その234 異界の扉

「オイゴラァ、トオル! サボってんじゃねーぞ!」


 弱気そうな見た目に反して、メガネの少年が声を張り上げます。


「チョットクライ、イイジャン、グーゼン知り合いと会ッタもんダカラサ」

「ふっざけんなテメエ! 俺たちゃ街角ショッピング中じゃねえんだぞォ!」


 しかしトールさんは意に介さず、ひらひらと手を振るだけ。

 私はあんまり彼女をここにいさせるわけにもいかないと思い、なるべく早口で要件を話します。


「えっと、こちらの事情はさておき、とりあえずいまはお助けします」

「ワオ♪ タスカリマスー」

「これから援護しますので、お互い同士討ちに注意しましょう」

「リョーカイ」

「ちなみにここの”ゾンビ”は、全て倒す予定なのですか?」

「ウン。ワタシタチ、”湧き潰し”シテルとこダカラね」


 ”湧き潰し”?

 その言葉の意味を尋ねる前に、トールさんはぴょーんと中空に跳ね、観客ダイブするバンドマンの如く”ゾンビ”の群れに飛び降りていきます。


「――って、ええ!?」


 私は驚いて目を見開きました。数瞬後、”ゾンビ”の血とよだれでベトベトになった彼女の姿が頭に浮かんだためです。

 ですがもちろん、そうはなりませんでした。

 身長にして180センチほどの彼女は、”ゾンビ”たちに触れられるその前に、


「天津飯! 技ヲ借リルゼ! ――《ホーリー・ライト》ッ!」


 その全身から、強烈な光を発します。

 一種の目くらましかと思いましたが、――違いました。聖なる光をその身に受けた”ゾンビ”たちは、一瞬にしてその身をサラサラした灰に変えていきます。


「すごっ……」


 私は思わず、そう呟いていました。《火系魔法Ⅴ》ですらこうはいきません。

 ってか、彼女がいれば都心から”ゾンビ”を一掃することも難しくないのでは。


「馬鹿ッ! あほ! お前はしばらく温存だって作戦だったろーが!」

「テヘヘ。チョット張り切り中」


 私は今のうちに、彼女の《スキル鑑定》を行います。


ジョブ:パラディン

レベル:レベル79

スキル:《日本語(初級)》《格闘技術(上級)》《自己再生Ⅱ》《皮膚強化》《骨強化》《無限器官》《スキル鑑定》《カルマ鑑定》《火系魔法Ⅰ~Ⅴ》《水系魔法Ⅰ~Ⅴ》《雷系魔法Ⅰ~Ⅴ》《治癒魔法Ⅰ~Ⅴ》《光魔法Ⅰ~Ⅹ》《攻撃力Ⅴ》《デュランダル》《防御力Ⅷ》《ミスリル銀装備》《騎乗Ⅲ》《天馬召喚》《縮地Ⅴ》


 ……ふむ、レベル79。

 今の私って確か、かなり効率的な経験値稼ぎをしてようやくレベル85なはずなので、――この人ひょっとして、かなり強いのでは?


 私が目を見張っている間も、四人は猛烈な勢いで”ゾンビ”たちを始末していきます。


「オイコラァ! そこのレベル85の……えっ、85!? マジやべー、……いやなんでもいいや! 手伝ってくれるなら、通りの真ん中らへんにいる”ゾンビ”を重点的に仕留めてもらってよろしいでしょうかぁ!?」

「アッハイ」


 私は言われるがまま屋根伝いに移動し、ぎゅうぎゅうづめの”ゾンビ”たちがいる真ん中あたりを狙って、


「――《火柱》ッ!」


 もはやお馴染みの《火系魔法Ⅴ》を唱えます。

 いつものように、どう、と焔が上がり、その当たりの”ゾンビ”が一瞬にして黒焦げに。

 よし。この調子で……、

 と、思っていると、それを支援するように《火系魔法Ⅴ》がもう一発。

 見ると、天宮綴里さんが手を振っています。


「お疲れ様ですー」


 どこか業務的に挨拶する綴里さん。


「コンビニはどうなりました?」

「すでに物資が奪われたあとでした」

「えっ、じゃあ……」

「その代わり、どこからともなく”守護”の人たちが現れて、支援を約束していただきました。それで今、ここに馳せ参じた次第でございます」

「”守護”?」

「はい。……すぐそこで戦っている四人組と同じ制服を着た人たちです。といっても私たちが会った彼らは”プレイヤー”ではないようですが」

「そうなの?」

「はい。私も初めて知ったのですが、”守護”は都心に派遣されてきた政府の人全般を指す言葉だそうです」


 へぇー。


「とりあえず、今は”ゾンビ”の片付けを優先しましょう。”パラディン”の人をここまで連れてきて、《光魔法Ⅹ》を使わせることが目標のようです」

「ふむ」


 私は頷いて、――そこで初めて気がつきます。

 ”ゾンビ”たちの群れが集まっているド真ん中。

 そこの地面に直接、開きっぱなしになっている扉のようなものが存在していることに。


「あれは、――」

「”守護”の人たちは”異界の扉”と呼んでいました。どうも、あそこから”ゾンビ”たちが湧き出してきているようですね」

「ふーん」


 ”無限湧き”って、具体的にどういう風に湧いてくるのかと思ってたけど、そういう感じだったんだ。

 ……と、一瞬納得しかけて、


「ちょっとまって? 異界? ……異世界に繋がってるんですか、あの扉」

「そのようです」


 いやそれ、さらっと話していい事実じゃなくない?


「ってことはその……こことは違う、平行世界的なサムシングが存在するということ?」

「平行世界かどうかは知りません。とにかく詳しい話は、この”湧き潰し”作戦が完了した時に、とのことで」

「……そうですか」


 確かに今は、のんびりおしゃべりしている暇はなさそう。

 私たちが話している間も、”異世界”に繋がるという扉から、わらわらと”ゾンビ”たちが現れているのが見えています。


「ただ、”守護”の人たちは、扉の先をこう表現していました。……あそこはすでに、”廃棄された世界”だと」

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