その166 プランB

「くそったれ、……このガキ、やりやがったな!」


 ”賭博師”さんが毒づきながら、腹部を抑えます。

 彼女の手の間から、ぽたぽたと血が滴っているのが見えました。


 少し離れたところに、刃渡り十五センチほどのナイフを持った少年が一人、ぼんやりした表情でこちらを見ています。

 短く刈った髪の毛に、浅黒い肌。

 活発そうな見た目に反して、その表情には強い意志のようなものが感じられません。


「あなた、確か……」


 春菜さんから、事前に話は聞かされています。……ええと確か、”タマ”って呼ばれてる子でしたっけ。

 とりあえず《スキル鑑定》。


ジョブ:盗賊

レベル:55

スキル:《格闘技術(中級)》《自然治癒(強)》《皮膚強化》《骨強化》《飢餓耐性(強)》《短剣の扱い(神業級)》《パーフェクトメンテナンス》《猛毒の刃》《解毒の術》《スリの腕前(上級)》《忍び足(上級)》《ステルス(上級)》《不意打ち》《経歴詐称》《素早さⅤ》《電光石火》《回避Ⅴ》《にげる》


 ……むぅ。


「これって……」


 一目見て、嫌な予感がします。

 この子、……多分ですけど、かなり強いですね。

 理由は単純。習得しているスキルに、明確な意図が感じられるためです。

 恐らくは、戦うこと、――特に暗殺することを前提にしてスキルを覚えているのでしょう。


「……っ、あ、うー。わるものがふたり……」


 言葉足らずなしゃべり方には、子供っぽさが感じられますが、


「わるものは。……殺す」


 その内容は物騒で。


「……っ、おい、くそガキ。人を刃物で刺しちゃダメって、お母さんに教わらなかったかい」


 と、声をかけて時間稼ぎしながら、ちゃっかり《治癒魔法》を使う”賭博師”さん。


「……俺、母さん、いない」

「おっ、そういうパターンの不幸自慢かい。奇遇だな、オレサマも親なしだ。仲良くやろうや」

「あはははははっ」


 「え、いま笑うとこ?」ってタイミングで、”タマ”と呼ばれている少年はからからと声を上げました。

 しかしどうやら、思ったほどにはこちらに興味を抱いてくれなかったみたいで。


「でも、殺す」


 さっと前かがみ気味になって、少年はナイフを構えます。


「――!?」


 すると、彼の身体が、みるみる半透明になっていきました。

 これって、えーっと。

 確か随分前に、”盗賊”の特性について調べたこと、ありましたよね。


――“盗賊”は、人のものを盗み取ることに特化した専門職です。身を隠すことに秀でたスキルが多く、かがむことで半透明になることが可能になります。


 とか、そんな内容だった気がします。


 ……それにしても、目の当たりにするのは初めてですが、この能力、思ったより厄介そうですよ。

 よくよく注意すれば彼の姿を追うことはできそうですが、油断すると簡単に見失ってしまいそう。

 ”賭博師”さんが刺されたのも、この”半透明になる力“で不意を突かれたためでした。


「……しっかし、参ったな、これ」

「どうしました?」

「さっきから《治癒魔法》使ってるんだけど、全然治る気配がないんだわ。……たぶん、《猛毒の刃》ってヤツを喰らったんだと思う」


 見ると、彼女の腹部から煙がしゅうしゅうと立ち昇っており、《治癒魔法》による回復速度を上回る形で身体を傷つけているようでした。


「たしか、体内の毒を取り除く《治癒魔法》ってありましたよね」

「バカにするな。とっくに試した。……けど、ダメだった。ガキんちょのスキルに《解毒の術》ってのがあったろ。あれじゃないとたぶん、治らないんだと思う」

「ほう。……」


 それは厄介ですねえ。

 私は念のため、”賭博師”さんに《治癒魔法Ⅳ》を重ねがけします。

 すると、さすがに傷が塞がり始め、十秒ほどで彼女の刺し傷は消滅しました。


「……どうです?」

「最悪だ。腹の中に下痢糞ブチ込まれたまま傷縫われた気分」


 なにその例え、キモチワルイ。


「しかも、いまの隙に”タマ”くんを見失っちゃいましたし……うーん、どうします?」

「どうするかって? 決まってる。オメーは先へ進め。オレサマが囮になる」


 で、出たー。「俺のことはいいから先に行け」とか言っちゃう奴ー。


「わー、かっこいいー。……けど、そんな提案、私が受け入れるとでも?」

「ばか。格好つけてる訳じゃねえ。オレサマは元々、陽動役だ」


 あれ。……そうなん?


「細かい話は省くが、春菜からメッセージを受け取ってな。こういう事態になった場合は、俺が敵を引き付ける役目らしい」


 ほんとぉ?


