その116 次なる目的地と、懸念事項。

 車椅子を押す興一を先導しつつ、のっしのっしと駅構内を進んでいく。

 ここのグループの連中は、そんな俺達を奇異なものでも見るように注目していた。


「なんだ、あいつ。……コスプレか?」

「こんな状況で。頭おかしい……」

「でも、武器を持ってるぞ」

「偽物では? 秋葉原で売ってるような」

「しっ、目を合わせるな」


 やっぱ注目浴びるのって、慣れんな。


「わっ! ライダーだ! 戻ってきたの!?」


 その中から、三人の子供たちが飛び出した。


「やあやあ、お三方。今から、ここを旅立とうと考えとるのですが、いかがか?」

「うん!」「やったあ!」「いくいく~」


 全員、二つ返事で着いてくるところを見ると、「我輩に懐いてる」って話も、まんざら誇張ではないらしい。


「では、行きましょうぞ」


 そのまま、俺たちは丸ノ内線のホームを目指す。


「ちなみに犬咬どの。……道中の食糧はどうします?」


 そういや、リュックサックが奪われたんだったな。愛用のニンテンドーDSも。

 できれば、DSだけでも取り戻したいところだが……。

 まあいいや。

 そろそろ3DSが欲しいと思ってたところだし。


「次の駅まで行けば、まだ手付かずの食糧が残ってるはずだ」

「……ここのものは、奪っていかないんですな?」

「ああ」


 正直、これ以上誰も傷つけたくなかったし、関わり合いにもなりたくなかった。

 さっき、二人ほどぶん殴った時も思ったのだが。

 ”ゾンビ”と人間じゃ、やっぱ大違いだと思う。

 多分、人間を殺すと、その日は悪い夢を見る気がした。

 そういうのは勘弁なのだ。

 ここであったことは全て、忘却の彼方へ追いやってしまいたい。

 オシッコ漏らしたことも含めてな。


「それでこそ、犬咬どのですぞ」


 そんな俺を、興一はどこか満足そうな表情で見ている。

 そして、


「皆の衆! もし、我々に着いてきたいものがいるなら、喜んで受け入れますぞ!」


 よせばいいのにこの男、グループの連中に向けて、高らかに声を上げたのだった。

 だが、それに応える声はない。


「……ふむ。おかしいですな。てっきり、みんな集まってくるかと。わーっと」

「訳のわからんコスプレ野郎に命を託したいやつなんて、いないだろ」


 苦笑交じりに話していると、


「待て」


 鋭い声が、俺達を呼び止めた。

 振り返ると、このグループのリーダー格、バーコードハゲだった。


「何か?」

「高谷くん、正気かね。……その、奇妙な男に自分の命を預けるというのか。私ではなく」

「ええ、まあ」

「なぜだ? 何がいけない? 我々はうまくやってきたではないか」

「そう思っていたのは、木田さんだけだったということですぞ」

「もう一月、……いや、二月も待てば、きっと救助が来るのだ。それまでここにいればいい」

「……木田どの。恐らくもう、救助なんて来ないのです。我々は、我々の力だけで生き残るべく、努力すべきなのですぞ」

「しかし……」

「吾輩のような若輩者の忠告など、耳を貸す価値もないかも知れませぬが。汚いものを眼に見えないところへ追いやったところで、いずれ手痛いしっぺ返しを喰らうだけですぞ」

「わかってないんだ、君らは。このグループは、……まだ、文化的な暮らしができている方だ。私は知っている。もっとひどいことが起こっているグループも存在する、と」


 興一は目を細めて、バーコードハゲから目を逸らす。


「それでも我々は、荒野を進む道を、――選ぶのですぞ」


 何をやっても冴えないこの男にしては、洒落た捨て台詞だと思った。



 道中、興一が語ったこのグループの”物語”は、単純なもので。


 まあ、要するに、――連中は、「仲間」と「そうでないもの」を区分けする必要があった訳だ。

 「そうでないもの」には、人権が認められないことになり。

 そしてその、「そうでないもの」第一号が、他ならぬ俺であった、と。


 まったく、我ながら間の悪い話である。


「それで、……お前は、“試食”したのか?」


 興一は、気弱な表情で首を横に振った。


「いいや。吾輩はカニバっておりませぬ。”試食”は、もっと責任の重い仕事に就いていた者に限られておりました。そうすることで、仲間同士の絆を深めようとしたのでしょう」

