その127 すれ違い
長らくの間、”携帯電話”と呼ばれるアイテムは、SF小説などのジャンルおいて、ほとんど
いつ、どこで、誰とでも情報を共有できるガジェットの存在は、物語制作上、邪魔以外の何ものでもなかったためだ。
それもそのはず。
人間同士の争いは、時としてすれ違いを起点に生まれるわけで。
▼
(なにがどうなってる? 暗黒騎士……?)
俺の疑問は、物理的に迫る危機によって中断された。
「――らぁ!」
「くっ!」
”シカンダ”が閃き、ぎりぎりのところで林太郎のナイフを防ぐ。
防御は、ほとんど”シカンダ”任せきりにせずにはいられなかった。
俺の腕で躱せる練度の攻撃ではない。
なにより、今までの攻防で、嫌でも思い知らされてしまっている。
俺と連中との間に横たわる、歴然とした格闘技術の差を。
確かに、ステータスのパラメータ的には、俺が優っているかもしれない。
が、目の前の二人に比べて、こちらは圧倒的に場数で劣っている。
まともな喧嘩で勝てる見込みは限りなくゼロに近かった。
――まずいわね、こりゃ……。
光音の言葉には、明らかに焦りが含まれている。
彼女としても、ここで捕まる訳にはいかないのだろう。
「心配するな。俺に考えがある」
――どういうの?
用意していた解決法は単純で、
「ゴリ押しでいく」
――それ、何も考えてないっていうのと一緒じゃ……。
もっともだ。
が、「攻撃を当てにくいが単純な力比べでは優っている敵キャラ」に遭遇した時の対処法は、これに限る。
俺はまず”シカンダ”を鞘に戻して、数歩ほど後退した。
背中には壁。もはや逃げ場はない。
「……どうした? 降参か?」
すると、林太郎が一瞬だけ交渉に応じる姿勢を見せた。
もちろん、降参する気などない。
すかさず、
「――《ショック・ハンド》!」
覚えたての呪文を叫ぶと、バチバチッ! と、俺の両手に稲光が走った。
「……光音。ちなみにこれ、何秒くらい維持できる?」
――うーん。五、六分くらい? それ以上になると、さすがに危険ラインかな?
「十分だな」
野獣が時々そうするように。
俺は、両腕を半ば突き出すように構えながら、がむしゃらに飛びかかった。
「……ちっ!」
林太郎が舌打ちしながら、後ろに跳ねる。
「明日香ッ! こいつ魔法を使うぞ!」
「わかってる!」
(このまま押し通る……!)
そう考えた、次の瞬間だった。
バチィ! と、電圧をまとっているはずの手のひらを、林太郎の腕が掴みとる。
見ると、林太郎の両手にも稲光が走っていた。
「な……!」
「魔法使いは! お前だけじゃねー!」
見たところ、俺が使った《ショック・ハンド》と同様の技に見える。
(こーいうのって、キャラごとに能力が別々に設定されてるもんじゃねーのか)
どういう現象が起こっているのかは、検討もつかなかった。
俺と林太郎の手が、バチバチという耳障りな音を立てながら、ホテルの室内を明るく照らしている。
(……いったん退くか? いや……)
「ぐ、ぐぐぐぐぐ!? あっ、やべぇかも、これっ!」
真っ向勝負を仕掛けてきた林太郎の表情に、苦悶の色が宿った。
――大丈夫! 魔力はこっちのほうが高い! 行ける!
どうやら、“魔法対決”では俺の方に分があったようだ。
この展開を狙っていた訳ではない。だが、ステータス的に”魔法”を使うことで活路を見いだせる気はしていた。
「もぉ! 何やってんの、りんたろーくん!」
こうなっては、明日香さんも手出しできまい。
「悪いが、このまま通してもらう……!」
俺は林太郎の手を掴みつつ、部屋の出入り口付近にいる明日香さんの方に突っ込んだ。
「うわ、わわわわわっと!?」
(このまま、林太郎ごと明日香さんを押し倒す!)
……が。
ことはそう簡単にいかない。
「よいしょ!」
明日香さんが、跳び箱の要領で俺と林太郎の頭の上を飛び越えたのだ。
それも、さほど広くない室内で。ものすごい運動神経である。
俺はというと、
(いま一瞬、ぱんつが見えたな)
この危機的状況下において、どこか客観的に物事を観察している自分を発見していた。
どうやら、赤坂見附の一件以来、かなり肝が据わるようになったらしい。
「……このー! 林太郎くんをはなせ! ――《ファイア・ボール》!」
振り返り際に明日香さんが叫ぶ。
と、彼女の手に、握りこぶし大の火球が生まれた。
(まずいな。あれは避けられんぞ)
しかし、光音の意見は真逆らしい。
――
「何?」
――いいから!
「……くっ」
同時に、明日香さんの作り出した火球が、深紅のマントに叩き付けられた。
ボゥン! と、背中に衝撃。
俺は歯を食いしばって痛みに耐える……が、想定していたようなダメージはない。
むしろ、
「――!?」
両腕に宿る《雷系魔法》の出力が瞬間的に倍増した感じがして、
「ぐああああががががががががががががががが!」
ほとんど拮抗状態にあったはずの林太郎の《雷系魔法》を押し返し、奴の全身を焼く。
慌てて両手を離した。
このままでは、間違いなく死んでしまうと思ったためである。
――ベネ! ディ・モールト・ベネ!
「何が起こった?」
――ふっふっふ。キミが装備してる”紅蓮のマント”には、《火系魔法》を吸収する効果があるのさ。
そうだったのか。
正直、ただのおしゃれマントだと思っていた。
「り、りんたろーくん!」
明日香さんが悲鳴を上げて、仲間に駆け寄った。
俺はそんな二人に、
「……すまん」
とだけ言って、その場を立ち去る。
ふいに、自分の判断は根本的に間違っていたのではないか、と、思い始めていた。
この人達は悪人でもなんでもなく、ただ、自分の大切な人を取り戻したくて必死なだけだったんじゃないか、と。
だが、いまさら後悔しても仕方ない。
俺は、ホテルの非常口に飛び込み、念のためドアノブを《ショック・ハンド》で溶かし、簡単には開かないようにしてから、ビジネスホテルを後にした。
▼
「危なかった……もう、ああいう賭けに出るのはゴメンだな」
全速で走りながら、俺は光音に声をかける。
――そう? あたしが生きてた時は、こういうギリギリの戦いばっかりだったけど。
「そうかい。思ったよりお前、苦労人なんだな」
――てへへ。
別に褒めてはいないんだが。
それから、念のため数十分ほど走ったが、明日香さんたちの追跡はないようだった。
あの場に残してきた於保多さんが、うまくやってくれたのかもしれない。
それとどうやら、二人の話に出ていた”ノリオのおやっさん”の到着も遅れているようだ。
「ほとんど、運が良かったから助かったようなもんだな」
――でも、うまくいったじゃん。良かったねぇ。
「ああ……」
俺は物憂げに呟く。
「けど、これっきりだ」
助かった、という思いと裏腹に、俺の胸は苦いものでいっぱいに満たされていた。
「こういう、危険な賭けはこれでおしまいにしたい。……於保多さんとの約束もある」
――つまり?
「しばらくの間は、レベル上げに専念しよう。本格的にな」
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