その233 ダークエルフの女
まあ。
とはいえ。
やる気満々の夜久さんがおらずとも、私の返事は決まっていました。
「助けましょう。情けは人のためならずと言いますし」
「よし。そうこなくっちゃな」
夜久さんは、さっそくトンプソン機関銃の安全装置を外しています。
この銃の精度ではあんまり殲滅力に期待できなさそうですけど、少なくとも敵を引きつける役には立ちそう。
「しかし、どう攻める? あれだけの数、さすがに真っ向勝負ってわけにはいかない」
「バスでどーんと突撃する、というのは?」
そう、運転手さんに問いかけると、
「車が持たんよ。道交法にも反するし」
孝史さん、二日目にして冗談を口にできるほどの関係にはなれたっぽい。
「では、安全地帯からそれぞれ、魔力が切れない程度に援護しましょう」
「それは構いませんが、補給拠点を見つけてからの方がよいのでは?」
それもそうか。
「この辺で、コンビニは……たしか、通りを少し進んで、右に曲がったところにセブンイレブンがあったはずじゃがの」
「では、そこを補給地にしましょう。――綴里さん、凛音さんはまず、そこの確保を」
「了解です」「うい」という二人の返事。
「夜久さんは”ゾンビ”たちを引きつけて、通りから数を減らしてください。……決して無理はせず、少しでも魔力切れの気配がしたら戻ってくるように」
「おう」
そして、土地勘のある孝史さん主導の元、近場のコンビニが使えなかった場合の連絡方法と、予備の補給地点になりうる場所の位置情報を共有していき……とんとん拍子で、作戦が決まりました。
「…………私は?」
そのタイミングで口を挟んだのは、藍月美言ちゃん。
私は彼女に、祖父の形見の刀を預けながら、
「あなたには、私たちが戻る場所、――このバスを守ってもらいます」
「……むう」
「いいですか。これはとっても重大な任務です。ここが”ゾンビ”に襲われたら、私たちは途方に暮れることになっちゃいますから。……いいですね」
「むう」
二度目の「むう」は、「了承」という意味だと信じましょう。
一応、彼女の頭頂部をシュシュシュシュシュッと撫でたところ、特に嫌がらなかったのでそういうことにしておきます。
その時、すでに行動を開始している夜久さんの、トタタタタタタタ…・・という小気味良いタイプ音が聞こえてきました。
私もそれに続くべく、バスの出入り口から飛び出していきます。
▼
先ほど話し合って決めた私の役割は、――目下、”ゾンビ”と交戦中の四人と接触すること。
そこまで辿り着く方法で一番楽なのは、……うん。
屋根伝いに進むルートかな。
それまでは一番低い跳び箱すら「よっこらせ」と乗っかっていた私ですが、今やつま先が引っかかる程度のとっかかりがあれば十分でした。
ぴょん、ぴょん、と、ニンジャのように二階建ての屋根に飛び乗り、すし詰めになっているもんじゃストリートを見下ろしながら先に進んでいきます。
途中、目が合った”ゾンビ”さんに、
「ハロー!」
と、挨拶。
『ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ………』
『ヴァアエエエエエエエエエェェェェェェ……………』
『コオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ』
もちろん彼らはなんの反応も示さず、もみくちゃにされたまま。
私は水族館で海魚の不思議な生態を眺めているような気持ちで屋根伝いに進んでいき、例の四人組がいるところに向かいます。
四人は全員、軍服を思わせる深緑色の服を身にまとっており、おそろでエンブレムつきの制帽を被っていました。
一人は、サーベル片手に、正確な突きで”ゾンビ”の頭部を貫いている小柄な少女。
一人は、全身ずたぼろ、傷だらけで大柄なお兄さん。
一人は、遠目にもその銀髪が眩しい、わりと大柄な褐色肌の女性。
一人は、少し地味めな眼鏡をかけた少年で、何やら本をぺらぺらめくりながら仲間に指示しています。
「おら、おら、おらおらおらおらァ! もっとだァ! もっと来いッ!」
彼らの一人、――大柄なお兄さんが叫びました。
見たところ彼は”格闘家”らしく、特に武器らしいものは持たず、素手で”ゾンビ”たちの頭を吹き飛ばしていっています。
「おいィイイイ! 先行しすぎだぞ、蘇我ぁ!」
「あっはっはっはっはっは! たのしい! たのしい! たのしいなあ!」
「……馬鹿ッ! もう馬鹿! すっごい馬鹿!」
テンションアゲアゲの彼らは、どうやら屋根伝いに現れた私に気付いてないっぽい。
自分の薄い存在感が憎らしいところ。
さて、たまには元気に声を張り上げるか……と思った、その時でした。
「ヤアヤア、”終わらせるもの”ジャナイデスカ。一週間くらいぶりダネー」
ぎょっとして声がした方、――背後を振り向きます。
そこには、先ほどまで”ゾンビ”と戦っていたはずの一人、――銀髪・褐色肌の女性が座っていました。
「――な、あッ!?」
彼女から目を離していたのは、ほんの一瞬のはず。
私は背筋を凍らせました。まったく気付かれずに背後を取られるということはつまり、暗殺されていてもまったくおかしくないということですから。
「ええッ!? な、なんのマジック?」
「マジックっていうか、フツーに《縮地》だケドも。……ドーシタ? 記憶喪失ニでもナッタカ?」
しかも、いきなり核心突かれてるし。
「えっと。……あなたは……?」
「アア、マジで記憶喪失ナノね。ワタシ、一度会った人に忘れラレタことナイシ」
確かにこの女性、かなり印象的な容姿をしていました。
というのも彼女、……見るからに日本人じゃないっぽいんですよ。
っていうかそれどころか、地球人ですらないっぽい、というか。
耳が。
耳がとんがっているのです。
肌は褐色、髪は銀髪、乳は軍服の前ボタンを弾き飛ばさんばかりのデカさで、瞳はなんだか、見ていて不安定な気持ちになってくる、濃いパープル。
彼女の容姿からなんとなく、ダークエルフ、という言葉が頭に浮かびました。
そして彼女は、”ゾンビ”の返り血で汚れた革の手袋を脱ぎ、手を差し出します。
「ソンジャ、二度目のはじめマシテ」
「……ども」
ぎゅっと手を握り返すと、つるつるすべすべしていました。
「ワタシはトール。トール・ブラディミール、あるいはヴラディミア。デモ一番正シイ発音は、ヴラジーミロヴァ。ロシアの移民デネ」
「えっと。ぶらっどみー……?」
「ヴラジーミロヴァ」
突如始まった外国語の発音教室に、私は戸惑います。
「マア、トールでイイヨ」
いいんかい。
「トールは男名だけど、日本では”トオル”が女名でもOKだからって、パパが名付けてくれた名前。オキニイリ」
「はあ」
「ちなみに故郷はフィンランド。スラマッパギ!」
「ええっと……? すらま……?」
「そこは、『フィンランド人なのにインド語で挨拶するんかい!』デショー?」
「お、おう……」
浅黒い肌の彼女は、なんだかへらへらっとした笑みを浮かべています。
確かに彼女、一度会ったら忘れられなさそうなキャラでした。
それにしても、――。
彼女と私、……果たして、どういう類の知り合いだったんでしょ。
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