その132 ”夢幻”

 私たち目の前には、『酒場』で購入したカレーライスが山盛りで置かれています。

 ギルガメッシュさんの『酒場』の食事は、安いものなら2ゴールド、高いものでも5ゴールドのリーズナブル価格。

 ”プレイヤー”向けに作られているらしく、量もたっぷり、味も悪くありません。


「ハッフ! ハフ! ウマ!」


 思うままにカレーをおかわりしていく”賭博師”さんを前に、私は深く嘆息していました。


「おい、どーした? 食わんのか?」

「食べます」


 もちろん、食べますとも。


 ただ、なんというか。

 気が沈んでいるというか。


 何せこれから、わけで。

 それも、ただ死ぬのでなく。

 真綿で首を絞めるように、です。


 そりゃ、さすがに食欲もなくなりますよ。

 気分はさながら、マラソン大会前日のよう。


 深く嘆息して、


「いつ、探索に出ましょうか」

「ん? 飯食ったらすぐ出るんだろ?」

「そう思ってたんですけど。長丁場に備えて仮眠をとってからでもいいかな、と」

「一理あるな」


 いつ”魔物”に襲われるかもわからない状況では、満足に眠ることもできないでしょうからね。


「でもやっぱり、早めに出たほうがいいかもしれません。その辺、”賭博師”さんに判断をお任せしたいのですが」


 実際それは、私より長くここにいる”賭博師”さん次第、というところ。


「オレサマの方はまだ余裕がある。……けど、ひょっとすると今後の予定そのものが変わるかも知れんから、それ次第だな」

「それは、どういう意味で?」

「出かける前に、いっこだけ試しておきたいことがあるんだ。……いいか?」

「構いませんけど、何です?」

「さっき買った情報で、少し気になるものがあってな」

「……? どれのことでしょうか?」


 すると彼女は、いたずらっ子のように、にひひーと笑って、


「食後のお楽しみ、だ」


 はあ。

 よくわかりませんけど。


 そんじゃ、言葉通り楽しみにしときますか。



 それから、十数分後。

 『冒険者の宿』を出るやいなや、”賭博師”さんは、


「ふっふっふ。……なあ、”戦士”よう。オメーひょっとすると、オレサマと一緒になれたことを感謝するかも知れんぞ」

「……ほへ?」

「とりあえず、そっちは戦う準備だけしといてくれ。レアな”魔物”というのが、どういうやつかわからんからな」

「と、いうと?」

「今から、“賭博師”のジョブスキルを使う。……幸運を引き寄せる力だ」


 なにそれすごい。


「っつっても、戦闘中なんかは隙が大きすぎて使えないし、引き寄せられる幸運も、厳密に選べる訳じゃない。……ま、こういう閉鎖的な状況にはピッタリのスキルだけどな」


 へー、なるほど。


「そんじゃ、いくぜ。――《夢幻むげんのダイスロール》!」


 すると、”賭博師”さんの手のひらの上に、握りこぶし大の10面ダイスが出現。


「こいつは、十分の一の確率で幸運を、十分の九の確率で小さな不運が訪れるスキルだ。……さらに、……」


 彼女は、ダイスを両手で包み込むように持ち、しばし集中します。


「《ペテン(上級)》で、狙った目を出す。……いくぞ!」


 10面ダイスが、白い床を跳ねました。

 ダイスの目は、天使のマークが描かれた面と悪魔のマークが描かれた面があるようで。

 出たのは、……天使のマーク。


「HAHAHA! 今日も絶好調だ!」

「はぁー。こりゃすごい」


 思わず、ぱちぱちぱちぱちと手をたたきます。


「情報通りなら、恐らくこれでレアな”魔物”とやらが出現するはず………」


 その時でした。

 私たちの目の前に、ぷるん、と、一匹の”スライム”が躍り出たのは。

 その”スライム”の色は……神々しさすら感じられる、金色。


「あ」

「あ」


 私たちは、同時に驚いた表情を作って、


「まさか……もう?」

「みたいだな」

「どうします?」

「とりあえず、魔法を順番に試してみるか」


 さっそく”賭博師”さんが、


「――《雷球》」


 《雷系魔法Ⅱ》を詠唱。

 数個の雷の塊を出現させます。

 たぶん、色合い的に”黄スライム”と同じ弱点ではないかと感じたのでしょう。

 

 雷光は、見事”金スライム”の身体を打ち抜きます……が。

 効果はありませんでした。

 むしろ”金スライム”の身体がでっぷり膨張する結果に終わります。


『ピキキーッ!』


 ”金スライム”が、むしろ嬉しそうに鳴きました。

 どうやら、回復してるみたいですね。


「じゃ、次は私が。――《ファイアーボール》!」


 《火系魔法Ⅱ》をぶち込むと、


『ピキキキキィー!』


 やっぱり”金スライム”は膨らむだけ。


「ん? じゃあ、どれが弱点なんだ? ――《水弾》!」


 《水系魔法Ⅱ》を使う”賭博師”さん。


『ピッキィ――ッ!』


 やはり効果なし。

 今や、”金スライム”は、通路を塞ぐほどに巨大化していました。


「じゃ、通常攻撃、とか」


 私は”はがねのつるぎ”で、”金スライム”のおなかをぶみぶみーっと突っつきます。

 ……うん、効果なし。

 思いっきり斬りつけてみても同様でした。


「じゃ、これならどうだ。――《スラッシュ》ッ!」


 《必殺剣Ⅰ》を振るいますが、やっぱりぶみぶみー。

 その後、あれこれ試した結果、


「うーん。……じゃ、まさかまさかの、《治癒魔法》では?」

「さすがにそりゃないんじゃないか?」

「わかりませんよ? こいつ、攻撃系の魔法で回復するみたいですし。ものは試しってことで……」


 結論から言うと、それが正解でした。


「えいっ」


 《治癒魔法Ⅳ》を、”スライム”に当てます。


『ピキ……ピキキ……ピキ!』


 同時に、”金スライム”がブルブルブルー! と震えて、


 ぱぁん!


 すぐ耳元で、風船が破裂したような音がしました。

 同時に、雨あられと金貨が降り注いできて、


「う、うぎゃーッ!」


 私は、”ゴールド”の山に埋もれてしまいます。


「う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお、すげえ!」


 ”賭博師”さんが歓声をあげました。

 金貨のベッドにぶっ倒れた私は、深く嘆息して、


「……女は度胸。なんでも試してみるもんです」


 と、教訓めいた台詞を。


 その後、”賭博師”さんと協力して、”ゴールド”を『冒険者の宿』に運びこんだところ。


 ”金スライム”一匹で、およそ一万ゴールドの稼ぎになることがわかりました。

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