その207 救済の鍵

 その後は、――まあ、ちょっとしたお祭り騒ぎになりました。

 名目は、私たちの勝利を祝うため。

 ぶっちゃけるとたぶん、日頃のガス抜き、といったところでしょうか。


 どうも佐々木先生、私たちが勝っても負けてもこういう催しを開くつもりだったらしく、このタイミングで古くなりかけている缶詰やお酒を大放出するみたい。


 一部、それさえも出し惜しみする声はあったようですが……。

 まあ、一夏越えると駄目になっちゃう食糧もあるから、多少はね?


 私たちが《治癒魔法》で身体を癒やしていると、あっという間に体育館から机が運び込まれ、先ほどまで戦場だったスペースを使って立食パーティが開かれる運びとなりました。


 今は武装解除した海賊みたいなおじさんたちが上機嫌に話しかけてきて、


「いやー、見事だった! 後半ほとんど何が起こってるかわからんかったけど! ナイスファイト! いやー、さすが怪人だ! ほんと化物じみてるなあ!!」


 と、気軽に声を掛けてきます。

 どうやらその言葉に悪意はないらしいと察しつつ、これくらい無神経だったら人生楽しそうだな、と思いました。


 でも、……なーんか、前に感じた不愉快さはありません。

 すぐそばに、――仲間がいるからかも。

 なんてね。

 ほだされたわけじゃないんですけどね。

 バトルを通じて理解し合うとかそれ、少年漫画だけの世界ですから。

 まじでまじで。


 仲間たちとぼんやり宴の準備が進んでいるところを観察していると、すぐそばに酒樽が五本ほど持ち込まれ、そこにずらりと列ができていきました。

 皆が皆、樽からどぼどぼ吐き出される甘い匂いのする液体を、一滴も零さないよう慎重にジョッキへ汲んでいきます。


 乾杯の音頭を取るのは、なんでか佐々木先生。

 うすうす感づいてたけどこの人、”終末”後になってやたら幅きかせてない?


