その267 まるで双子のように

 土手っ腹に大穴を空け、無力に斃れ伏した私は、それでもまだ諦めてはいませんでした。


「……ぐ、《治癒……》を……」

「無駄です。今の攻撃には、治癒を受け付けない属性を付与しておきました。治すには傷口をえぐり出してから、改めて術を唱える必要があります」


 マジか。ウソだろ。そんな手術めいた真似しなくちゃならないとか、さすがに……。


「諦めなさい。――やはり肉体は、私が利用します。あるいは、今度こそうまくいくかもしれない」

「ダメ……………ッ」


 息も絶え絶えに、私は叫びました。


「でしょうね。私もうすうす感づいています。同じ過ちを繰り返すだけだ、と」


 きっと彼女は、自分がすべきことを機械的に行ってしまうでしょう。

 生きる価値あるものと、そうでないものの選別。

 ですがそれは、根本的な誤りでした。

 彼女が行ったそれは、最適解でもなんでもない。

 ただただ、自分にとって楽な解決法を選び続けた結果にすぎなかったのです。


 雅ヶ丘では、身体が不自由な人であっても、その生活が保障されているようでした。

 もう一人の”私”が支配する世界では、ありえなかったことです。

 そしてそれが、――不和と不満、そして彼女の命の終焉をもたらした。

 結局のところ、他者への寛容性を喪った集団ほど脆いものはない。


「聞いて……ください」

「ん?」

「聞こえて……ますか?」

「はいはい。遺言ですか? 聞いてますよ」

「お願い………ごほごほッ……――します」

「残念ながら。今のは真剣勝負でした。二度目のチャレンジはありえません」

「選んで……あなたが選んでください」

「……? どちらが残るか、決めろ、と?」

「あなたはずっと………見ていた…………はず…………」

「確かに、あなたの記憶は見させていただきました。あなたが思い描く、優しい世界についても。……ですが結局のところ、選ばれたのは私だった。だから……」

「選んで………………ッ。私が残るか。彼女が残るか………」


 前世の”私”の時間軸では、あっさりと天宮綴里さんを殺してしまったから。

 結果的に、壱本芸大学のコミュニティにも向かわなかったし。

 ”精霊使い”との戦いもなかった。

 だからでしょうね。

 


「選びなさいッ。この人が残るか! 私が残るか! あなたに都合が良い方を!」


 血を吐きながら、ありったけの気力を振り絞ってそう叫ぶと、……そこで初めて返答があります。

 ずっと私につきまいながらも、常に不干渉を貫いてきた”彼女”の声が。


『アア、んモウッ!』


 それは、女性だとわかる以外はどことなくつかみ所のない、不思議な声でした。

 《スキル鑑定》では《フェアリー》とだけ呼ばれている彼女は、もう一人の”私”のポケットに飛び込み、……そして、カチリ! と何やら音をさせ、飛び出してきます。


「これは……!」


 想定外な第三者の介入に、もう一人の”私”が目を剥きました。

 同じ顔の二人が、燃えさかる火焔に呑み込まれたのは、その次の瞬間。

 どう、と耳に衝撃が伝わり、一瞬にして鼓膜が破れ、意識が遠のきます。

 爆風に吹き飛ばされながら、空中で数回転。

 地に伏し、熱風に胸を焼かれて咳き込んでいる、と。


『バーカッ!』


 《自然治癒》によって回復した聴覚に、きゃきゃきゃきゃきゃという笑い声が聞こえてきました。


『ほらほら! せっかく手伝ってやったんだから、しっかりナサイ!』


 甲高い声に目を向けると、そこにはメルヘンの世界にのみ存在を許されているような、奇妙な生き物――一匹の妖精さんが浮いていました。

 妖精は、普通人の12分の1くらいしか身長のない人型で、背中には4枚の透明な羽根がくっついています。そのきめ細やかな白い肌と、金糸を思わせる髪は、思わず瓶詰めにして保管したくなる可愛らしさ。


「あなた……」


 どうやら、最後の最後までとっておいた賭けに勝ったらしいと気付きつつ。

 

「――前世の”私”が”怪獣”を使役できていたので、あなたもこちら側にいると……信じてました」

『…………ふんっ』


 そして、今のこの現状を非難するつもりで、


「でも助けるなら、もっと早く助けてくれたって……」

『ばか。《精霊使役Ⅰ》程度の強制力じゃ、自主的には動けナイノ』

「あら、そうなんだ……?」

『言っとくケド! こちとら、よっしーを殺された恨み、晴れてないんですケド!』

「よっしー……?」

『お前が殺した”精霊使い”ダ!』

「ああ……」


 壱本芸大学のコミュニティの。

 私は深く嘆息しながら、よろよろと立ち上がります。


「まあ、その話は、いずれ……」


 すると《フェアリー》は返事もせず、すうっと姿を消しました。

 良くわかりませんが多分、これが《精霊使役Ⅰ》の限界だということでしょう。

 小さく嘆息すると、


「――ぐう……」


 改めて傷口から、どくどくと血が噴き出してきました。

 見ると、どうやらお腹の辺りがものすごい勢いで腐っているらしい。

 内臓が丸ごと、ドロドロに溶けていくような感覚がします。

 この調子ではもう、長くないでしょう。


 私は、まったく力がこもらない身体をなんとか起こし、よろよろともう一人の”私”の元へと向かいます。

 彼女の胸には、爆風に紛れるよう投擲した刃が突き刺さっていました。


「お見事、です」


 《フェアリー》が意表を突いてくれることを見越して、あらかじめ折れた刀身を拾っておいたのです。

 相手の虚を突く一閃。

 ようやく、完璧に自分のものになった気がしました。


「『兵は詭道なり』と言いますし」


 私が、力なく笑いながら言うと、


「ああー………」


 と、胸を押さえた格好のまま、もう一人の”私”が呟きます。


「ジョジョの二部でエシディシが言ってたやつね」

「そうそれ」


 瀕死の状態で漫画トーク。

 こういうとこやっぱり、自分同士だからか話が合いますねえ。


「いくら力をつけても、……こういう負け方もある、ということか……」


 もう一人の”私”は、自省気味にそう言って、深く嘆息しました。


「おーけい。もう十分です。さっさとトドメを」


 どこかそれは、彼女自身、その結末に至ることを望んでいるようです。

 私は肩をすくめて、もう一人の”私”の隣に倒れ込みました。


「しかし残念ながら、こっちはそれをする元気もない」

「えーっ。まじかー」


 そして、しばしの沈黙。


「……じゃ、これ、どっちが先に息絶えるかの勝負ってこと?」

「そーなりますね」

「締まらんなー」

「まあ、それも、……」


 そこで一瞬、息が詰まりそうになって、


「”私”たちらしいじゃないですか」


 そうして二人は、弱々しく笑い合います。

 まるで、双子の姉妹のように。

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