その357 一篇の物語
ずぞぞぞぞぞぞぞー、と。
大型トラックの上、はしたなくもあぐらをかいて、ほかほかのヌードルを啜りつつ。
私はこの、混沌とした状況をぼんやりと観察していました。
水死体”ゾンビ”たちの相手は目下、いろh……もとい、ニャッキー・キャットが頑張ってくれています。
ここから改めて数えて、――水死体”ゾンビ”たちの総数は、およそ五、六百匹程度でしょうか。
ナナミさんたちが引き受けてくれた百万匹くらいの”ゾンビ”に比べればごく小規模ではあるものの、まともに相手をするにはかなり手間取る数。
……とはいえ、――我らがニャッキーの相手にはなりますまいて。
「ほっ、よっ、とっ、よいしょっと!」
ニャッキーは今、曲芸師のようにぴょんぴょん跳びはねながら、”ゾンビ”の身体を踏み台にしていました。
一見、遊んでいるように見えなくもないですが、もちろんそうではありません。
よくよく注意して彼女を見守っていると、踏み台にした”ゾンビ”のうちの一割ほどが、がくりと息絶えていることがわかります。
これは”格闘家”というジョブの、”会心の一撃”という能力を活かした戦術でした。
”会心の一撃”には、その”敵性生命体”の最も弱い箇所、――弱点に攻撃のダメージを集中させる特性があります。
これにより彼女は、”ゾンビ”唯一の急所である脳みそに一発蹴り入れたことになり、リスク少なめに連中を始末することができるのでした。
「”名無し”さん。ひとつ言って良いっすか」
そこで、犬咬くんがぽつりと言います。
「なんです?」
「俺、あなたを尊敬してる」
「は?」
唐突な告白に、私びっくり。
「あなたとは喧嘩したくない。だから正直に話したい。――俺は、あなたと一緒にはいられないんだ。どうしても」
「へぇ? なんで?」
「あなたの存在は我々にとって、少し不気味すぎる」
「ぶ、不気味、ですか……」
私いま、わりかし高いところまで持ち上げた後に落とされた気分なんですけど。
「それなら、なんか……たこ焼きパーティーとか、芋煮会とかを通して、少しずつわかり合えば良いだけの話では?」
「そういう訳には、――……俺たちは今、世界の命運を賭けて戦っているんですから。慎重に動かなければ」
「でなければまた、浜田さんの二の舞になる、と」
「ええ」
マスクの下にある彼の顔はわかりませんが、きっと物憂げにしていることだけはわかります。
「俺、この後、誰とも会わずにみんなの元を離れるつもりでいる。……だから、興一と子どもたちこと、……よろしく、お願いできませんか?」
「ダメです」
「えっ」
「もしあなたが一人、どこぞへ消えるのであれば、三人は徹底的に拷問し、一週間ほど時間をかけてゆっくりと殺します。なので立ち去るのはおやめなさい」
「馬鹿なことを」
犬咬くんは、少しうつむいた後、
「……あなたは、そんなことができる人じゃあない」
「私のこと、なにも知らないってさっき言ったばかりでは?」
「俺にだって、人を見る目はある。あなたは無意味に人を傷つけられはしない」
そりゃまあ、図星なんですけど。
「でも、何の見返りもなく頼られても困ります。安い人間だと思われるのは、それはそれで危ういことなので」
「……ええ。それはわかってる。だから俺、あなたに一つ、有用な情報を与えたい」
「情報?」
私、一応彼の話に乗っかります。
もちろんこの人をむざむざ逃がすつもりはありませんが、素直に話してくれるなら、それに越したことはありませんし。
「はい」
犬咬くん。そこで大きく深呼吸して、
「”名無し”さんは、――この世界の出来事すべてが、一篇の物語のように感じられたことはないか?」
「はあ?」
私は少し目を白黒させて、考え込みます。
結果、『君の人生の主役は君自身だ』みたいな、そういう自己啓発的な話だと受け取りました。
「私、時々思うことがありますよ。この世界は自分が見ている夢に過ぎなくて、何かの拍子に目が覚めると、何もかも一瞬にして消滅してしまう……みたいなの」
「ああ、それはただの誇大妄想だよ。平均的な想像力がある人なら、誰しもそういう考えを抱く」
……あっそう。
「俺が言いたいのは、――……そういう言い回しをする者と出会ったことはありませんか、って話」
「それ、どういう……?」
「例えば、こういうんだ。『おいおい、こんな展開、読者は誰も望んじゃいないよ』とか、『次の話はバトル回だね』とか、『不人気キャラはさっさと退場しな』とか、『モブの分際で口答えするなよ』とか……」
「ええと、――ギャグ漫画とかでよくあるやつ?」
「はい。創作の世界では、メタフィクションとか、……”第四の壁を破る”とも言いますね」
まあ私も、日記とか書くときは読者を意識したりするので、そういう言い回しをしないわけではありませんが……。
「で、それがどうしたんです?」
「もし、そういう言い回しをする奴と出会ったら……気をつけてください。できれば逃げてください」
ほう。
「そいつの名前は、――アリス。”魔女”アリスと言います」
「”魔女”? ”魔法使い”ではなく?」
「……彼女の場合は、ジョブではないのです。そもそもアリスは、”プレイヤー”ですらない」
「”プレイヤー”ではない、ということは、普通の人ってこと?」
「いいえ。……一度でも奴と話せばわかることですが、――彼女は”普通”ではない。もちろん、強力な魔法もつかいます。それこそ、世界の理をひっくり返すような魔法を」
私は首を傾げます。
”プレイヤー”でもない人が魔法を……というところが、ちょっとよく理解できなくて。
「彼女が魔法を使えるのは、当然のことなんです。――そもそもアリスこそが、この”終末”を引き起こした張本人なんですから……」
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