その373 心の一方

 さて。

 今の打ち合いで理解できたことがありました。

 どうも七裂里留くん、もともと何らかの格闘技経験者っぽいこと。

 スキルによって力と技が上乗せされていることは間違いありませんが、それだけでは納得できない、……なんというか、強者としてのオーラを感じます。


「――二つ」

「?」

「俺があなたに勝つ手段としては、二つ、やり方があります」

「はあ」

「一つはもちろん、正攻法。――”名無し”さんは確かに、俺よりも遙かに強力な力を持ちますが、その分、器用貧乏と言わざるをえない。何かに特化した能力がないのです」

「ふむ。……もう一つは?」

「ひみつです」


 ふふん、と、したり顔の里留くん。

 こっちの気持ちをモヤモヤさせる作戦か何かでしょうか。


「ただ、一つだけヒントをいうなら、――”名無し”さん。あなた、今のような状況では、その強さの半分も発揮することができない。そうっすよね」

「……今のような状況?」

「時間制限があり、かつ相手を殺すことができない状況、ということっす」


 確かに。

 今私は、人を殺してしまいかねない多くのスキルを封じられている状態でした。


「”プレイヤー”が対人戦を行い、――そして、その相手を殺したくない場合の攻撃手段は限られています。例えば《火系魔法Ⅲ》と《雷系魔法Ⅳ》あたりが最も効果的でしょうか。《火系》だとⅤは威力が高すぎるし、Ⅳはコストパフォーマンスが悪すぎます。あれはむしろ”ゾンビ”などを一層する時に使う魔法だ」


 あ、それ、ちょっとわかるー。

 やっぱみんな同じ結論に至るんだ。


「俺、”プレイヤー”が憶える術は、大きく分けて二種類に大別されると思うんです。一つは”サバイバル用”。んで、もう一つは”対人用”」


 まあ、何もかも応用次第ではありますが。


「そして、――今、俺が確認する限り、”戦士”さんの能力で”対人用”の怖い技はほとんどありません。魔法はほとんどその効果がわかっていますし、”戦士”特有のスキルも同様です。怖いのは《必殺剣》ですが、あれはどれも威力が高すぎて、俺を殺しかねない。そうでしょ?」

「よくわかりますねえ」

「ええ。俺、あなたがミサイルをぶった切るところを観ていますから」


 私は、お尻の辺りに佩刀はいとうした日本刀の柄を撫でます。この格好で刀を帯びている場合は、なるべくそれを使いたくない時。刀を抜くのに一手間掛かりますからね。


「でも私、案外、あなたを無傷で捕らえるような技があるのかも知れませんよ?」

「あるんですか?」

「ひみつでぇす」

「ふーん」


 もちろん、私には奥の手がありました。

 以前、一度だけ試した記憶のある、相手を傷つけずに済む二つの技。


 《必殺剣Ⅵ》は、敵を昏倒させる効果。

 《必殺剣Ⅶ》は、魔力吸収効果。


 これらを使えば、問題なく彼を捕まえることができるはず。

 ただ、この技を使うということは、これまでずっと秘密にしてきた手札を一般に知らしめることでもあります。

 特に、同格の”プレイヤー”であるトール・ヴラディミールさんが観ている中で技を明かすような真似は避けたいところ。


 果たして、里留くんがそれに見合う相手かどうか。

 ……と、いう私の迷いをどう解釈したものか、彼はにやりと笑います。


「やはり。今のあなたには攻め手として決定的な技がないように思います。”攻略本”にもそう書かれていることですし……」


 あれ? その本、嘘情報載ってない? ちゃんと校正の人、雇ってる?

 ……ふむ。それなら、と。

 私の中で一つ、攻略案が浮かびました。


「そろそろ、おしゃべりは終わりにしてもよろしい?」

「ええ、どうぞ」

「では……」



――ここまでは、……まずまず、予定通り。


 と。

 七裂里留は内心で、ほっと吐息を吐く。むろん、その表情からは何ごとも伺うことができないだろう。ポーカーフェイスは得意中の得意だ。


 対する”彼女”からは、闘争を行う者とはとても思えぬ、ゆるゆるの雰囲気がにじみ出ていた。


 七裂里留が望んでいたのは、この空気だ。この状況だ。


 ”攻略本”を差し出す決意をしたのも、少々見当外れな解説役を演じてみたのも、長々としたおしゃべりも、厭がるトールに”好物のみの三食+昼寝つきの休暇”を条件に監視を命じたのも、全てこのため。


