その188 知らない人の後始末

 三年三組の教室内にあった”私物”を片付けるのにかかったのは、それから一、二時間ほどでしょうか。

 ……正直、私の主観では「誰か知らない人の後始末」をさせられている気分で。


 なんか羽根っぽいのとか。

 よくわかんない飲み薬っぽいのとか。

 セガのロボピッチャみたいな形の玩具とか。

 へんてこな薄い漫画本に……なんだこれ。

 タッパー詰めの、ちくわにきゅうり入れたやつ?


「……これ全部、持って帰らなきゃいけないんですか?」

「ええ。どれもセンパイのものですから」


 前の私、何考えてこんなの集めてたんだろ。検討もつきません。

 ただ聞く限り、ここの道具はどれも”取扱厳重注意”のようで。


 その他の謎グッズを我が家のクローゼットにぶっ込んだころには、すっかり日が傾きつつありました。

 鈴木先生、明日香さん、理津子さんの三人とは、とりあえずそこでお別れ。

 三人はもっともっと私と話したかったようですが、どうも彼女たちなりに色々と忙しいようです。

 まあ、無理もない話ですよ。なにせこの辺りの界隈じゃ、人手不足が深刻化しているようですから。

 話を聞くに、今や都民の大半が死に絶えてしまっているらしく。

 かつてのクラスメイトなんて、ほとんど全滅らしいですよ。びっくり。

 まあ、クラスであんまり仲良かった人いないんで、別にいいんですけど。


 綺麗に片付けられた教室で、私は子ネズミのような少女に声を掛けます。


「この教室は誰が使うのですか?」

「えっと、たしか新任の幹部候補の人で。……もともと代議士だったっていう」

「? ……そんなえらい人が、こんなところで生活するのですか?」

「はい。今や雅ヶ丘高校は、この辺りの政治の中心ですし……それに、一番安全な場所ですから」

「安全……」

「はい。防壁は高校を中心に組まれていますし、物資も全てこの場所に収集されていますので」

「ふうん」


 住み心地よりも、物理的な安全性が重視されているとは。

 なんだか、「これぞ”終末”」って感じ。


 現在、雅ヶ丘高校に住むことを許されているのは、発言力の高い一部の大人たちだけのようです。

 麻田さんによると、ちょっと前まではここに避難してきた住民が先着順で部屋を割り当てられていたようですが、最近はそういう傾向ではないらしく。

 なんでも、”人間のテリトリー”が広がってきたため、この辺りの避難民はあっちこっちに散らばっている、とのこと。


「それにしても、ちょっと信じられませんね。”ゾンビ”だとか”怪獣”だとか……それに”プレイヤー”っていうのも」


 一応、物資の運び込みの間、『なぜこんなことになったか』に関する大まかな概要は聞いていました。


 ”ゾンビ”。”怪獣”。”ドラゴン”。

 それに対抗する、特別な力を与えられた人々。――”プレイヤー”。


 ちょいとばかり常軌を逸した内容ですが、まあ、嘘やねつ造のためにここまで大がかりなことは起こさないでしょうし。


 ただ一点、どうしても信じられないのが、――麻田さんの口から語られた、”これまでの私”について。

 彼女の語る”私”は、「日本刀をずばずばーっとふるって悪者をやっつけるスーパーマン」とのこと。

 でも、みんなと一緒に荷物運びしたからわかります。

 今の私ってば、どことっても普通人。なんなら”守られる側”だったという麻田さんの方が重い荷物を運べている有様で。

 もし彼女の言葉通り、私がスーパーマンだというのであれば、ちょっとした荷物運びくらい、軽々とこなせそうなものですが。


「少し前だったら、お菓子の一つも持ってこられたんですけれど、最近は管理が厳しくって……今日はたこのけの里はナシです。ごめんなさい」

「前の私は、――お菓子の好みまで教えていたのですね」

「ええ。センパイったら、きなこ派はいずれ根絶やしにするって言ってました」

「ふうむ」


 あー。

 なんとなぁく、いまの冗談は私が口にしそうな感じがしますねぇ。



 一仕事を終えた私たちは、ずいぶんと歩きにくくなった運動場を横切りながら、軽く雑談しています。

 ちょうど今は、じゃがいもの植え付け時期。

 小学生くらいの子たちとお年寄りがチームを組んで、順番に種芋を埋めているのを眺めながら、


