その121 ユーシャは何しにダンジョンへ?

「るーんるーん♪ るーらららららー♪」


 ご機嫌に鼻歌を歌う彩葉ちゃんを先頭に、帰路を進みます。

 彩葉ちゃんは《心眼》スキルがあるお陰で“ダンジョン”内でも自由に歩きまわれていますが、私は百花さんの《光魔法》頼み。


「彩葉ちゃん、勝手に進んで、迷子になっちゃいけませんよ」

「だいじょーぶだいじょーぶ」


 気がつけばいなくなる彩葉ちゃんに声をかけつつ、慎重に歩を進めます。

 ”魔物”はもう狩り尽くしたとは言え、何が起こるかわかりませんからね。


 もうそろそろ、”ラット・キング”を仕留めたあたりかな、と思い始めたあたりでしょうか。


「うひょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 先行する彩葉ちゃんが、好物のバナナをもらった猿のような奇声を上げているのが聞こえました。


「ほ、ほほほほほ、本物だぁー!」


 私は、百花さんと一瞬だけ視線を合わせた後、……走り出します。


「彩葉ちゃんっ、誰か……」


 そこにいるのですか? と続く言葉を断ち切るように、


「お願いします、サインください!」


 彩葉ちゃんが頭を下げていました。

 彼女の前には、スレンダーな女性が一人。

 暗くて顔はわかりませんが、背はそこそこ高く、歳は二十歳かそこらに見えました。


 女性は少し照れたように、


「ありゃ? ひょっとして、ファンの子?」


 と、自らの頬を撫でます。

 どうやら、闘争の雰囲気ではなく。

 かといって、”ダンジョン”内部に平然と入ってくるような人です。油断はできませんでした。


「あなたは……?」


 と。

 その時、《光魔法》が女性の顔を照らして。


「ああ! あ、あ、あ、あ、あーっ!」


 ひっくり返りそうになるほど驚きます。


「アマタミツネさんだぁ! ほ、ほほほ、本物?」

「ふっふっふ。何を隠そう、……本物よん」


 その女の人は、にこりと笑みを浮かべました。

 プロです。

 プロの微笑です。

 間違いありません。彼女は、――世界がこんな風になる前はテレビでもよく見かけていた、女優の數多光音あまたみつね、その人じゃありませんか。


「あのー、あのーっ!」


 彩葉ちゃんがぴょんぴょん跳ねて、自己主張します。


「あーし、『超勇者ブレイド』のファンなんだ! ずっとヒロインのアカネちゃんみたいになりたくて、頑張ってて……!」


 彼女がこんなに風になるのは、これが始めてでした。


 ちなみに『超勇者ブレイド』というのは、平日の夜に放映されていた特撮ヒーロー番組です。

 私は観たことがありませんが、“大人も楽しめるヒーロー物”として、けっこう話題を呼んでいた記憶があります。

 ミツネさんは、”ブレイド”と共に戦うヒロイン役……だったかな?

