その115 《アイテム・インベントリ》

――復讐に燃えてるとこ悪いんだけど、いっこいい?

「なんだ?」

――そーいや、“勇者”の力で人殺しするのはNGってこと、伝えてなかったなー……って。

「そうなのか?」

――うん。ほら、いちおーあたしら、正義の味方ポジな訳じゃない? いくら救いようのないウンコ野郎でも、殺しだけはダメなんだな。”悪”のカルマ判定になっちゃうから。

「ふうん……」


 そこで俺は、数秒ほど押し黙る。

 目の前には、つい先程まで俺を切り刻もうとしていた(まあ、今でも隙あらば切り刻むつもりでいるだろうけど)男がいる。


――……それでもやっぱ、相手が憎らしい?


 訊ねる光音の言葉は、どこか俺を試すようでもあった。


「憎いってのとは少し違うな。もう二度と関わりたくないって気持ちの方が大きい」

――そう。それを聞いて、安心したわ。

「俺たちは俺たちで、楽しくやっていこう。ここの奴らとは無関係なところでな」


 テーブルの上からひょいと降りて、興一に顔を向ける。


「興一。念のため聞くけど、……着いてくるか?」

「モチのロンですぞ!」

「良い返事だ」


 その後、ホームレス風の爺さんにまだ息があることを確認。


「それと、この人も連れて行く」

「確かに、見捨ててはおけませぬ。……だが、このまま動かすのは危険ですぞ。最悪、ショック死に到る可能性も」


 そこで一旦、光音に向けて呟く。


「なあ、回復魔法的なやつ、ないのか?」

――回復魔法は、……一応、存在するけど、今のキミじゃあ使えないわね。

「他に手段は?」

――あるわ。

「どうすればいい?」

――そうねぇ。じゃ、一番手っ取り早い方法で延命をしましょう。


 すると、眼前のモニターに様々な情報が展開された。ものすごい勢いでデータが表示されていき、その中から”やくそう”と書かれた項目が選択される。


 同時に、俺の目の前に、ひらりと一枚の葉っぱが舞い降りた。


――いま、“やくそう”を出したわ。

「……どういう手品だ、これ」

――《アイテム・インベントリ》っていうスキルよ。これを使えば、あたしが以前手に入れたアイテムなら、なんでも引き出すことができるの。


 ほう。

 そんな、ドラえもんの四次元ポケットみたいな機能が。

 そういえば、光音が死ぬ直前まで持っていた剣が、いつの間にか消失していた一件を思い出す。

 あれは、《アイテム・インベントリ》の力が働いていた、ということか。


――これを煎じて、飲ませてあげて。手足がまた生えてくる……なんてことはないけれど、生きるのに必要な活力を与えてくれるはずよ。

「なるほど」


 その後、興一に湯を沸かすよう頼んでいると、


「おい、アルコールあったぞぉー」


 しばらく席を外していた二人組のうち一人が戻ってきた。


「……って、うわ、なんだ! この銀ピカコスプレ野郎は!」

「知らん! とにかく取り押さえるぞ!」


 どうやら、二対一では分が悪いと見て、仲間が来るまで様子を伺っていたらしい。


「わ、わわわ、我輩も戦いますぞ!」


 不器用に両腕を突き出しながら、興一が叫んだ。


「ああ、いや。それはいい。それより爺さんを頼む」

「し、しかし、……」


 友人の言葉を無視して、


「光音。連中のステータスを」

――あいよ。


なまえ:にんげんA

ジョブ:しみん

ぶき:ほうちょう

あたま:なし

からだ:さぎょうぎ

うで:なし

あし:うんどうぐつ

そうしょく:なし


ステータス

レベル:1

HP:5

MP:0

こうげき:9

ぼうぎょ:3

まりょく:0

すばやさ:8

こううん:8


なまえ:にんげんB

ジョブ:しみん

ぶき:なし

あたま:なし

からだ:さぎょうぎ

うで:なし

あし:うんどうぐつ

そうしょく:うでどけい


ステータス

レベル:1

HP:5

MP:0

こうげき:4

ぼうぎょ:3

まりょく:0

すばやさ:7

こううん:9


 ふむ。

 こうなると、殺さないよう加減する方が難しそうだ。

 ってか人間って、ステータス的には“ゾンビ”より弱いのな。

 こいつら、素の状態の俺よりも強いはずんだが。


――でも二人とも、”こううん”の値はキミより高いね(笑)


