その245 ヒント

「なんだ……これ……」


 私たちが到着すると、舞浜駅はひどい有様に変貌していました。

 等間隔に植えられた椰子の木が何本が、根本からぼっきりと折れていて、バスターミナルからはもくもくと黒煙が上がっているのです。建物も一部、倒壊しているようでした。


「孝史さん、バスとめて」

「え」

「とめて! はやく!」

「う、うむ」


 言いながら凛音さん、もう我慢できないとばかりに減速中のバスからぴょんと飛び降り、素晴らしい運動能力で着地、……そして、駆けていきます。

 彼女に遅れて現場に停車すると、夜久さんと凛音さん、そして宝浄寺早苗さんという方がすでに先着しており、付近に小さなクレーターがいくつもできていることに気付きました。

 黒煙を上げているのは、先着組が乗っていたと思しき装甲バスです。


「これは……」


 この光景には見覚えがありました。

 それは、先ほど月島駅付近で行った戦闘の痕跡に似ています。


「《武器作成》で小型の爆弾を作りだしたのでしょう」

「でも、誰が……?」

「わかりません。――今の私には”念話”が使えなくなっていますので」


 綴里さんが、暗い表情で辺りを見回します。


「早苗さんっ! 状況は?」


 訊ねられた女性は、弾むように明るい声をその時ばかりは低く抑えて、


「は、はい。その、私もいま到着したばかりで。――物資調達に出ていたんです」

「残っていたのは?」

「日比谷、康介くんだけ……でした」

「彼の姿は?」

「わかりません。……ただ、話に聞いていた”飢人”と戦ったようです」


 辺りを見回すと、壮絶な戦いが行われたことがわかります。

 クレーターをよくよく見ると、人体の一部だったと思しきものがこびりついていました。


「まさか、――が?」

「縁起でもないこというんじゃないよ!」


 凛音さん、珍しくヒステリックに叫びます。

 となると、いつも彼女がしてくれる役目を、私がやる番でしょう。


「死体は、女のものが二人分、男のものが一人分。男のものは明らかに年老いた男性のものでしたから、康介君ではありません」

「では、拠点に戻って身体を休めているのでは?」


 私が当然の疑問を口にすると、何故だかみんな、答えに窮します。

 まるで、その場所に向かうこと、――真実に向き合うことを、拒んでいるかのように。


「夜久さん、付いてきてもらってもよろしいですか」

「ん。……ああ。だが嬢ちゃん」

「なんです」

「こりゃあ俺の勘なんだが……あの先には――」


 私はそれを無視して、駅一階にある建物に入ります。

 なぜか建物は通電されていて、自動ドアが動いていました。

 掃除が行き届いたつるつるの床の上をこつこつ歩き、ギフトショップが建ち並ぶエリアに向かいます。

 その先に、――ありました。

 恐るべき”飢人”三人と差し違えた、勇敢な青年の姿が。


「…………くそっ。やっぱりか」


 生前の付き合いがなかった夜久さんと私だけが、に特別な感情を抱かずに済んでいます。

 私たちはまるで、鑑識官が現場を捜査するように、彼の死体を検分しました。

 日比谷康介くん。

 いま、私たちの目の前で大の字になっている彼は、ぽっかりと胸に穴が開いていています。穴をのぞき込むと、そこにあるはずの心臓が、完全に奪われてしまっているようでした。


「心臓を一突き。……長く苦しまなかったでしょう」

「ああ。幸せな死に方だ。俺もかくありたいね」


 夜久さんは、手のひらを合わせています。

 私は、彼の顔をじいーっと眺めて、……やはり、なんの感慨も湧いてこないことを悲しく思いました。


「彼が、――康介くんで間違いないでしょうか」

「わからん。だが、聞いた特徴とは一致するな」

「ほんの三十分前に無線で連絡したときは生きていたのに」


 私たちの到着が遅れたのは、ほんの小さなすれ違い。

 道中、”ゾンビ”の群れにでくわして、少し到着が遅れたためでした。


「もしも、は考えない方が良いぜ、嬢ちゃん」

「わかっています」


 うなずきながら、私は不思議な感慨を覚えていました。

 人の死というのは、知り合いだろうが何だろうが哀しいものですが。


「彼、――なんだか幸せそう」


 康介くんのその満足げな死に顔が、私たちの心に与える衝撃を最小限度に留めてくれているのです。


「きっと、俺たちが哀しまないように、こーいう顔でシメにしたんだ。若いのにできた男だな」


 夜久さんは彼の心意気をしっかりと受け止めて、マスク越しに、長いため息を吐きました。


「俺、みんなを呼んでくるよ」

「お願いします」


 私が頼むと、夜久さんは小走りにバスの元へと走って行きます。

 一人残された私は、康介くんの手のひらの中に、紙切れが一枚、握りしめられていることに気付きました。


「――?」


 すごい。これきっと、ダイイングメッセージってやつだ。はじめてみた。

 跪き、彼の手から、メモ書きを引っ張り出します。

 くしゃくしゃのそれに書かれていた内容は、ボールペンを慌てて走らせた『人ろう』という文字。


「じんろう……ふむ。人狼、ですか」


 私は、その意味を即座に理解します。

 そういえば彼の元カノの梨花ちゃん、ボードゲームが好きだったっけ。


「”飢人”は、人間のふりができる。――そういうことですね」


 このヒント、……必ず役立ててみせますからね。康介くん。

 おやすみなさい。

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