 よくバラエティ番組なんかにも出ていましため、かなり印象に残っていました。


「『ブレイド』のアカネは当たり役だったよねー。あたしもお気に入りなんだ」


 言いながら、ミツネさんは黒のマジックペンを取り出し、慣れた手つきでメモ帳にサインをします。


「やったあ!」


 ぴょんぴょん飛び跳ねながら、彩葉ちゃんはそれをポケットにしまいました。

 私はというと、ちょうどいい紙を持っていなかったので、


「そんじゃ、このジャージに書いてもらっていいですか?」

「いいの?」

「おっけーです。何着か予備ありますし。せっかくなので」


 きゅきゅきゅーっと背中を走り回るミツネさんのペン。


「それにしても、貴女は何しにダンジョンへ?」

「レベル上げ。少し前に、新宿のダンジョンを制覇したから、次はこっちに移ってこようと思って」

「レベル上げってことは……」

「うん。あたしも”プレイヤー”だよ」


 ぽっと、胸の中に火が灯るような想いがしました。


 普通とは違う何かを持っている人と肩を並べているような。

 そんな気持ちになったためです。


 しかし。


 ふと顔を上げて、すぐそこにいる百花さんと顔を合わせた瞬間、その気持ちは雲散霧消しました。

 彼女は、ひと目見ただけでもはっきりわかるほど、敵意を露わにしているのです。


「はい、おっけー♪」


 サインし終えたミツネさんが、ぽんと背中を叩きました。


 そこに割り込むように彩葉ちゃんが入ってきて、


「あーし、”ブレイド”の代わりにアカネちゃんが戦う話が大好きなんだ!」

「ああ、あの時は、”ブレイド”の役者さんが風邪で倒れちゃってねー。急遽、台本を変えることになったんだよ」

「そ、そんな裏話が!」


 大興奮している彩葉ちゃんに対応を任せつつ、すぐさま、私は百花さんに顔を寄せました。


「百花さん、なんつー顔してるんですか。まるで恋人を寝取られたヤンデレ彼女みたいな感じですけど」


 彼女は目を細めて、小さく嘆息します。


「……”先生”。彼女に《スキル鑑定》を」


 首を傾げつつ、私はその言葉に従いました。

 そして、最初に頭に流れ込んできた情報は、


――ジョブ:勇者


「はぁっ?」


 思わず、素っ頓狂な声が上がっています。


(残念だけど、他に選択肢はないんだ)

(”勇者”と”魔王”には、《不死》という特殊なスキルがある)

(セカイを救うためには、その両方を始末する必要が……)


 百花さんの言葉が脳裏に蘇り。


「えええ。ええええええええ……」


 正直、引きました。

 バイトの面接に四連続で落ちた時と同じくらい。……いや、もっとでしょうか。


 続いて、ミツネさんのスキルを確認していきます。


レベル:99

スキル:《剣技(勇者級)》《自然治癒(強)》《皮膚強化》《骨強化》《飢餓耐性(強)》《火系魔法Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ・Ⅳ・Ⅴ》《水系魔法Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ・Ⅳ・Ⅴ》《雷系魔法Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ・Ⅳ・Ⅴ》《光魔法Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ》《治癒魔法Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ・Ⅳ・Ⅴ》《不死Ⅰ》《天命》《?神の加護》《正義の?》《不明》《見るな》《勝手に》《人の》《スキルを》《のぞくな》《謎》《謎》《?》《?》《?》《?》《?》


