その200 平常運転
で、ふと気がつけば。
勝負の時間が近づくにつれ、「え? マジで?」ってくらい人が校舎内に集まっているのに気付きます。
たぶん少なく見積もっても千人くらいはいるんじゃないかな?
「あの……凛音さん」
「ん?」
「私、聞いてないんですけど、――こんなにギャラリーが集まってくるって」
「まあ、しゃーない。正真正銘、ホンモノの超人プロレスだ。この辺に住んでりゃ、嫁を質に入れても見に来るさ」
あかんこれ、お腹痛くなる。
「なんだいビビってるのかい?」
「実を言うと、……少々」
「じゃ、手を握っていてあげようか」
「からかわないでください」
二人のやり取りを無表情で聞いていた綴里さんが、
「この勝負の結果は、ここの縄張りのみなさんの生活に直接影響します。娯楽以上の意味合いもあるのでしょう」
縄張りって。
お猿さんじゃないんですから。
決闘用のスペースは運動場の片面、――いまは休耕中の畑が使われることになりました。
ちょっぴり足下がもこもこしてますが……まあ、それくらいの方があれです。
地面に叩き付けられた時とか、ダメージ少なめでいいでしょ。
ギャラリーはそれぞれ、校舎内へ案内される形に決まったらしく、見回すと近所にあるマンションの屋上にも双眼鏡を覗いている人の群れを見かけました。
なんでも、話を聞きつけた他コミュニティの人々も集まってきているようです。
げんなりした気持ちでいると、にこにこ笑顔の佐々木先生が現れました。
「よう」
「ああ……どうも」
おざなりに声を掛けると、カエルみたいな顔のその人は、
「――こんなに盛況なら、時々こういう催しをしても面白いかも知れんなぁ」
と、こっちの気も知らずに上機嫌。
なんだかなぁ。
このおっさんだけは、”終末”前と変わらず、平常運転を続けている気がします。
「冗談じゃないですよぉ。……こちとら、こういうのが絶対嫌だから、ありとあらゆる部活と呼ばれるものに近寄らなかったんですから」
「まあな。部活は毎年、新歓用の演説とかあるからなぁ」
「そうそれ。朝礼でみんなの前にでなくちゃいけなくなるやつ」
「その日だけ学校休めば良かったじゃないか」
「無理ですよ私。同調圧力に弱いんです」
「だから、戦うのが嫌なわけか」
「まあ、そんな感じ」
先生はふーんと鼻を鳴らして、
「なら、わざと負けてもいいぞ」
「えっ」
「昨日やっさん、――夜久銀助さんと食事をした。悪い人じゃなさそうだ。少々奇矯なところはあるが、まあ、”
「そう、ですか」
「だから、お前は負けてもいい」
もちろん、すぐそばには綴里さんと凛音さんもいます。
彼女たちなら今の言葉に反論などしそうなものなのに、二人ともだんまり。
どうも、佐々木先生の言葉に全面的な信頼を置いているように見えました。
「だが個人的には、お前は負けない方がいい、と思うんだな」
「なぜです?」
「後悔するからだ」
「しますかね……後悔」
「うむ」
佐々木先生は深くうずきます。
そーいわれてもなー。なんだかなー。ひびかんなー。
担任の先生に「大学いかないとぜったい損するぞ」って言われたときの気分。
「まあどう転んだとしても、大きな問題にはならんさ。気軽に行こう」
気軽……ねえ?
「ところでお前、――婿を取る気はないか?」
「は?」
「実を言うと、お前が記憶喪失になったと聞いてから、少なくない数の男が手を挙げているのだ。中にはあっと驚くような名前もある。……どうだ? もしお前が望むなら、何人か紹介してやってもいい」
「えっ、えー……」
そう言われてもなぁ。
「その人たちって、記憶を失う前の私の……」
「うむ。お前を恩人と崇める連中だ」
「うげ」
きっついなぁ。
ってかぶっちゃけ私、そういう温度でやってくる人、好きになれないと思うんですけど……。
「だが、今どき女一人で生きていけるほど甘くないぞ。――もしお前が負けて、スキルを全部奪われることを望むならな」
「……なんです? 脅しのつもりですか?」
「脅し? いい男を紹介してやるつもりなのが、なぜ脅しになる?」
……このおっさん。
「私、小さく孤独に、幸せに生きていくのが望みなんです」
「なんと。では、意地でも強くならねばな」
「……なんで」
「近頃は、お前のような器量の娘が放っておかれるほど甘くないということだ」
そこで、ずいぶんわざとらしく、凛音さんが口を挟みました。
「あーっ。あったあった。あたしも力を手に入れるまでは、なんどかレイプされかけたことあるし」
「まじ?」
ってかそれ、ちょっと笑い話みたいなトーンで話せる体験?
やばない?
「うん。――この辺は治安が良いけど、壁の外はやっぱりいろいろと、ね」
ふ、ふーん……。
「ああ、そういえばあのマスク男、お前のこと『可愛い』とか言ってたぞ。……あの人がもし”それ”を望むなら、我々もお前を差し出すしかないかもなぁ?」
それは……厄介な。
私は頭を抱えました。
いやさすがに、この程度の挑発に軽々しく乗っかるつもりはありませんけども。
ってかそもそも私、――この人にがちゃがちゃ言われる前から、勝つ気持ちではいましたし。マジでマジで。
「そろそろ始まるぞ」
佐々木先生がそう告げると、私は跳ねるように立ち上がりました。
「まあ、がんばれ。私ァ、何があろうと、お前の味方だ」
背中から、嬉しくないおっさんの声援が聞こえます。
なんだか、ほっぺたのあたりにモゾモゾする痒みを感じつつ。
「そりゃどうも」
聞こえるか聞こえないくらいの声で、私はそう応えるのでした。
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