その322 暗闇の中で
それから、しばらく後。
その場にいる避難民ほぼ全員がいる前で、私は高らかに宣言しました。
「ええと。三人の魂が、天国とかそういう良い感じのところに逝きますように!」
死者の周囲には、モール中から集められた造花が山と積み上げられています。
それは、彼らが仲間たちに強く想われていた証左でもありました。
避難民全員がそれぞれお別れを済ませ、仏教系の大学出身者だというおじさんが般若心経を唱え終えて。
「では、いきます。――《火柱》ッ」
そう詠唱すると、どう、とオレンジ色の火炎が曇天に染まった空を照らします。
三ツの死骸は、一瞬にして荼毘に付されました。
一連の儀式を済ませたころには、辺りはすでに暗くなりつつあります。
私たち女子四人は寄り添うように立っていて、もともとここにいた避難民の方々とはちょっとだけ距離が生まれていました。
彼らがこちらに向ける目はどこか、魔女を見るようであり。
もちろんみんな、それが見当違いの感情だということはわかっているのでしょう。
とはいえ感情というものは最初から、論理的ではないものです。
さすがに、――最早、ナナミさんに下卑た視線を送る者はいませんでした。
”ゾンビ”たちの大合唱が響き渡る”鏡の国”で、我々は屋上を後にします。
その夜の食事は全員で集まるようなことはなく、それぞれがそれぞれの寝床で食べることになりました。
▼
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
私たちの晩ごはんは、例によってしっかりと熱処理したレトルト系の食品と、紅茶類。
さすがのナナミさんも、今はすっかりしょげています。
「今夜は、禁酒禁煙ですか?」
「え? ……あー。うーん……」
私が声をかけると彼女、ちょっとだけやりにくそうに唸りました。
「私たちに気を遣ってるようなら、別に飲んでも構いませんよ」
「いや。いらない。ってかあたし、ここ最近は一滴も飲んでないし」
「え」
ってことはここ数日のあのテンションって……、
「あなた、素であの感じなんですか」
「というよりは”遊び人”のスキルの力かな。”遊び人”は、その場のムードを操作できるからね。……その代わり、煙草も酒も、身体が勝手に中和しちまう」
「へー。……ってことは今すぐ、昨日のあのテンションになることもできるんですか?」
「まあね。さすがに今は、そこまで空気読めないこと、しないけど」
ナナミさんがここまで自主的に自分のことを話してくれるの、これが初めてかも。
「それより、……明日にはいったん、元の世界に顔出しさせてもらえないかい。みんなが心配してるかも、だからさ」
「了解です。最低でも一度は、渋谷にある”扉”に向かいましょう」
「あんがと」
今日は三人のお葬式のため、一日のほとんどの時間を使ってしまいました。
とはいえ、彼らの犠牲のお陰か、避難民の大半がこの場所からの脱出を望むようになったことは僥倖と言えるかも知れません。
みんながみんな、この場所に不気味なものを感じつつあるようでした。
まるで、目に見えない何かに、足を引っ張られているような……。
うわ。
なんだか、すっごく背筋がゾワゾワする。
せめて私の敵は、物理攻撃が通じる相手であってほしいですねー。
▼
その後、完全に日が落ちて、モール内が完全な闇に呑まれて。
特にやることも見つからなかった私たちは、早々にベッドに潜り込みます。
周囲が静寂に包まれる中、我々はぼんやりと、眠くなるのを待っていました。
そんな中、ふと、舞以さんが口を開きます。
「でもナナミ、良かったよね」
「ん」
「あの三人が死んで」
「――なんだって?」
「彼氏にバレずに済むし」
「お前……それ、マジで言ってんの?」
「うん♪」
「んな訳、ないだろ。死んで良かった人なんて……いちゃあいけない」
布団の中、ごそごそと舞以さんが寝返りを打つ音がして。
「あら。昨日と言ってること、逆じゃない? 『二、三人くたばったっていいじゃん』じゃなかった?」
「それは……そーいう軽口だったのよ。本気じゃない」
「へえ。軽口」
「ネタってこと。芸人の言葉を真に受けるなって」
「ずっと気になってたんだけど、――そういう、ノリで発言したから、配信上だから、ネタだからって理由で自分の言葉に責任を持たないの、間違ってると思う」
「間違ってるからって、どーなんだよ。それで数字が良くなるんだから、トーゼンそうするだけじゃん」
「ほんの少しでいいから、自分の影響力を気にしなさいって言ってるの。……”不死隊”では、あなたの真似して死んだ子もいるって報告を受けてるのよ」
「馬鹿は何したって馬鹿やるって、相場が決まってるんだ。あたしとは関係ない」
「そういう子を大人しくさせることだって、あなたにはできるはずだわ」
おやおや? なんか雲行きが……。
「……なあ、舞以。さっきから何が言いたいのよ」
「いーや、別に。ずいぶん久々に、まともに議論できそうな精神状態になってるからさ、溜まってた文句を言っただけ」
「ずっと、そんな風に思ってたの?」
「まあね」
「でも、ギリギリのところを攻めるからあたしは、”非現実の王国”で成功してる」
「確かにあなたのやり方は刺激的だけど、……それが時に、人を不幸にすることがある。……ねえ。昔の貴女の言葉を借りるようだけどさ。せめて、不幸な人生の攻略本になるようなことだけは、止められないかな?」
「それは……”不死隊”で働く者としての言葉か?」
「いいえ。パートナーとしての助言。かつてのね」
「くだんねー。くだんねーな」
「そうかな?」
「いつの間にか舞以も、”終末”前には山ほどいた、クレームばっかりつけてくるようなつまらん大人の仲間入りしちまったよ」
「……大人……ね……」
おいおい舞以さん。仲直りしたかったんじゃなかったの?
なんかこう、ここから一発逆転の言葉があるのかしら。
「あなたが言うとおり、――私は……」
ベッドの中ではらはらしながら聞き耳を立てている、と、――
「失礼、”勇者”より伝令がござる」
ふいに男の声がして、その場にいる全員が、ほぼ反射的に跳ね起きました。
「わあ! なんだなんだ?」
「しっ、お静かに」
「朝に引き続いて、まったく! ――ここの男は、話の腰を折らんと気が済まないの?」
「長い人生、たまにそういう日もござる」
舞以さんが《雷系》の三番で灯りをつけると、そこにいたのは、
「――コウくん?」
「就寝のところ失礼。『海路の日和がきた』と。我々、いますぐに脱出します。急ぎ準備を進めてくだされ」
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