「私たち……少しずつでもいいから、昔ながらの暮らしを取り戻さなくちゃって。自給自足の生活を」

「それは果たして、現実的なのですか?」

「わかりません。けど、どうしてもやらなくちゃ」

「国はどうしてるんです? 助けてくれないんですか?」

「それは、……ちょっと無理みたいです。いまは世界中がそれぞれおっきい問題を抱えていて、自分たちのことで手一杯なんだそうです」

「なるほど」


 自力救済しかない、と。


「この前、明智さんっていう人が来て、みんなに話していたんです。人間の文明はしばらく、二百年くらい前にまで退行するって。同じ国の人同士で縄張りを争う時期が来る、って。だから私たち、もっともっと強くならなくちゃって。佐々木先生は反対していましたけど。男の人ってほら、危険なことが好きだから」


 私はあえてそれには応えず、ぼんやりと彼女の背中を追いかけていました。

 これからどうしよう? みたいな、具体的な計画の目途は立っていません。

 ただ、なんとなく流されるままに生きていくしかないだろう、という実感があります。

 私の望みは単純で。

 どこか安全が保障された場所で、ゆったりのんびりと暮らしていくこと。

 記憶を失う前の私はどうだったかはわかりませんが、結局それがイチバンなんじゃないかな、と思います。


「あの」

「?」

「それで結局、この場所は大丈夫なのですね?」

「ええ、それは間違いありません。ここは都内でも一番安心できる場所ですよ」

「良かった。……あなたの話を聞くに、どうもここいらの治安はまったく保障されていないようでしたので」

「それは……」


 麻田さんは少し視線を逸らして、


「まあ、はい。もちろん、いろいろとうまくいっていないことも多いですけど」

「例えば?」

「それはもう、……だいたい、センパイがこんな風になるなんて私たち、これっぽっちも想像していませんでしたし。ここの安全はセンパイに頼っているところもありましたから……」

「ふむ」


 なんでも、ここのところ私は、秋葉原を中心に活動していた”王”と呼ばれる悪者と戦っていた、とのこと。

 ”王”との戦いに関しては麻田さんも詳しいことは知らないようでしたが、とにかく色々あって戦いは大勝利。

 その後、私は身体を休めるためにここに戻ってきた――と。


「きっとセンパイ、ずっと酷い目にばかり遭っていたから、緊張の糸が切れちゃったんだと思います」

「ふむ」

「健忘症って、お年寄りの病気だって言われてますけど、若い人でも時々、そういうが起こるんですって。環境があんまりにも変わりすぎると、……ある日気付けば、自分がなんでここにいるかもわからなくなったり」

「そりゃあ気の毒に」

「”気の毒に”って……センパイ、いま自分が置かれている状況、わかってます?」

「わかってますけど。――うーん」


 やっぱりまだ、他人事なんじゃないかっていう気持ちが抜けない、というか。


 私たちは校舎を出て、スーパーマーケット”キャプテン”の方面に向かってぶらぶら散歩しています。

 どうやら彼女、以前の私がした仕事をいちいち説明してくれるつもりらしく。

 「ひょっとすると記憶を取り戻す助けになるかも」とのこと。

 特にやることもなかった私は、それに付き合うことにしました。


 かつてはひっきりなしに車が行き交っていた”キャプテン”前の十字路は今や見る影もなく、人っ子ひとり見かけられません。

 ただ、何かを焼いて処分したと思しき、黒い炭の山が道路中央でこんもりしていました。


「センパイ、あの」

「ん?」

「えと……こうちゃん、――日比谷康介くんのことは、――」

「覚えてませんねー」


 そもそも私、同世代の男子と仲良くなったためし、ありませんから。


「その、康介くんの家族が、スーパーの屋上で身動き取れなくなった時があったんです。その時もセンパイは、勇敢に”ゾンビ”の群れに向かっていったんですよ」

「ふむ…………」


 相変わらず実感のない話ですが、――なんとなく、ふくらはぎのあたりに痛みが走ります。

 案外、身体はその時のことを覚えているのかも。


 奇妙な男の人と出くわしたのは、それから数分後のことでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る