 同時に。


 ぞぞぞぞぞぞぞ、……と。


 何か、思考に紛れ込むノイズのようなものが頭の中を侵食していきました。


「――!?」

「こ、これは……ッ?」


 瞬間、私と百花さんの表情が固まります。


《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》《不明》


「――うぐッ!?」


 それは、間違って音量を最大にしたCDを聴くのに似ていて。

 想定した以上の情報が頭を叩いて、思考を混乱させられるのでした。

 悪い妄想に取り憑かれているかのように、頭の中で《不明》という言葉が消えません。


 私の知る限り、《スキル鑑定》がこのような挙動を起こすことは始めてでした。


 ふいに、彩葉ちゃんとおしゃべりしているミツネさんが、こちらを向いて、


「こらー。勝手に人のプライバシー覗いちゃダメでしょー?」


 と、やんわり叱りつけます。

 ……どうやら、私たちの《スキル鑑定》に気づいていたらしく。

 彼女が何か、それを妨害するスキルを使用したのは間違いありませんでした。


「す、すいませ……」


 言いかけた、次の瞬間です。


「――《ネビュラ》」


 私のすぐ隣で、百花さんがスキルを発動させました。

 それは、……あるいは、彼女なりの反射行動だったのかもしれません。

 どのような形であれ、自分を攻撃したものは許さない、という……。


 そこから先は、ほとんど自動的に身体が動いていました。


 百花さんの右腕が跳ね、煌めく光の鞭を振るったかと思うと……、


 私は瞬間的に、その軌道上に出て、《ネビュラ》の鞭を全身で受け止めるのでした。


「――ぐぁッ!!」


 《防御力》スキルによるダメージ軽減を突き付けて、光の鞭が皮膚を裂きます。

 久々の出血。

 瞬間、軽くお嫁さんにいけなくなるレベルの怪我を負い、ごろごろと地を転がりました。


「――なっ!?」

「――ほえ?」

「――わ! なになにっ?」


 それぞれの声が、それぞれの方向から。


 私はというと、結構な量の鮮血が、”ダンジョン”の床にじわじわと広がっていくのを見ています。


 まあ、怪我はなんとかなるのでいいんですけど、もっとマズいのは、今の衝撃でメガネが割れちゃったことなんですよねー。

 こりゃ参った。

 私、かなりの近視な上、乱視もちょっと入っちゃってるので、メガネがないとほとんど回りが見えないんですよ。


「バカな! ”先生”、何を!?」


 叫んだのは、ぼんやりとした百花さんのシルエット。


 次に行動を起こしたのは、ミツネさんでした。

 丸腰に見えた彼女の手には、いつの間にか、身の丈ほどもある……棒? あ、いや、剣ですねあれ。……とにかく、なんか武器っぽいものが握られています。


「……ほえええええ? えっ?」


 ぼんやりとした声を発しているのは、彩葉ちゃんでしょう。

 無理もありません。彼女一人だけ、この状況から置いてけぼりを食らっているのですから。


 私はというと、芋虫のように床に這いつくばったまま、必死に頭を回転させていました。

 ……なんとか、この場を穏便に納めなければ。

 考えているのは、そのことだけです。


 次の瞬間でした。


 すう、と。


 影が、実態として顕現するかのように。

 全身、漆黒の鎧を身にまとった奇妙な人間が、物陰から現れました。

 顔は……わかりません。

 これは、私の視力が低いせいではありませんでした。

 足の先から頭まで、全身を黒い甲冑で覆っていたためです。


「………………フン」


 鼻を鳴らしつつ、”勇者”を護るように立ちふさがるその男は、


「くそ、”暗黒騎士”か! こんなタイミングで……」


 以前、百花さんが話していた、”暗黒騎士”という“プレイヤー”らしく。


 必死に意識を繋ぎ止めながらも、状況がよりカオスな方向に進んでしまったことを認めずにはいられませんでした。


 数多光音さんがいて。

 有名な役者さんで。

 実はその人こそ、私たちが探していた”勇者”で。

 ”勇者”は殺さなくちゃいけない人で。

 でも、とりあえず争いは避けなくちゃいけなくて。


 それだけでもう、十分に話がややこしいというのに。


「な……なんなの? キミ……?」


 驚いているのは、我々だけではありませんでした。

 ”勇者”ミツネさんもまた、“暗黒騎士”とは初対面らしく。


「ええと……ドウイウコト? 助太刀してくれるの?」


 隣に立っている”暗黒騎士”に話しかけます。


「…………………………」

「な、なんか言いなさいよ……」

「…………フン」


 どうやら、”暗黒騎士”はかなり無口なタチらしく。

 言葉より行動で示さんとするかのように、彼は一歩前に歩み出ました。


 百花さんと向き合い。

 二本の剣を構えながら。

 どうやら、二刀流が彼の戦法であるようです。


「うーん。……よくわかんないけど、ま、日頃の行いが良かったのかな?」


 ミツネさんはというと、テレビで見るのとまったく同様の前向きキャラを発揮していました。


「……………………………フン」


 ”勇者”と”暗黒騎士”が並び立ちます。


「突然襲い掛かってくるような手癖の悪い子は、おねーさんがお仕置きしてあげなくっちゃね!」


 ……ぐぐ。

 これはまずい。

 このままでは……。


「も、……ももかさん。いけません、戦っては……」


 しかし、百花さんはこちらを見ていませんでした。


「……まだ、《不死》スキルが《Ⅰ》だった。……これはチャンスかもしれない。あるいはかも」


 そう、小さく独り言ちながら。


「で? いちおう聞いておくけど、そこのエルフッ娘は、どういう目的であたしに攻撃を仕掛けてきたのかな?」


 対する百花さんが口を開きます。


「お前を、――殺すためだ!」

「ありゃりゃ。悪いけど、それなら戦うしかないねぇ。……ほら、あたしって、世界を救わなきゃいけない立場だからさ。こんなところで死んじゃあいられないんだよ」


 そうして、殺し合いが始まりました。

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