その304 異世界へと続く道

 私たちの行く道に、たちまち、破砕された屍肉転がる、臓物と血の海が出来上がります。


「あっひゃひゃっひゃっひゃ! スプラッタアアアアアアアアアアアアッ!」


 けらけら笑うナナミさん。


「黙って、――着いてこい」


 不機嫌そうなニャッキー・キャット。


 我々の足元に、丹念に頭部を破壊された”ゾンビ”たちの死骸が転がりました。

 見たとこ、生き残りの個体はなし。

 ただ、――当然ながら、血の臭いがひどい。

 つんと突き刺さるような生々しい臭いが、地下にたっぷりと充満しています。

 とはいえこれでも、まだマシな方だそうで。

 これは、父親が警察官だという梨花ちゃんからかつて聞いた情報なのですが、本当に腐り果てた死体の臭いは、「この程度ではない」とのこと。

 もし”ゾンビ”が腐乱死体と同等の臭気を放っていたのなら、私たちは早々に気が変になっていたことでしょう。


 私は、厚手のマスクに手を添えながら、


「天井に……血が飛び散っています。雫が目や口に入らないように気をつけて」


 忠告すると、七裂蘭ちゃんが、しゅたっと挙手しました。


「あの……うち、みんなの分の折りたたみ傘、持ってますけど」

「え」

「トオルが、――ひょっとすると使うかもって」


 そりゃまた、準備のいいことで。

 この提案にはナナミさんも乗っかって、血濡れのニャッキーを先頭に、四色の傘を差した四人がのそのそ進む格好になります。


 ぽた、ぽたと、雨の如く赤い雫が降ってくる中、私たちは、庭先を散歩するような足取りで進んでいきました。

 ひどく狂気じみた光景ですが、さすが”終末”後を生きた強者揃い。グロに関してはみんな、全く問題ないようで。

 まあ、この程度のことで気を滅入らせているようでは、この先が思いやられてしまいますからねえ。


 探検隊一行はそれから、特に行き詰まるようなことはなく、スムーズに”異界の扉”へと続く道を進むことができました。

 道中、あちこち開けっぱなしにされていた扉を閉めて進んだお陰で、地下にいる”ゾンビ”も、かなり封じ込めることに成功したはずです。


「まったく……以前、どっかの馬鹿が入り込んだおかげで、仕事が増えて困る」


 などとぼやくニャッキーに、私は知らん顔。

 たぶん彼女が言ってる”どっかの馬鹿”って、藍月美言ちゃんのことですよね?

