その213 断末魔
バスの後部は開き戸になっていて、すぐさま自転車を発進できるようになっていました。
私たちはそれぞれマウンテンバイクに跨がって、順番に出発します。
先行は凛音さん、次に私、殿は綴里さん。
ジャージ女子、制服女子、メイドさんの三人がガチ勢用にチューンナップされたマウンテンバイク(なんでも、お店で買ったらこれ三十万円くらいするそうです)を駆る姿は、きっと”終末”ならではと言えるでしょう。
「せっかくならロードバイクというのにチャレンジしてみたかったんですが」
「ああ。――なら今度おじいちゃんに頼んであげる。一応、元自転車屋だから」
「ひゅー♪」
この宇宙で一番面白いスポ根漫画は『弱虫ペダル』だと信じて疑わない私は、ちょっとだけハイテンションに。
「ところでひとつ、素朴な疑問いいですか」
「ん?」
「個人的な予想で構わないんですが、――この先、何が待ち受けているかわかります?」
「そうだねぇ。わからないけど、あの夜久の野郎が信号弾を送ったくらいだから、”ゾンビ”の群れ、程度のモンじゃあないだろうね」
「となると、噂の……」
「ああ、きっと”怪獣”ってとこだろ」
「なるほど」
と、そこで一般通過”ゾンビ”さんが一匹、こちらに向かってよろよろ歩いてきているのを見かけて、凛音さんが目にもとまらぬ速度で小石を《投擲》。
もはや”ゾンビ”がどうなったか見届けることもせずに、私たちは話を続けます。
「――それでその”怪獣”っていうのは一般的に、どういうタイプのものが多いんでしょう?」
「”怪獣”はほとんど、既存の動物を巨大化・凶暴化させたイメージだね。種類はほとんど何でもありで、虫やら動物やら。……共通してるのは、その肉が食用に適しているってことだけかな」
「へえ。……ってことは凛音さん、虫の”怪獣”も食べたことが?」
「ああ。もちろん。魚肉っぽくて割とイケたよ」
「マジすか」
美女と虫食。
絵面を想像しただけでもうこれ、ちょっとマニアックな性癖の方を刺激するサムシングとしか。
「最近じゃあ新鮮な肉が手に入ることが希だから、怪獣食はわりとみんなの間じゃあ当たり前のことになりつつある」
「ふむふむ……」
変わってしまった”終末”後のルールを再認識しつつ。
夜久さんはかなり先行していたらしく、そこから自転車をこぐこと十数分ほどかけて、私たちはその場所に辿り着きました。
幅の広い三車線の道路の真ん中で、黒いマスクの不審者がバイクを停めているのを発見します。
「凛音さんの想像は外れましたね」
「うむ」
夜久さんは、遠目にもはっきりとわかる血の海の中、ベージュ色のコートが汚れるのも構わず片膝をついていました。
彼が抱いているのは――二十歳くらいの女性です。
私たちは自転車をこぐ速度を上げ、夜久さんのそばで急停車。
頭がクラクラする生臭い匂いがあたりに漂っていました。
アスファルトの上に転がっているのは、数十匹からなる”ゾンビ”の死骸。……いえ。よくよく注意してみると、それだけではないことがわかります。
”ゾンビ”に紛れて、たった今殺されたばかりと思しき、新鮮な死体がいくつか見受けられました。
「どうしたんです、これ……?」
マスクの男は応えず、私を制止するように手をかざします。
女性は今、左肩が大きく欠損した状態で、私たちが見ている今もどくどくと血を流していました。
「な、何してるんですか、夜久さんっ。さっさと《治癒魔法》を!」
「いや、もう遅い。噛まれてる」
彼の言葉ははっきりと哀しげで、私は反射的に凛音さんと綴里さんに顔を向けます。
二人とも、似たような顔でその女性を見下ろしているだけ。
それだけで私は、――きっと私の知らないところで、このような出来事は日常的に起こっているのだろうと察しました。
「俺が駆けつけた時点で、すでにこういう状況だったんだ」
女性は自分の身に起こっていることを正確に把握しているらしく、理性的な表情でこちらを見上げて、
「か……はっ……!」
口を開けたり、閉めたり。
耐えられない、とばかりに凛音さんが口を開きます。
「なあ、やっさん。……その人、さっさと楽にしてやるべきじゃないかい?」
「それはわかってるんだが、どうも何か話したがってるようでな」
「どういうこと?」
「この辺りの死体をよく見てくれ。……”ゾンビ”も人間も、大砲で撃たれたような痕ができていないか」
改めて周囲を見回します。
言われてみれば、たしかに。
まあ私、”大砲で撃たれた死体”なんて見たことないんですけど、彼の言う言葉がピッタリ当てはまる感じがしました。
何か強大な力で一発、身体を吹き飛ばされたような。
「こういう死体を作れるのは、俺の知る限り”プレイヤー”……例えば、”格闘家”の強化された拳とか、その辺だと思ってるが、どうだ?」
「言われてみれば、そうだねぇ」
女性は、途切れそうな息を必死に整えながら、続けます。
「はあ……はあ……っ」
「お嬢さんどうした? 誰にやられた? 教えてくれ」
「男…………」
「ふむ。男か。特徴は?」
そして女性は数度咳き込んで、「ウウ……ウ……」と、嫌なうめき声を上げました。
今朝から、その声には聞き覚えがあります。
人でなきモノの声。死人の声。”ゾンビ”のうなり声。
凛音さんは腰のポーチからナイフをとりだして、夜久さんに手渡しました。
「変わったら、これで。手でやったら汚れるだろ」
「助かる」
淡々としたやり取りの中、最後の理性を振り絞ったのでしょう、女性は断末魔を振り絞ります。
「やったのは……! 人を喰う男だ!」
そして、沈黙。
数秒後、夜久さんは無言のまま、そっとナイフを彼女の後頭部に突き刺します。
もうこれ以上、彼女がこの世の痛みに囚われないように。
血のにおいが漂う中、重苦しい空気が私たちの間に流れました。
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