その302 軽装と重装

 その後、七裂蘭ちゃんとお互いに状況を説明し合って。

 やはりトールさん、この一発ギャグのため、私たちの衣装を意図的に合わせたらしく。


「ホンマ、ごめんなぁ。ウチのトオルが……」


 手を合わせて謝る蘭ちゃんに、私は「アハハハウフフ」と乾いた笑いで応えます。

 ペアルックとか、他人とすれ違うだけでも気まずいのに、これは……。


「いひひひひ。ま、いいじゃない。ボディアーマーを着込めば、わからなくなるよ」


 と、ナナミさん。

 しかし私たちは揃って、その申し出を断りました。

 昨日話した通り、トール・ヴラディミールさんはわりといい加減な人ですが、その助言に間違いはない気がしたためです。

 するとナナミさん、眉を段違いにして、


「あれれ。じゃあ二人とも、その格好でいいの?」

「ええ」

「こっちで探索用の装備とか、いろいろ揃えてるんだけど。人数分」


 私は、壁際に詰まれているごちゃごちゃした装備を見て、


「あ、それは結構です」

「え」


 その時、ナナミさんの目がちょっとだけ開かれました。


「私たち、事前にばっちり準備してきたので」

「武器も持たないの? 例のあの、――”抜かずの刀”も?」

「ええ」


 今の私にとって刀は、”ゾンビ”を相手にするのに威力が高すぎる武器ですし、――なにより、祖父の形見を紛失するリスクは、さすがに犯せません。


「それはちょっと困るなぁ。一応昨日、こっちが用意しておくって言っておいたんだからさ」

「あれ? でも、それを使うかどうかはこっちの裁量なのでは?」

「そういうつもりじゃなかったんだけど」


 ありゃりゃ、すれ違い。


「まあ一応、今回はこれでいいじゃないですか」

「良くないよぉ。こっちにも、想定していた絵面があるし」

「しかし、人命にはかえられません」

「うーん。人命も、こっちの方が安全だと思うんだがなぁ」

「その判断は、自己責任とさせてもらえないでしょうか」

「でもなあ……うーん」


 と、ナナミさん、少し煮え切らない様子。

 いけませんね、これ。忠告のつもりが議論になりそうで、ちょっと危険かも。

 こういう小さな対立が、大きな喧嘩の元にもなりかねません。


 とはいえ、この手の失敗のフォローができるほど場慣れしていない私は、口の中でモゴモゴ。

 代わりに応えてくれたのは、七裂蘭ちゃんでした。


「私、軽装と重装で、チームが分かれた方がエエと思うんです」

「でも”魔力切れ”を起こしたら、頼れるのは持ち込んだ武器だけだよ」

「そうならないよう、こっちは食べ物をたくさん持ってきました。ただ、楽する分、余計な荷物持ちはお任せ下さいよ」

「……んー……。まあ、しゃーないか。わかったよ」


 蘭ちゃんが柔らかく言ってくれたお陰で、この場はなんとなく丸く収まります。

 やっぱコミュ力って最強っすわ。


「でもせめて、――ひひひ。このハンドガンは持っていってくれないかな」

「まあ、それくらいなら……でも、なんでです?」

「もちろん、自決用、だよ」


 私は、ちょっとだけびっくりして、


「自決……する可能性、あります?」

「うん。ある。たっぷり」


 ナナミさん、当然のように言います。


「ただ”ゾンビ”化しただけの人は、麗華の《魂修復機ソウル・レプリケーター》でも蘇生させられないかもしれないから」

「ああ……なるほど」


 そういうパターンもあるわけか。


「もし、麗華が『”ゾンビ”になった人は蘇生させられない』なんて言い始めたら、さすがにもう、どうしようもなくなっちまう。だから、万一死を覚悟することとなったら、防御系のスキルを全解除して、自分の頭を打ち抜くことだよ。……ひひひ」


 確かに、それはちょっと怖いかも。

 何にせよ向こうでは、慎重に立ち回ることにしましょう。


 私と蘭ちゃんはそれぞれ、同じようにチョコバーがたっぷり詰まったバックパックに拳銃を突っ込んで、準備を完了させます。


「そんじゃ、――行こうか。夢の異世界探検へ」


 まあ、今回向かう”異世界”には、大量の”ゾンビ”しか待ち受けていないようですが。


「で、まず我々は、どちらに向かうのです?」


 と、訊ねながらも、実は私、それに関しては心当たりがありました。

 カートゥーン・エリアの地下は、かつて美言ちゃんが探検を試みたことがある空間。

 その辺りに”異界の扉”があることは、彼女から受け取った情報で、すでに調べがついていたのです。


「ん。いちおー、地下へと繋がる道はぜーんぶ、ガチガチに固められてるらしいので……ここは、”不死隊”が地下に向かうときに使う道を選ぶ」

「ほう」


 それは、こちらの情報にはないルートですね。


「ニャッキーの家の、――物資運搬用エレベーターだ」

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