 彼女の行いは正直――私たちの間でも賛否が分かれているところですが、少なくとも、根本にある想いまで否定することはできません。


 なお、道中のおしゃべりは、主にリーダーのナナミさんの役目でした。


「ちなみに”異界の扉”って、いつ頃から発生したの?」

「詳しくは知らん。けど、”フェイズ3”が始まってすぐだと思う」

「……よくもまあ、犠牲者が出なかったね」

「場所が良かったんだろ。地下は戸締まりちゃんとしてるし。”ゾンビ”は扉開けられねえし。……ってかその程度のこと、ナナミは知ってるはずだろ」

「ひひひ。一応、今回の映像は、公式の記録として永久保存されるらしいからね。だから、いろいろと情報を付け加えときたいのさ」

「ふうん」


 話しながらも、ブルドーザーが土を掘り返すような勢いで”ゾンビ”を駆逐していくニャッキー。絵面は完全にファンメイドの不謹慎映像って感じです。

 彼女の何がヤバいって、徒手空拳で”ゾンビ”を次々とくしゃくしゃにしていくところ。

 ”格闘家”の特性がそうさせるのか、軽く殴っただけの”ゾンビ”が時折、ばーんと破裂して死んで行くのが、見ていてシュールに感じられます。


 そして、――もっとも”異界の扉”に近い扉を開けて、『ワッ』と飛び出す”ゾンビ”の群れを、例のニャッキーパンチでメチャクチャにして。

 ほとんど足の踏み場もない通路を歩きながら、我々はようやくの想いで”異界の扉”に辿り着くことができたのでした。



「そんじゃ、――そろそろ、あー……僕は帰るけど」


 そう言って背を向けるニャッキー。


「ありゃ。もう帰っちゃうんですか?」

「……。麗華に頼まれたのは、ここまでの案内だけだ」

「そっかぁ」


 彼女の”ゾンビ”殲滅力があれば、この先かなり楽できたのですが……まあ、しゃーない。

 私たちはそれぞれ感謝の言葉を述べて、彼女を見送ります。


「ねえ、ニャッキーさん」

「ん?」

「スマブラ。約束ですよ」

「…………ああ」

「いずれごらんにいれましょう。私のカービィさばきを」

「DS版のカービィは弱キャラだぞ」

「え」

「そんなことも知らんとは。ショーブにならんかもな」

「ぐぬぬ」


 そう吐き捨てて去って行くニャッキー。

 ……彼女、もうちょっと原作のニャッキー・キャットにキャラ寄せたりとか、できなかったんでしょうか。


 雨が止み、私たち四人はそれぞれ傘を畳みます。



 ”異界の扉”。

 それは、壁の中にぽっかりと空いた穴のように見えました。

 あるいは、大きめの姿見にも近いでしょうか。

 その高さは2メートルほど。幅は1メートルくらいで、以前に見かけたものよりも少し大きい気がします。

 その境目の部分には、なんだか木製の額縁にもみえる箇所があって、それが鏡のイメージを強くしていました。あるいは、枠だけを残して取り外されたドアのような……。

 

「へー。ここから、異世界に……」

「あれ? ”名無し”さんは、以前も見たことあるんとちゃいますの?」


 と、”守護”の蘭ちゃん。


「いや、前はこういうふうにまじまじと見たわけではないので……。例えばこの、木製の部分を削り取ったら、ゲートが閉じてしまうのでは?」

「それはもう、うちらの方で試しました。この部分はどうやら飾りのようですね。破壊しても、”扉”そのものには影響ありません」

「へえ……飾り……」

「”ゲート”を閉じる方法があるとすれば、やはりトオルの”光魔法Ⅹ”を使うしか。……あるいは、”名無し”さんの《必殺剣Ⅹ》でも、閉じるだけなら行けるかも」

「そう思います?」

「ええ。うち、”名無し”さんがミサイルをぶった切った動画、見ました。ひょっとすると、”Ⅹ”まで極めた技はどれも、異世界に影響を及ぼすのかもしれません」


 そうはいっても、――今日は刀を持ってきてませんからね。

 それにそもそも、私たちの目的は”扉”を破壊することではありませんし。


「ナナミさん」

「ん?」

「ちなみにナナミさんは、この”扉”の向こうに行ったことが?」

「ひひひ。ないよん。……やっぱ、初見の印象を大切にしておきたいからね♪」


 なるほど。

 私最近、友人に似たようなことを言われて裏切られた記憶があります。


「舞以さん」

「はあい?」

「今さらなんですけど、――舞以さんは、何しにここへ?」

「ちょいちょいちょーい! ほんと今さらだね! そりゃもちろん、麗華さまに向こう側の情報を持ち帰るためだよ♪」

「それなら、ナナミさんのビデオがあるじゃないですか」

「それだと、嘘つかれるかもしんないじゃん」

「嘘……?」

「例えば、向こうで手に入る”実績報酬アイテム”とかね。独り占めされたらキツいっしょ?」

「なるほど……」


 ってことはあれか。

 ナナミさんと舞以さん、ちゃんとした仲間同士って訳じゃないんだ。


 うーん。

 私、明日香さんからレクチャーをいろいろと受けたけど、未だに”非現実の王国”の力関係をちゃんと理解していませんねえ。


 まず、”非現実の王国”の頂点には、”女王”、――志津川麗華さんがいて。

 そんな彼女を護っているのが、舞以さんたち”不死隊”。


 んで、表向きは麗華さんと仲良くしつつ、あわよくばその失脚を狙ってる有力者が、ナナミさんや百花さんをはじめとする”姫”たち、と。


 そんで”守護”のみなさんは、”王国”と”中央府”の良好な関係を結ぶため、今のところ中立的な立場を保っている。


 だいたい、こんな感じかな?

 思えばこのメンツ、それぞれ別の思惑で動いてる集団の一員なんですねー。


 私が一人、うんうんと頷いていると、


「じゃ、――みんな、そろそろ準備ができたみたいだし」


 ”笑い姫”が切り出しました。


「へへへ。……それじゃ、いよいよ出かけようか。異世界探検に」

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