「ゴチャゴチャ議論してる暇はないぜ。いいからオメーは先に進め」

「うーん……」


 それでも、私は少し逡巡します。

 ひとつ選択を間違えることで仲間を失うのは、もうコリゴリですからねぇ。


「せめて二人で“タマ”くんを無力化した後でも……」

「落ちつけ。そうなりゃ向こうは時間を稼ぐ戦法に切り替えるに決まってる。んで、そうこうしてるうちに“王”の軍勢に囲まれて、よってたかって棒で叩かれる、と。……違うか?」

「…………………グムーッ」


 もはやこの場に私が留まることは、作戦の成功率を著しく低下させる行為のようで。


「でもまさか、死のうなんて考えてませんよね」

「ばか。オレサマにはまだ、やるべきことがあるだろ。勝算があるから言ってる」


 では、その言葉を信用しましょう。

 私たちには、笹枝さんを含めた多くの人たちの期待がかかっています。

 ここで足止めを喰らうわけにはいきません。


 決心すると同時に、私は徐々に追手が集まってきつつある路地裏を飛び出しました。


 同時に、あちこちで爆発が起こり、周囲が土埃で満たされます。

 “賭博師”さんが、《銭投げ》で廃ビルを片っ端から破壊して、煙幕を作ってくれているようでした。


「おら来い、クソども! その頭を順番にふっ飛ばしてやる!」


 粉塵の合間からのぞく友人の姿を見て、小さく安堵します。

 その姿、少なくとも死を覚悟した人には見えません。

 それなら、と、私は彼女に背を向けました。

 お守りをするばかりが友情じゃない、と、自分に言い聞かせながら。



 そのまま、しばらく路地裏を走っていると……、


『……ちょ、“戦士”さん、足、早すぎるっす!』


 “羽スライム”が追いついてきます。


「案内役が出遅れてどうするんですか」

『すんません。“賭博師”さんが“タマ”に刺された当たりで、いったん姿消してたもんで。……でも、“タマ”には“羽スライム”の姿を見られたでしょうね』

「……ってことは、あなたのこと、“王”には」

『ええ、恐らく。“スライム”を操れるのは、俺以外にいないはずなんで』


 その言葉はむしろ、弾んでいるように聞こえました。

 はっきり“王”と敵対することで、縁さん自身、吹っ切れるものがあったのかもしれません。


「ところで私、今わりとテキトーに走ってるんですけど。方向はこっちで合ってます?」

『大丈夫っす。まっすぐ“王”の元に向かうルートを取ってるので』


 それは僥倖ぎょうこう

 そこで、空飛ぶスライムはさっと私の耳元まで移動してから、


『んで。想定外に見つかっちゃったので、予定をプランBに変更するっす』


 と、小声で相談してきます。


「具体的には?」

『本来なら、いったん俺たちの隠れ家まで移動してもらって“魔力”の補給を行い、“王”が油断するタイミングを見計らって襲いかかるって手がベストだったんですが……、まあ、世の中そこまでうまくいかんですわな』

「ですね」

『ってな訳で、一気に決戦まで持ち込むっす。休憩はなし』


 まあ、元々こっちに来てから休むつもり、ありませんでしたし。


『そういう状況なんで一応、道中食べられるものを用意させていただきました』


 そう言う“羽スライム”には、コンビニ袋がひもくくりつけられています。

 中を覗くと、いくつかの携行食が入っていました。

 チョコレートバーとか。カロリーメイトとか。各種ゼリー飲料とか。その他、ちょっとしたスナック菓子類などです。


「……うーん」

『ん、どうしました?』

「ぜんぶもう、食べ飽きてる……お味噌汁とか飲みたい……」

『申し訳ない。我慢してください』


 まあ、しょーがないですね。

 ゼリー飲料をちゅーちゅー吸いながら、人気のないところを選んで先へと進んで行きます。


「そーいや、“王”のいる場所ってどこなんです?」

『あれ? 春菜から説明受けませんでした?』

「受けましたけども」

『忘れたんすか?』


 ……だってそういうこと覚えとくの、“賭博師”さんの仕事だったんですもの。


『つっても、記憶になくてもしゃーない感じっすけどね。ヨドバシとかラジオ会館とか、その手の名所系建物じゃないので』

「デスヨネ」

『“王”がいるのは、とある地味っぽいビルなんす。元は印刷屋で、……本人が働いてたところだそうっす』

「へぇー」


 アキバで印刷屋ってことは、あれでしょうか。

 やっぱ同人誌とかたくさん刷ってたのかな。

 と、物思いにふけっていると、


『……あっ、見えました』


 縁さんが声を上げます。


 そこにあったのは……“王”の住処というにはあまりにも質素な、四階建てのビル。たまたま通りがかっても印象には残らないような、暗い雰囲気の建物でした。


「あれが……」

『俺の本体は既にビルに侵入してますんで。そこで合流してやって下さい』

「おっす。了解」


 です、と、言いかけたその時。


 私の目の前に、見覚えある二人の男性が立ち塞がりました。

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