その376 レールの上で

「ちょっと! 離れてください!」

「やーだー! そういってにげるつもりでしょー! じゅうまんポイントはあたしのものだーっ」

「いやいや、危険なので! マジで!」


 私は、左腕にピッタリとくっついて離れたがらない女の子にすっかり困り果てながら、忙しく周囲を探ります。

 見失った里留くんの次の動きがわからなかったためでした。

 それにしても彼、……無関係な人を《火系魔法Ⅴ》の標的にするとは、なかなか危うい技を使ったものです。

 妹を救いたい気持ちは批判しませんけど、だからといって……。


 一人、広い道路の真ん中で眉をひそめていると、風上の方向から数個、アルミホイルで巻かれたピンポン球のようなモノが転がっているのが見えました。


「あっ」


 これ、偶然にも私、何か知ってます。

 化学部の実験……というかお遊びをたまたま見かけたことがあって……、確か、硝酸カリウムと砂糖を混ぜてアルミホイルで包むと出来上がる、お手製の煙玉でした。


 一瞬私は、この鬼気迫る状況にいながら、すっかり感心してしまいます。

 まさか、あれを実戦で使う人がいるなんて……と。


 ほぼ同時に、ぱん、ぱん、ぱん、ぱん、と、内部の混合物に火が点る音が聞こえました。

 すると、ピンポン球からそれぞれ、白い煙が吹き出します。化学部の実験で作られた煙玉より何杯も濃い色。ひょっとすると、里留さんならではの特別な調合があるのかもしれません。


 周囲に火薬の焼ける香りが満ちていき、私は慌てて傍らにいる少女の口にハンカチを当てました。


「吸っちゃ駄目。毒になります」

「えっ……ど、どくぅ……?」

「はい。だから、少しでもはやくここを離れて。この辺りに近づく人がいたら、注意してください」


 これは嘘ではありません。硝煙の匂いはあまり吸い過ぎると中毒症状を起こす場合がある、と、聞いたことがあったためです。とはいえそれは、かなり煙を吸い込まないとそうなりませんが。

 里留くん流の嘘つき戦術を真似てみたまで。


「わ、わかりましたぁ」


 おぼつかない足取りで、慌てて離れていく女の子。

 私は小さく嘆息して、里留くんの次の動きを待ちます。

 煙玉の影響があるとはいえ、秋風が吹く中、完全に視界を塞ぐことはできません。

 精々、うっすらとそのシルエットを隠す程度の効果でしょうか。


 煙の中、私は上着に両手を突っ込み、


「――《怪我直し》」


 《治癒魔法》を使って、とにかく折れた片手を癒やしました。

 両手を隠したのは、治癒の時に発生する緑色の光でこちらの位置を正確に知らせないため。なので全身の回復は後回し。

 とにかく今は、最低限度、戦えるだけの状態にならなければ。

 先ほどの雷撃で受けた痛みに耐えながら、私は再び使えるようになった手で刀を抜きます。


 もう、油断はしない。


 身構えつつ、体勢を低く。

 瞬間、人型の気配が風上から飛びかかってくるのが見えました。

 私は冷静にその動きを見定めて、さっと地を這うように後退します。

 すると、どかっと音を立て、私が立っていた位置に、ミニャーの着ぐるみが転がりました。

 むむ。世界的な人気者をこんな風に扱うなんて。Twitterなら炎上する案件ですよ、これは。


 私は、ミニャーを飛んできた方向に走り抜けながら、煙が満ちた空間を飛び出します。

 同時に、ぱしゃ、と水たまりを踏みました。


「――げ」


 同時に、ぞっと厭な予感が背筋を撫でます。

 この、あからさまな仕込みに何の意味もないはずもなく。

 呪文の詠唱を聴くまでもなく、待ってましたとばかりに私の全身に再び、雷による一撃が襲いかかりました。


「あみゃみゃーっ!」


 本日、二度目になる悲鳴。

 とはいえ、咄嗟に背後に跳ねたお陰か、ダメージが最小限で済んだのが幸いでしょうか。


『うわっ、すげえ! いまの反応できるとか……っ!』


 里留くんの驚いたような声に振り向きますが、人影はありません。

 代わりに、たった今投げられたらしい無線式のスピーカーが転がっていました。


 マジかよ。ここまで微妙な小細工するとか……。


 同時に、背面から利き腕、――私が刀を持つ手に、打ち上げるような前蹴りが当たります。


「……くっ!」


 それは、極めて正確にこちらの親指を狙っていて、私は一瞬、歯を食いしばって耐える必要がありました。

 刀を放してたまるものか。


 次の瞬間、私は振り向きながら、


「――《喪心そうしんの刃》ッ」


 《必殺剣Ⅵ》を起動。里留くんに斬りかかります。

 薄煙に紛れながら、彼は奇妙な構えを取っていました。

 なんか、両拳を前に突き出して、私に押しつけるような格好。

 その意味を理解する前に、私は刀を振り下ろします。

 するとどうでしょう。

 まるで奇術師の不思議な技を見ているように、私の切っ先はつるりと空中でその軌道を変えたのでした。


「な、ん、でッ!?」


 それが、薄煙に巻かれてよく見えなかった、極細の鋼線だと気付いた時には、すでに遅く。

 刀を跳ね上げられ、上半身が鋼糸に巻き取られていることに気付いたのはその次の瞬間。


「武芸十八般。――捕縄の術です。これは主に、自分の得物に依存する者に使う」

「……ぐっ!」

「降参を。五秒待ちます。さもなければ肉を裂きます」


 ……さっきから、……なんというか。

 里留くんが想定したストーリー通りにことが進んでいる気がするんですけど。気のせい?


 内心、焦りを隠せません。

 どこかでこのレールから抜け出さないと、――私、ホントに負けてしまうかも。

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