「そうか。もし喰ったのなら、どんな味なのか聞こうと思ってた。猪肉に似てるって本当かね? そもそも俺、猪肉も食ったことないんだが」

「……犬咬どの。そのジョークはさすがに、趣味が悪すぎますぞ」

「そうか? 何事も経験だと思ったんだが」


 俺は、わざと悪ぶってそんな風に言ってみる。

 もし興一が、”それ”を口に入れていて、その上で嘘を吐いているのなら。

 そうすることで、少しは気が楽になるのではないかと思えたのだ。

 だがこの口ぶりでは、興一が食人行為に関わっていないのは本当のところらしい。


 誰にも気付かれないよう、小さく安堵の吐息を吐いて。


 そこで俺は、少し駆け足になった。


「何事か……?」

「少し待ってろ」


 行く手を塞いでいた五匹ほどの”ゾンビ”を打ち倒すためである。

 ”国会議事堂前駅”が近づいていた。

 やはり、駅周辺は”ゾンビ”が多い。

 さくさくっと五匹を仕留め、強化された視覚で、行く先を確認。

 数は、……”赤坂見附駅”の時とあまり変わらない。

 数十匹、といったところか。


「しばらく”運動”してくる。終わったら、お待ちかねのランチタイムだ」

「うむ。頼みましたぞ」

「ちなみにその後は、どこに向かうべきだと思う?」


 道案内は、興一に任せるつもりだった。

 この数ヶ月間、引きこもり生活を送っていたせいか、この辺がどうなっているか、よくわからないのである。


「それですが、一つ、提案したいルートが。……このまま”池袋”まで進んだ後、”雅ヶ丘”の方面に進もうかと」

「”雅ヶ丘”?」

「うむ。……風のうわさによると、そこに理想郷があるらしく」

「理想郷、ねえ?」

「話によるとそこには、強固に築かれたバリケードと十分な物資があり、みんな、ガンプラを作ったり、トレーディングカードゲームで遊んだりして、幸せに暮らしているらしいですぞ」


 なんだそりゃ。嘘くせえ。


「常人ではとても辿りつけぬほど危険な道のりですが、犬咬どのの力があれば、不可能ではないかと」

「よし。じゃあ、そうしよう」



 その後、”国会議事堂前駅”にいた”ゾンビ”をあらかた片付けた俺たちは、駅の売店にあったスナック菓子で食事を摂ることにした。


「いくらでも食べていいの? マジでマジで? さいこー!」


 ”ゾンビ”の死骸に囲まれながらも、きゃっきゃと笑う子供たち。

 ホームレス風の爺さんはまだ意識を失ったままだが、“やくそう”の効果か、顔色はかなり良くなっていた。


――ねえ、ちょっといい?


 と、そこで、光音に声をかけられる。


「なんだ?」

――このまま進むにあたって、ちょっと気をつけてもらいたいことがあるの。


 好物のチョコレート菓子、”きなこの山”(”たこのけの里”派は永遠のライバルだ)を口に入れながら、


「続けて?」

――このまま”池袋”の方向に進むんだよね。

「問題でもあるのか?」

――うん。できればエンカウントしたくない相手がいる、というか……。

「前、”プレイヤー”がどうとか言ってたよな。そいつのことか?」

――そだね。……実を言うと、不思議な力を使えるのは、あたしだけじゃないんだ。

「それは、話の流れ的になんとなく察していたが」

――理解が早くて助かるわ。で、それでね? この先には、今のキミのレベルじゃ、とても歯がたたない相手がたくさんいるの。一応、味方してくれる”プレイヤー”もいるけれど、ほとんどの”プレイヤー”は敵だと思ったほうがいいわ。

「ほう。一応、味方もいるのか」

――いるわ。なんでか知らないけど、ずっと手助けしてくれるやつが一人。”暗黒騎士”っていうジョブのやつ。


 ”暗黒騎士”ねえ。

 最大HPの八分の一を消費して敵全体を攻撃しそう。


――だから、その“暗黒騎士”以外で、なんか変な魔法使ったり、人間離れして強すぎたりするやつは、基本的にみんな敵だと思ったほうがいいわ。そういうのに出くわした場合は、ヘルメットを脱いで、一般人を装うの。それだけ覚えておいて。

「了解。……でも、なんでそんなに嫌われてんだ、お前」

――知らないわよ。なんか、気づいたら四面楚歌だったの。

「まったく心当たりがないのか?」

――わかんないけど。裏で糸を引いてるやつがいるっぽい。

「誰だ?」

――たぶん、恋河内百花っていう女。


 ”きなこの山”の、最後の一個を口に放り込んで、


「可愛い名前の人じゃないか。美人?」

――美人だったら、どうだっていうのよ。

「美少女の敵キャラは仲間になる法則」

――と対峙してもまだ同じことを言えたら大した肝っ玉だけれど。あいつ、マジもんの怪物だから。能力的にも、性格的にも。

「へえ」


 光音にしては、その口調は重い。

 その百花とかいう女に、よほど怖い思いをさせられたらしい。

 そんな俺の想いを察したのか、


――でもまー、ちゃんと気をつけてれば大丈夫だから。元気出していきましょー!


 気を取り直すように、光音は溌剌とした声を出した。


「そうだな。世界で一番元気な死人もついていることだし」

――まーね!


 先行き不透明ながらも、俺は楽天的だった。

 これから、どれほど酷いことが起ころうとも。

 仲間と、”勇者”の力があれば、どうにか切り抜けられる。

 そんな風に思えたのだ。

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