その194 何者

 で。

 とりあえず今夜は、自由時間、と。

 ではでは、お言葉に甘えてゆったり過ごすとしましょうかね。


 こういうときはあれです。

 ゲームで頭をいっぱいにするに限ります。


 というわけでまず、――自家発電機に再挑戦。

 今度はそれほど心が急いていませんでしたし、落ち着いて説明書をめくることができました。

 発電機本体をベランダに引っ張っていって、慎重にガソリンを入れて、安全装置を解除し、始動ノブをぎゅーんと引っ張って。

 とぷとぷとぷとぷと音を立てて起動する発電機にテレビとゲーム機のコンセントを接続し、ヘッドホンを装着します。


 私が好むのは、無闇矢鱈に難易度の高い、いわゆる”マゾゲー”と呼ばれる部類の作品。

 死んで死んで死んで死んで死にまくって、百回くらい死んで、ようやく一歩前進できるようなゲームです。

 思えば私、いつからそういう趣向だったのでしょう。

 ただ、ある時期からトツゼン、ヌルい難易度のゲームでは満足できなくなったことを覚えています。ギリギリの勝負を好むようになったことを覚えています。


 現実の生き方はわりと保守的なんですけどねー。


 しっかりゲームが起動できていることを把握した私は、さっそくデータをロードして、以前の続きを……。


「――あっ」


 と、そこでコントローラーを操作する指が止まりました。

 確かに選んだのは、私のセーブデータであったはず。

 操作しているキャラクターも、私が作り上げた白髪の中年魔法剣士です。

 だというのに、読み込まれたステージは、まったく見知らぬ空間でした。

 ってか、どうみてもラスボス手前のセーブ地点って感じの場所なんですけど。


 そこで私はしばし、眉間をもみもみ。


「……ひどいネタバレをみた」


 どうやらこのデータ、記憶を失う前の私がかなり冒険を進めてしまっているらしく。


 マジかー。マジなのかー。


 これは……その。

 どういう逆境よりも、どういう強敵よりも……やる気がなくなる展開です。

 だって私が操作していたはずのキャラクター、なんか知らないうちにメッチャ強化されてるんですもん。

 私が知ってる魔法剣士さんは、やっと鋼鉄のロングソードを装備したばかりだったはず。だというのに今の彼、なんか百万匹ドラゴンを屠ってきた最強の剣みたいなのを装備しています。


「うえー……」


 寝取られた。

 私の作ったキャラが。もう一人の私に寝取られた。

 さすがにそれ以上遊ぶ気にはなれず、ゲーム機の電源をオフに。


「はぁ~」


 嘆息し、――枕元にあった漫画などをちょっと読んで。

 で、暇を持て余して。

 そこで、どこかから歌声と歓声が聞こえていることに気付きました。

 身を乗り出して観てみると、なんかちょっとした人だかりができてるみたい。

 近くの十字路のあたりがお祭りみたいにライトアップされています。


「こんな世の中で、ライブですか……」


 歌に誘われたわけではありませんが。

 子供連れの人も出歩いてるように見えますし。

 まあ、これも一つの経験、ということで。


 ”終末”後の世界の観光です。



 マンションを出ると、道路が昼のように照らされていました。”終末”以前よりもずっとずっと明るく、過剰なほどに。

 それはまるで、この辺りの人たちは、暗闇がそのまま物理的な危機をもたらすと思い込んでいるかのようでした。


 私くらいの年頃の女の子がそちらに向かっていくのを見て安心しつつ、騒がしい方向へトコトコ歩いて行きます。

 昼はその場所を”バリケード”と表現しましたが、改めて近づいてみると、そんな生やさしいモノではないことがわかりました。

 それはむしろ、――鋼鉄の要塞、と言って良く。

 例えが下手くそで申し訳ありませんが、戦艦の艦橋のみを取り外して、道路の真ん中にくっつけたように見えました。


 要塞の周辺には、音楽に合わせてぴょんぴょん跳ねる、百人ほどの人溜まりができています。

 みんなが見上げているのは、鋼鉄の要塞の屋上で歌う四人組でした。

 彼らの顔には見覚えがありません。”終末”後に結成されたバンドなのかも。


「――――――――♪ ――――――――――♪ ――! ――! ――!!」


 歌っているのは、英語なのか日本語なのかわからないシャウト系の唄で、私にはそれが「寿司! 寿司! お寿司! おいしいタイム!」と聞こえています。

 そんな彼らの周囲には、銃火器で武装した大人がずらりと並んでいました。

 大人たちは皆、バリケードの外に銃口を向けて、時折、引き金を引いているようです。


「なんぞぉ、これ?」


 独り言ちると、すぐ隣にいた車椅子の老人が、人類皆兄弟、みたいなノリで声を掛けてきました。


「なんじゃお嬢さん、新入りかい?」

「……ん。そんなかんじです」

「あれは、――”呼んどる”んじゃよ」

「呼ぶ、……というと」

「そりゃもう。あの歩く死人どもさ」

「はあ」


 話は聞いています。

 ”ゾンビ”っていうやつ、ですよね、それ。


「連中は光と音に引き寄せられるからのォ。ああして派手なパフォーマンスで、少しでもバリケード外の”ゾンビ”を片付けてしまおう、という考えらしい」

「へぇー」


 昼に例の生首を目の当たりにしたからか、「絶対に信じない!」って感じにはなりません、が。

 それでもまだ、ちょっと耳を疑うような話ですねぇ。


「わざわざ歌ってる理由は?」

「どうも連中、生きとった頃の習慣が残ってるらしくての。楽しげな曲調の方が引き寄せられるらしいんよ」

「なるほど……」


 その時、ステージの左右に控えていた男性が、たたたたたたた、と引き金を絞ります。


「ほらまた一匹、――逝った」


 そして老人は、「南無南無」と念仏を唱えます。

 つられて私もいちおう「なむなむ」。


 砦と、銃声と、ロックンロール。


 なんだか、夢のような光景でした。

 ……いやもちろん決して、素敵だという意味ではなく。

 脈絡がなさすぎる、という意味で。


 しばし、老人と二人、真顔でライブを眺める時間が過ぎていきます。

 そろそろ帰ろうかな、と思っていると、


「お嬢さん」

「――はい?」

「悪いが、車椅子を押して、商店街の方に運んでもらえんかね。そこに今の住処がある」


 私は少し、彼の失われた右腕と足を観て、


「構いませんけど」

「すまんのぉ。……申し遅れた。――わしは於保多だ。於保多おおたはじめ

「はあ」

「お嬢さんは?」

「私は……」


 しばし言葉に詰まって。

 そして、応えます。


「私は、……何者なのでしょうね」

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