 わかっている。もちろん。……この人が、自分などでは到底敵わないほどの実力を隠し持っていることなどは。

 だからこそ、”彼女”に本気になられる訳にはいかなかった。こちらの勝ち筋は、行き掛けの駄賃にレアアイテムを手に入れられるボーナスキャラ、くらいの立ち位置に思わせる以外になかったのだ。


「そろそろ、おしゃべりは終わりにしてもよろしい?」


 攻め手を思いついたらしい”彼女”が、にやりと笑う。

 まず、次の一手で彼女にダメージを与えること。

 勝ち目があるとすれば、それが最初の一歩だ。


「ええ、どうぞ」

「では……」


 彼女が囁いた、――次の一瞬。

 言葉どおり瞬き一つほどの暇もなく、黒髪の少女が接近する。

 先ほどと同様の肉弾戦だ。


――よし。しめた。


 そう思う。


 親元にいた妹と違い、長らく関東で祖父と暮らしてきた七裂里留には、とある武術の心得があった。

 二階堂平法の流れを汲むとされる古武道。七裂一条流。

 剣術はもちろん、槍術、暗棒術、柔術、捕手術、鎖鎌術、しのび術等、主に一対一の戦いを極めんとする総合武術である。

 里留は、現代では黴の生えたようなこの流派における唯一の継承者であった。

 二階堂平法というのは、熊本藩主、細川忠利に仕えた松山主水大吉によって有名である。現代では特に『るろうに剣心』に登場した”心の一方”という技が知られているだろうか。

 道統者である松山主水という男は、この”心の一方”によって、手のひらを動かすだけで目の前に居る者の動きを操ったとされている。


 もちろん、現実にそれほど便利な技はない。


 里留が祖父から教わった”心の一方”は極めて単純なもので、――要するに、”話術”を利用した忍びの技であった。


・時に、自分をあえて弱く見せること。

・時に、敵対者と親しく話すこと。

・時に、情報を過小に伝えること。

・時に、有利な環境を作り出し、その中でのみ戦うこと。


 七裂一条流の”心の一方”。その技の基本は、それとなく「自分の弱点はここですよ」と相手に伝えることで、立ち会う相手の行動を操作することによる。


 ”名無しのJK”が行う次の一手は、


1、こちらが「掴んで折る」ことを狙っている……と、思い込ませる。

2、こちらが「魔法は遠距離戦に限る」と思っている……と、思い込ませる。


 この二つの先入観により、いくつかの可能性に絞らせてもらった。


 まず、見え見えのフェイント――正拳突き。これは軽く左手で捌く。

 そして次の瞬間、実にわかりやすく誘う形で、手刀による攻撃が繰り出された。

 予告通り、こちらはそれをつかみ取る。

 恋人にそうするよりも、ずっと強く。

 そして、”彼女”は自身の行動が操られているとも知らず、こう叫んだ。


「――《雷手》ッ!」


 来た。

 可能性は高かった。刀を使わないことは読めていたし、《水系》は攻撃に向かない。《火系》では出が遅すぎて躱されるだけ。

 《雷系魔法》の一番。

 ”彼女”はそれとなく次の一手を誘導されていたのだ。


 だからこそ、七裂里留は間髪入れずにこの技を使うことができたのである。


「――《》!」


 呪文は単純なものを事前に設定しておいた。咄嗟の勝負では、少しでも時短する必要があったためである。その分、通常の会話でその二文字を使わないように気をつける必要があったが。


 七裂里留が使ったのは、《水系》の二番。手のひらに水球を作り出す魔法だ。

 本来、これは大した攻撃力を持つ技ではない。だが、この場合は、――


 ぱんっ、と、水風船が破裂するような音が音が響き、対峙する二人がずぶ濡れになる。


「――ッ!?」


 彼女の蒼い目が、驚愕に見開かれた。

 里留はすでに覚悟を決めている。

 両者ともに、取得している《魔法抵抗》はⅤ。


 同じ熱量のダメージを受けたのであれば、覚悟の有無が明暗を分けるだろう。


 歯を食いしばり、衝撃に備え――その、次の瞬間だった。

 ”彼女”の凶悪な魔力によって産み出された電撃が、全身を焼く。

 身体の芯に、焼け付く鉄棒を突っ込まれたような痛みが走った。


「……………………ぐッ!」

「あみゃみゃみゃみゃみゃみゃああああああああああああーッ!」

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