いなかったみたい。
気の毒に。
手早く《治癒魔法》をかけてやると、少女は少しだけ目を開けて、
「ごめんなさい、”名無し”さん……」
「?」
「私……毒ガスのこと。ちゃんとみんなに注意できなくて……」
眉間を抑えて、苦い顔を作ります。
やはり、誰かを利用するような真似は、私向けのやり方じゃないな。
「いいんです。伝言、ありがとう」
「ん……」
そして、再び気を失う少女。
たしか、名前は吉田茉莉ちゃんと言いましたっけ。
後々、ちゃんとお詫びしないとね。
もちろん全ては、麗華さんとのゲームが終わった後になるでしょうけども。
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