 片手におつまみ。

 もう片方の手にお酒、あるいはジュース。

 最強の布陣にて構える人々を前に、


「では、――我等の勝利を記念して!」


「「「「「かんぱーい」」」」」×2000人くらい


 んで、何が楽しいかわからないうぇーい系の笑い声、と。

 私は大きくため息を吐きます。


「われらの勝利、ねえ……」

「群れに安住するのは人間の性です。居場所があるのは、好ましいことです」


 と、綴里さん。

 まあ、それは実感としてあります。

 私いま、心の中に「安心」の二文字が浮かんでいるもので。


「マズローの法則ってやつだな。なんでも、人間は生存本能を満たすと帰属欲求が強くなる、っていう……」


 渋い声のオッサンが、「うんうん」と頷きながら女子トークに割り込み。


「夜久さん、意外とインテリなんですね」

「もともとは本読みだ」

「以前はどのようなお仕事を?」

「話すほどでもない、――低額所得者の一人だよ。うまく嫁さん捕まえられんくて、ずっとトラックに轢かれて異世界に転生しないかとばかり思っていた」

「ルールが変わってしまったのは、この世の中の方でしたね」

「ああ……。なんにせよ、ろくなもんじゃない」


 憂鬱に頷く夜久さん。

 と、その時です。

 とたたたた、と、小走りに、麻田梨花さんが駆け寄ってきたのは。


「センパイっ」

「あ」


 本日二度目になる、どういう顔すればいいかわからない現象。

 とりま、なんか嫌味言われる前に先手打っときましょうか。


「昨日は見捨ててごめんねー☆」

どうでもいいんです。センパイが我が身を大切にするのは、私の望みですから」

「そ、そんなこと……?」


 なんと、こともなげに。

 ここまで来るとじゃっかん狂信者めいてこわい。


「それより一つ、お聞きしてよろしいですか?」

「はあ」

「センパイたち、いつの間にか新しい力、手に入れてますよね?」

「力?」

「だってそうでしょう? 凛音さんったら、前とはぜんぜん戦い方が違っていて……」

「あぁー」


 たしか、綴里さんのジョブが”解放者”に変わったから、スキルも変わったんでしたっけ。


「夜久さんに勝つために、いろいろとやらなくちゃいけなかったんです。今の彼女の身分は……えっと、……”解放奴隷”………?」


 でしたっけ? と綴里さんに視線を送ると、彼女は無言でコクリと頷きました。


「ってことは、――こうちゃん……日比谷康介も、……?」

「日比谷くん?」

「ええ。私の元彼です」


 なんと。

 かくのごとき穢れを知らぬフンイキの少女に、モトカレと来ましたか。

 さいきんの若者は進んでるなぁ。


 麻田さんはほとんど詰め寄るように綴里さんの手を握り、


「よくわかりませんけど、その理屈なら彼も……”解放奴隷”っていうのに……?」

「そうですね。彼も今は、凛音さんと同等のスキルを保持しているはずです」


 ちょっとだけ目を白黒させつつ、紫髪の少女は応えます。


「その中に、――《性技》系のスキルは……?」

「あれはなくなりました。えっち関係のやつを伸ばしたい場合は、別のジョブを選ぶ必要があったみたいですね。……えっと、それが何か?」

「なんでもないんです。なんでも……」


 なんだか麻田さん、ほっと胸をなで下ろしているように見えますけど。

 何かあったのかな。

 聞きたいような。聞きたくないような。


「それともう一つ。……センパイたちはいつ、ここを発つのでしょう」

「えっ? 発つって?」

「記憶喪失の件。治すには、旅に出る必要があるんでしょう?」


 私はちょっとだけ眉間に手を当てて、妙な顔を作ります。


「記憶喪失を治すのに旅に出る? ちょっと意味が……」


 っていうかこう言うのって、まず催眠療法とかそういう感じのやつから試してみるべきでは?


「あれ? ひょっとして佐々木先生から、何も聞いてない?」

「はあ」

「ひど! 先生ったら、なんでそんな大切なことを秘密に……」

「秘密にしていたというか、単に問題を一つ一つ解決させたかったのでは?」


 夜久さんと決着つける前に余計な情報入れられても困りますし。

 麻田さんは「そっかぁ」とあっさりそれを受け入れて、


「じゃ、不肖わたくしめの口からお伝えしますとですね。――センパイの記憶喪失を治せる人、私たちは一人だけ心当たりがあるんです。その人は、《時空系魔法》の使い手で……」

「ジクーケイ、ですか……」


 なんかよくわかんないけど、とりあえずスゴそう。


「名前は、恋河内百花さんって言うんです。センパイはできるだけ早く、彼女を見つけなくちゃいけないんですよ」


 あー。

 だから、旅、と。


「でも私、今日けっこうがんばりましたし」

「がんばったから、――どうしたんです?」

「しばらくお休みいただいてもいいんじゃないかなー、と……」


 すると麻田さんは、自分の命を軽視されたときよりもよっぽど怒り目になって、


「ばかー!」


 お、怒られた……。


「そーいうふうに宿題後回しにしたら、ぐずぐずになるに決まってるでしょお!」


 しかもなんか、お母さんみたいな口調で……。


「そりゃそうなんですけど……あんまり気が進まないというか……私、別にこのままでもいいかなー、なんて……」

「ダメです」


 麻田さんは、きっぱりとそう言い切りました。


「でもなぁ~」

「でももクソもありません。……センパイは忘れちゃったかもしれないけど。私、百花さんともよくおしゃべりしたから、知ってるんですよ」

「?」

「あの人、センパイだけに、――”終わる世界の救い方”を教えたって。それってきっと、すごく意味のあることだと思うんです」


 私はきょとんとしました。


「ってことは……」

「センパイの記憶の中に、この世の中を救済する鍵があるってことですよ」

「マジか」


 そっかそっか。

 記憶を失う前の私のモチベーションがどっから来てるのか、ずっと不思議でしたけど、そういうことか。

 

 この物語の主人公は、――私だった、と。

 はあはあ。


 だったら救うしかないかも。世界。


 うーん、厄介な……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る