その193 適材適所
私らしい、――ですか。
自分ではちょっとよくわかりませんが。
「あんたって教室じゃ、そういう顔でボンヤリしてるのがデフォルトだったでしょうが。それが、”終末”後に会うと、みんなに頼られるスーパーマンになっててさ。本当に同一人物かって、ずっと思ってたモンさ」
「はあ」
特に異論はありません。
凛音さんは、その美しい顔を親しげに寄せて、話を続けます。
「とりあえず、ざっと今の状況だけ説明しとくよ」
「?」
「梨花は無事だ」
薄明かりに照らされる妖しい雰囲気の中、凛音さんの長い長い吐息が聞こえました。
私、前からずっと思ってたんですけど、この人天然のサキュバスかなんかじゃないかと思ってます。
「あんたを襲ったプレイヤー、――夜久銀助って男ね。ヒーロー気取りがちょっと鼻につくけど、わりと話せばわかるヤツでさ。こっちの事情、汲んでくれたよ」
「事情、……というのは?」
「あんたが万全の状態じゃないってこと」
「はあ」
「いまヤツは、佐々木先生の歓待で飯、喰ってる。勝負は延期でいいってさ」
「へえ」
ソリャヨカッタ。
「言っとくけどこれ、とてつもない幸運だったんだよ? もしあんたの相手が前に戦った”王”みてーなやつだったら、あんたも、梨花も、容赦なくヤられてた」
”王”の名前は、麻田さんから聞いています。
たしか秋葉原を根城にしていた悪党、だとか。
「それに……あんたは覚えてないみたいだけど、”クエスト”で戦う相手って、居場所がわかるらしいじゃないか。だから結局のとこ、逃げたって無駄なのさ」
「ふーん」
「ふーん、って……いいのかい? あんた、このままじゃあヤツに負けちまう」
「別にいいんじゃないですか、負けても」
「なに?」
「たしか、わざわざ争わなくても済む方法がある、って話ですし」
彼に”従属”すればいいとか、どうとか。
「それは最後の手段だ。そうしちまうと、ヤツに根こそぎスキルを奪われる羽目にもなりかねない」
「それの、何が不都合なのでしょう」
「……………不都合?」
「それってつまり、――普通の人間に戻れるってことですよね? むしろ今の私にとってはメリットのように思えるんですけども」
「あんた…………っ」
一瞬、凛音さんは口調を荒げて、ベッドの上で片膝立ちになりました。
私は視線を泳がせて、なんだか変な気分になっています。
とりあえず、ベッドに乗るのを辞めて欲しい、と思いました。
我が人生に置いて、ベッドの上は聖域です。自分以外の何者にも身体を預けて欲しくない場所なのです。
そんな気持ちを知ってか知らずか、彼女はさらに身を乗り出し、
「いいかい、”ハク”」
そして私の顔面をがっちりホールド。
「それは……それは他ならぬ、あんたのためにならないことだ。本当に危険な考え方だ」
うわうわ。
彼女の、端正な顔が、目の前に。
なんかちょっと良い匂いがする。
同性である私ですらドキリとさせられる状況です。
「世界がこうなってから、あたしたちに逃げるって選択肢はないんだよ。哀しいことにね」
そのままのポーズで、数秒。
「はな……」
「?」
「離してください……っ」
「ああ……悪い。力が入りすぎたね」
すると、ゆっくり私の顔面は解放されました。
内心、ほっと安堵します。
あのままチューでもされようものなら、とても拒めないと思ったものですから。
こちとら根っからのノンケやゾ。
「でも、――わかってほしいんだよ。夜久の野郎だって必死だ。あんたをやっつけないと、”プレイヤー”としての力を失っちまうってんだからさ」
そう言われても。
私、戦えません。
それだけははっきりしています。
一度剣を取ってしまえば、きっと後戻りできなくなることがわかっていますから。
たくさんたくさん、誰かに”頼られる”ことがわかっていますから。
そういう生き方はしたくないのです。私は、私の裁量でできる小さな仕事だけをこなして生きていきたいのです。それ以上は望んでいないのです。
世界中の人間に罵られても結構。
私は、――誰かの命の責任を持つような真似はしたくないのです。
「”ハク”。――やっぱりあんた、夜久と戦うつもりは……」
私は、暗闇の濃いところに視線を落として、
「ごめんなさい。それはちょっと……」
「つまりあんたは、”普通の女の子”に戻りたい。そうだね?」
「はあ」
「うん。……わかった」
不思議と落胆の色はありませんでした。
まるで、その言葉は折り込み済だ、とばかりに。
「じゃあ、代わりにあたしが戦うよ」
「――?」
「あんたが記憶を取り戻すまで、あたしがあんたを守ってやる」
えっ。
なにその、思わずときめいてしまいそうになる台詞。
「あたしには今、綴里からもらった”奴隷”の力がある。夜久の野郎は、それでなんとかする」
「どれい……?」
なんでしょう。
”プレイヤー”の力の一種でしょうか?
「あんたと綴里は、あたしの支援をしてもらう。あたしが負ければ、あんたらは夜久に”従属”すればいい。……どうだい?」
「はあ……」
よくわかりませんが。
彼女に、……お役目をなすりつけた形になるのかな?
「あんたには支援系の魔法であたしの補佐をしてもらう。……同級生のよしみだ。それくらいなら、いいだろ?」
「ええ……」
支援系の魔法。そんなの使えるの、私? マジ?
……と、疑問に思いつつも、なんとなくそれができるという実感があります。
「じゃ、決まりだ。勝負は明日の十一時過ぎ。事前に打ち合わせしておきたいから、朝の六時には校門前に集まっててほしい」
私は、ぼんやりと頷きました。
「ちなみに、勝算はあるので?」
「……いまのあんたや、ビビリの綴里が戦うよかマシさ」
「ですか」
私は立ち去ろうとする凛音さんの背中に、
「なんか、ご迷惑おかけします」
率直な気持ちを述べます。
すると彼女は「ハハハッ」と笑って振り返り、
「いいさ。適材適所でいこう。お互いに」
私の頭を、まるで小さな子供にするみたいにナデナデ。
「そういうの、最近ではわりと
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