 人の不幸属性を笑うな。


 ため息混じりに、二人組に足を向ける。


「来るぞ……! もういい、このままシメちまえッ」


 そう言う“にんげんB”へ、瞬時に接近。

 その頬を、撫でる程度の力でぶん殴った。


「ぐ、……へっ……」


 たったそれだけの簡単なお仕事で、大の大人を一人、昏倒させる。

 残った”にんげんA”が驚愕しているうちに、その額にチョップを一発。

 それだけで、驚異の排除に成功した。

 ちょろいもんだぜ。


「ファーwwww犬咬どの強スギィ!wwwww」


 無闇に草を生やすなよ。


「それより早く、爺さんに薬を飲ませてやってくれ。俺は車椅子を見つけてくる」

「おいすー!」


 幸い、目的のものの場所には心当たりがあった。

 ここに来る時、電気管理室付近にあったのを見かけたためだ。

 多分、捕まえた人を運ぶために用意されたものだろう。面倒だからか、例の二人組は使っていないようだったが……。

 俺が車椅子を手にして戻ると、興一が老人に薬を与えているところだった。


「もう大丈夫ですぞ……そう。少しずつ少しずつ。落ち着いて」

「うう……ぐぐぐ……」


 爺さんは、ゆっくりとだが薬を飲んでいるようだ。

 こうなったらもう、焦ることもない。

 俺は、いったんヘルメットを脱いで、拘束されていた際に傷ついた身体を消毒し、お漏らししたパンツを(こっそり)洗ってから、新しいものにチェンジした。

 さっぱりしたところで、再度ヘルメットを装着する。


「……しっかし、ちょっと見ないうちに変身ヒーローになっていたとは、驚きですぞ。ところでそれ、我輩にも使えるのですかな?」

「なんだ、まだ試してなかったのか?」


 特撮好きのこいつのことだから、てっきり試しに被っているものだと思い込んでいたが。


「ああ、いや。こーいうのって、選ばれし者以外が使ったら、ひどい目にあったりするものでしょ?」

「そうか?」

「うむ。……『555』のカイザギアなんか、適合者以外が使うと死んじゃったりするんですぞ」

「へえ」


 仮面ライダーには詳しくないので、よくわからんけど。


「ちなみに、そこんとこどう?」

――そんな、呪いのアイテムみたいな要素はないけども。


 ああ、そうなんだ。

 少しだけ、自分が選ばれた存在なのかと思ってどきどきしてしまった。悲しい。


――ただ、別の人が“勇者”になると、レベルは1からになっちゃうからねー。できるだけ同じ人に使ってもらったほうが、あたしとしては助かるわ。


 その後、俺たちは、十分に時間をかけて爺さんの回復を待った後、拘束した二人組が目を覚まさないうちに出発することにした。


「その前に、犬咬どのに一つ、お願いしてもいいですかな?」

「なんだ?」

「差し支えなければ、あの三人の子供たちも連れて行きたく存じまする」

「子供を?」

「うむ。みな、身寄りもなく、我輩に懐いてますからな。それに、ここにいるのは教育上、あまりよろしくないように思えますぞ」

「別に構わんよ」


 すると興一は、にっこりと笑った。


「ドゥフフ! 恩に着ますぞぉ!」


 よし。

 そうと決まったら。

 こんな不吉な場所とは、さっさとオサラバするか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る