その361 探索の終わり

 それから三時間ほど経って。

 台風一過、青空の下で我々は、ネズミの”怪獣”の死骸がずらりと並べられた”アビエニア城”前の広場で食事の準備を進めています。


 ミキマウス・ウォルトディズニーニ。


 三木さんという発見者から名付けられたその”怪獣”はどうやら群れで行動するタイプらしく、最終的に見つかった個体は十二匹。一応、現在ではその全てが駆除済み、とのこと。

 私は、斃された”怪獣”を順番に眺めつつ、苦い顔を作りました。


「うわぁ、きもちわる……」


 ぷっくりと妊娠したような白いお腹に、黒い体毛。そしてなにより、巨大でまん丸な耳。

 記号で表すと、


●●

/●


「まるまる改行半角スペースまる」って感じの見慣れぬデザイン。

 しかもなんかこいつ、……見ているだけで大金を支払わなければならないような、そんな不安定な気持ちになってきます。


「いやぁ。危うくネズミどもにディズニャーのマスコットを取って代わられるところだったぜ」


 と、”賭博師”さん。

 いま彼女は笑ってますけど、実は結構やばい事態だったみたい。

 何せ“怪獣”との戦闘で、”語り姫”と”歌姫”を始めとする、何人かの”プレイヤー”が死んじゃったみたいですから。


「嫌ですよ、ネズミのマスコットなんて。気持ち悪い」

「そうか? オレサマは意外と悪くないと思うけど」

「ネズミなんて、不衛生の代名詞じゃないですかー。やっぱ猫ですよ」


 なんて。

 ”賭博師”さんと話すと、戻ってきたな、と実感できます。


 ちなみに”鏡の国”の避難民は今、あれこれ試行錯誤しながらミキマウスを血抜き&解体中。


「いやー、まさか”ゾンビ”退治用に持ってきた包丁を……通常の用途でつかうことになるとはな」


 などと暢気な台詞を言いながらも、みんな、久々に口にできる”怪獣肉”を手際よく切り分けていきました。

 レトルト食も悪くないですが、やっぱり噛み応えのあるものを食べたくて仕方なかったのでしょう。


 当初こそ、突如として現れた三十名以上の男性陣に戸惑っていたヴィヴィアンたちも、今では温かく迎え入れてくれています。

 それもこれも、百万匹の”ゾンビ”に囲まれながら、明日をも知れない生活を送ってきたという、――現代を生きる我々ならば同情を禁じ得ない境遇を聞いたためでした。


 男性陣の手により地下から運び込まれたバーベキューセットが組み立てられ、さっと火が起こされていきます。


 まだ少し強めの風が吹く中、温かい火が灯りました。

 見た目は少なくとも牛肉っぽいお肉が、順番に金網の上に並べられていきます。


 もはや、もともとこれが人類の驚異であったことを気にするような人はほとんどいません。

 いつの間にやら私たち、すっかり図太くなったものですねえ。


 即興で作られた会場で、帰還を祝う食事会が始まりました。



 ”怪獣肉”がその種族を問わず、妙に美味しいのは周知の事実ですが、――ミキマウスの味は格別でした。


「クイというネズミの料理があってね。知り合いのペルー人にご馳走になったことがある。チキンに似た味だったが、――あれは冷めたら食えたもんじゃなかった。これはそれよりもっと食べやすいな」


 と、「人脈すごいぞ」アピールを忘れない柴田さん。


 出来上がったのは、岩塩をふりかけただけのシンプルなステーキでしたが、――その味はまるで、旅行帰りの鞄を開くように複雑で、部位によっては甘塩っぱいような、それでいて辛みがあるような……。食感としてはわりと噛み応えがあり、そのくせ歯切れ良くジューシー。脂身も少なくてしつこくなく、いくらでも食べられます。

 結論から言うとこれは、鶏肉と牛肉をいいとこ取りしたみたいな、――夢の中でのみ食べられる、幻想の食べ物って感じ。

 ”プレイヤー”として食べてわかるのは、おそらくこれ、”魔力”回復にもちょうどいいってこと。

 実際、通常の手段によって食事を摂取するよりも、遙かに効率的にお腹が膨れていくのがわかります。


 ウマイウマイとみんなで食事を楽しんでいると、ふいにざわざわっと、男性陣がどよめきました。


「ワタシも一口、イタダイテも?」


 現れたのは、男性向け18禁ゲームの世界からやってきたような姿の彼女。

 トール・ヴラディミールさんです。

 私は一瞬、どういう顔を作ればいいかわからなくて、不器用にお辞儀。


「あっ、ども。おつかれさまです」


 彼女と話すと、否応なく考えさせられます。

 この期に及んでなお戻らない、空白の記憶。

 ”ギルド”加入後の、失われた十日間のことを。


「コチラコソ、お疲れサマ。大変ダッタみたいネ」

「はい。……あの、すいません。蘭ちゃんのことは……」

「アー、……ソレね……」


 トールさん、いつもの明るい表情をほんの少しだけ翳らせて、


「里留クンがチョット荒れててサ。彼女がチャント蘇生されるまでは近づかない方がイイカモ」


 ありゃ。そんな感じになってるんだ。


「蘭ちゃんは、いつ?」

「ドーモ、蘇生には時間がかかるミタイデネ。今のトコロ”怪獣”との戦いの犠牲者が優先サレテルから、チョット後回しミタイ」


 そっかー。

 ミキマウスのせいで、そんなことに。

 私は憎々しげにヤツらの肉を噛みつきます。食べ物に罪はありませんけど。


「それに、彼女の蘇生費用はたぶん、ナナミさん持ちになるでしょうからねえ。彼女が戻らないことには……」

「ソウソウ、――ソウイエバ彼女、今ドーナッテル?」


 ああ、そっか。

 それ伝えられるの、いま私だけなんでしたっけ。


「彼女は、――」


 と、これまでの経緯を説明しかけた、その時でした。


「やあやあ! みんなやってるねえ!」


 と、まるでちょっとその辺のコンビニに行って帰ってきた人みたいな気軽さで、ナナミさんの声がしたのは。

 見ると、ナナミさんと舞以さんの姿が。

 二人とも、泥と返り血で汚れていますが、ほとんど無傷の様子。

 私は思わず「わあ」と歓声を上げて、駆け寄ります。


「あっはっはっは! いひひひ。ただいまー!」

「ナナミさん……舞以さん……っ!」


 と、少しハイテンションになりながら、一応”飢人”になっていないか《スキル鑑定》。

 すると、二人ともちゃーんと大丈夫でした。

 舞以さんもナナミさんも、まったく異常なし。


「よう、”名無し”! ――それで、カメラは!?」


 私、後生大事にウエストポーチに入れていたそれをしゃきーんと取り出します。


「すばらしい!」


 そしてナナミさん、両腕をぱっと広げて、


「ではラストカット! 英雄の帰還! 奇跡の再会のシーン! ひっひっひ! さあ、あたしの胸に飛び込んできな!」

「あっ、ごめんなさい私、そーいうベタベタする感じはちょっと……」

「じゃ、そこは編集で誤魔化すことにする!」


 そうして私たち、――三人で手を取り合って。

 ここに蘭ちゃんと、……犬咬くんがいないことだけが心残りですが。


 こうしてようやく、私たちの異世界探索は終了したのでした。

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