その250 いいねの価値
エントランスエリア周辺に設置された大型スクリーンの放送を見ている間、私は、
「アッ……アッ……ア、ア、アッ………」
と、圧倒的な戦闘力を前に震え上がるクリリンのものまねをしていることしかできませんでした。
”踊り子”さんの言っていた”ゆーちゅーばー”というのは、まさしく正鵠を射ていたわけです。
「それでぇー……ニャッキーはどこ?」
首を傾げている美言ちゃんは、そもそも今の放送をちゃんと観てないとみた。
私は、綴里さんを見て、
「モモカさんって、あの? 私たちがいま会おうとしてる、恋河内百花さん?」
するとメイドさん、厳かに首を縦に振ります。
なにやっとんねん、あの人。
なにやっとんねん……。
「なにやってんねぇええええええええええええええええええええん!」
大空に向かってそう叫ぶと、”踊り子”さんは不思議そうに、
「モモちゃんと知り合いなの?」
「知り合いっていうか……ええ、そうです」
「ここに初めて来たんなら、モモちゃんのファンってわけじゃないよね」
「はあ」
「ふーん」
彼女、かなり興味津々って感じ。
「じゃ、うまく申し込めばコラボとかしてもらえるかも」
「え?」
「新人はなかなか発掘されないからさ。コラボでブーストしたら、いろいろ楽ちんよ?」
「へ、へぇ~」
よくわかりませんけど。
ってかこの人、なんかビジネスライクな口調になってない?
”踊り子”さん、手持ちのスマホをすぱぱぱぱっと操作して、私たちにメールを送信します。
「これ、私のチャンネルのアドレスね。”踊ってみた”系をアップロードしてる。遺憾なことに、あんま視聴者数稼げてないけどさ。ぜひ見てね。そして”いいね”押してね」
「了解、です」
私が頷くと、
「それじゃ、ここの生活について、詳しく……」
その時でした。
「――それは結構。私が案内しますので」
私たちの前にひょっこり現れたのは、君野明日香さん。
どうやらずっと、この辺で待ってくれていたみたい。
彼女と会うのは、私が”終末”に目を覚まして以来でしょうか。
”ゾンビ”の生首持ってきた中学生くらいの女の子たち(今思えば彼女たち、美言ちゃんのお友だちですよね)に説教していた記憶があります。
彼女との思い出はそれくらいですけれど、それでも私は、異国の地で同郷の友人と再会したような気持ちになっていました。
自然、明日香さんと手を合わせていて、
「お疲れ様です、明日香さん」
「はい、お疲れ様です♪ センパイ」
私はこの笑顔が、ハリボテだということを知っています。
彼女の目元は少し腫れていて、先ほどまで泣いていたことが窺えました。
推理するまでもなく、――無線で康介くんの死を知らされたためでしょう。
私は”踊り子”さんにさっと頭を下げて、
「説明ありがとうございました。ではこれで」
「んー♪ ……あ、身元についての情報は、はやめにスマホへ入力しといてね。国民番号を登録しとかないと、お金も稼げないし寝床も用意されないから」
「いろいろサンクスです」
「はぁい♪ じゃ、また縁があったらね♪ あとできれば”いいね”よろしくぅ!」
そして、彼女はスキップするような足取りでその場を後にします。ばいば~い。
「……………………」
ただ何となく、明日香さんが”踊り子”さんを見る目は冷たく感じられました。
事実、その場からちょっと離れた後、
「このあたりの底辺ヴィヴィアンは、ちょっとした恩を売って”いいね”してもらおうとしてくるので、あんまり構うとキリがないですよ」
と、耳打ちしてきます。
「べつに、”いいね”くらいしてあげればいいのでは?」
「一日にできる”いいね”の回数は限られているんです。ちょっと前まではそうでなかったみたいなんですけど……」
「何かまずかったんですか?」
「ええ。”王国”がこのルールを採用した初期の頃、とあるヴィヴィアンが投稿者全員に”いいね”をばらまく事件が起こったんです」
「ふむ」
「そしたら、”いいね”された人は嬉しくなって、お返しに”いいね”したくなっちゃうでしょ?」
「そうかも」
「その結果、”いいね”をばらまいたそのヴィヴィアン一人に、お返しの”いいね”が集中することになる。彼女が作った動画の内容に関係なく、ね。もちろんランキングはぶっちぎりでその娘が一位。大量のVPが転がり込んで、あとはその資産を利用した高品質の動画をどんどん投稿していき……格差は広がっていく、と」
「へ、へえ……」
私いま、”いいね”って言葉がゲシュタルトしている。
「と言う訳で現在は、投稿者が行える”いいね”の回数が制限されているんです。……でもその代わり、一票ごとの比重がとっても大きくなっちゃって、番外戦術に出る娘も増えちゃった」
なんだか、マネーゲーム系マンガの世界みたい。
賢く生きられる人って、どういうところにもいるものなんだなぁ。
明日香さんの講釈を聞いていると、いつの間にか、周りに少女たちがどんどん群がってきていることに気付きました。
「わ、わ、わ」
注目されるのになれていない私は、あっさりと狼狽します。
「こんにちは、おねえさんたち!」
「ここにくるのははじめて? 案内しよっか?」
「これ、もしよかったら私のチャンネル、登録してもらえないかな」
「いいねしてくれたらご飯おごるよ!」
「秘密の遊び場所教えてあげよっか?」
「いいねが増える裏技、しってる? 秘密のコマンドがあるんだけど」
わっと浴びせられる言葉の洪水。
何とか彼女たちの勧誘を躱しながら、私たち四人は、一丸となってその場を通り抜けていきました。
そこでようやく、気づきが一つ。
ディズニャーの出入り口を彩るのは、ご存じヴィクトリア朝の様式が軒を連ねる、古き良きアメリカの街並みが続くエリア……なのですが、今やそこは、新入生歓迎の時期の学校を連想させられる、立て札だらけの空間に変わり果てているのです。
『踊ってみた中心に活動しています ○○○○』
『アニメ制作といえば ○○○○』
『自主映画制作しています ○○○○』
『ポケモン対戦動画 毎日上げる ○○○○』
『ボドゲ実況! 週一でカタン大会 モノポリー 人狼なども ○○○○』
『バンドメンバー募集中 当方ボーカル担当 ○○○○』
『漫才・落語、なんでもあり お笑い研究会 ○○○○』
『一日一本、漫画をうp! 声優、描き手募集! ○○○○』
たいていの場合、この”○○○○”に当たる部分は人名で、そこが選挙ポスターみたいにでっかく描かれています。
「なんじゃこりゃ。しろーとの仕事じゃんこんなの。ニャッキーをだせ」
と、美言ちゃんもおむずがり。
個人が受け入れられる情報量を遙かに上回るこの状況に、私はただ、明日香さんが先導するままに進んでいきました。
「ちなみに今、どこに移動しているんです?」
「とりあえず、人がいない場所へ。……そして、作戦会議を行いましょう」
彼女の声は決然としていて、反論を許さない何かがあります。
「いろいろと、お話しなければならないことがありますからね~」
そーいわれても、その。
ぶっちゃけ私、すでに情報過多で頭がパンクしそーなんですけど……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます