その244 牙むくもの
テレビの中に、絶体絶命の危機にある登場人物がいる。
彼はどこにでもいる、平凡な男だ。
男はほとんど丸腰で、悪党に囲まれ、銃を突きつけられている。
勝ち目はない。逃げだすこともできない。
そして何より救いがないことに、――その男は物語の主人公ではない。
彼は死ぬのだ。脚本家の都合で。「そろそろこの物語に起伏をつけるか」とか、その程度の理由で。
冗談じゃない。
日比谷康介が死せる脇役たちを思う時、いつも虚しい気持ちになる。
彼らにだって人生はあったはずだ。
彼らにだって好きな人がいて。友がいて。
好きな食べ物があって、愛する趣味があって。
休日、甘いものを食べに出かけたり、動物園でパンダをみて笑ったり、健康に気を遣ってとつぜん腹筋をはじめてみたり、部屋を模様替えしてみたり、雨上がりの気持ちの良い朝を、気まぐれに散歩してみたり。
そうして、そうやって、生きてきたのだ。
奥歯をぐっと噛みしめる。
正直、泣きそうだった。水をあまり飲んでなかったのには運が良い。小便をちびらずにすむ。
もちろん、無意味に死ぬつもりはなかった。
自分がしでかした最後の行動が、浮気して彼女を怒らせる、とか。
そんなのは嫌だ。
――せめて、せめて一人でも多く道連れにする……!
それがきっと、仲間の助けにはなる、はず。
それが自分の生きた証として、仲間の心に残るはず。
康介は必死に、現れた怪人たちの顔を見る。
《スキル鑑定》しても、
ジョブ:???
レベル:??
スキル:《飢人化》《????(上級)》……、
といった表示が出るばかりで、その正体ははっきりしない。
――となると、やつらが”こう”なる前の記憶が頼りだ……。
心当たりがある顔は、現れた六人のうち、四人。
松村
江戸時代の任侠じみた格好の男。
梅田
丸々と禿げ上がった、雲のように白い髯を蓄えた老人。
河野
紫色のローブで顔を隠した、暗い雰囲気の少女。
この三人は”ギルド”の関係者だった。
彼らに加えて、センパイが一度話していた『ストツーのリュウみたい』なおっさん。
恐らくこの人は、流爪さんだろう。
聞くところによると、ジョブは”守護騎士”。レベルは不明だ。
残り二人の男女は、どちらも平凡な顔つきの二十代、といった程度の印象しかない。
共通しているのは、連中のその深海魚を思わせる澱んだ目と、マニキュアでも塗ったような赤黒い爪。そして鍾乳石を思わせる、白い肌。
――この中だと、……俺に倒せる可能性が最も高いのは、……河野絆、か。
絆は、ゆったりとしたローブを目深に被った背の低い少女だ。
少なくとも彼女が人間だったころは、あまり饒舌なタイプではなかったと記憶している。
たしか彼女、防御系のスキルをあまりとってないとかどうとか、”センパイ”が話していたような……。
『…………ゆるせん。断じてゆるせない』
若人は、天を仰ぎながら、呟く。
『ルイの傷痕はもう治らないんだぞ。溶けたアイスキャンデーのように。……ああ、あまりにも憐れだ』
そういう割には、地面の上で苦しそうにもがく彼女を助け起こそうともしない。
『この男、どうする?』
『心臓だけ奪って、あとは捨ててしまおう。鮭の頭だ』
若人と、名も知らぬ男の会話を聞きながら、康介はチャンスをうかがっている。
銃は、――残念ながらさっき攻撃を受けた時に落としてしまった。
だがそれは実のところ、大した問題ではない。彼にはいま《投擲》スキルがある。実際、銃で撃つよりもそれは、よっぽど威力があるのだ。
いつもポケットに入れている、4ミリ弱の弾丸。
こいつで奴らに、十分致命傷を与えられるはず。
『……仲間には、しないのか』
『馬鹿者。これは”プレイヤー”ではない。ブリキの兵隊だ』
敵の死角にあるポケットに手を入れ、弾丸を手のひらに収める。
いける。
相手は油断してる。
《投擲》で河野絆の頭部を完全に破壊する。
ヤツらがどういう類の存在であれ、おそらくそれで死ぬだろう。
ぎゅっと弾丸を握りしめ……その一瞬手前で、迷いが生まれた。
始末するのは、本当に絆でいいのか。
その選択は、弱気の一手ではないのか。
ここで”センパイ”ならきっと、こう言うだろう。
――ぎりぎりまで、自分が生き残るための最善の手を考えなさい。
そういうに違いない。
少なくとも彼女は”キャプテン”で家族を救いに行くとき、死ぬつもりではなかった。最悪の中の最良を選んだ結果があれだった。
だとするならば、……今度は自分が、大番狂わせをやり遂げる番だ。
――こいつら全員、ここで始末する。
もしそう考えた場合、不意打ちで狙うべきは最弱の駒でないことは確かだ。
”伝承使い”。レベル75。
松村若人。
――あの野郎の顔のド真ん中に、穴を開けてやる……!
みんな、見ててくれ。梨花、見ててくれ。
――俺、やるよ。
思いながら、日比谷康介は自嘲気味に笑っていた。
こういう時に思い浮かべるのが、麻田梨花のことなんだから。
最初から迷う必要なんてなかったじゃないか。
やっぱり馬鹿だ、俺は。
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