その106 進捗報告

 凛音さんたちを”雅ヶ丘高校”に移送し終えた私たちは、佐々木先生より、ちょっとうれしいお知らせを受け取ります。


「以前話していた、他コミュニティとのやり取りだがな。どうやらうまく行きそうだ」

「と、いうと?」

「大学の方から連絡があった。一応、今後は各コミュニティに、銃器とその取扱いに長けた者が派遣されてくるらしい。代わりにこちらは、向こうに足りない技術者や人員、それに物資を提供することになった」

「へえ。一応聞いておきますけど、ちゃんと平等な取り決めですよね。……なんか、脅されたりしませんでした?」

「ぐははっ。まるでお母さんのような口ぶりだな」


 なんとまあ。

 五十過ぎのおっさんに”お母さん”呼ばわりされる気持ち、わかります?


「問題ない。常識の範疇で交渉が進んでいる」


 ならいいんですけど。

 実際、銃器が充実するのは助かりました。

 ”ゾンビ”の頭を叩き割るのは難しくても、拳銃の引き金を引くくらいならできるって人、結構いますからね。

 まあ、銃を撃つと“ゾンビ”が集まってきちゃうことがあるので、一長一短なケースもありますけど。


「実際、一部の無頼漢ぶらいかんは、こうした状況においては頼りになることがわかっている。私ァこれを『ジャイアン映画版の法則』と呼んでいるがね」

「はあ……」


 これは、佐々木先生なりのジョークだと受け取っておきましょう。


 まあ、なんにせよ。

 この分だと、この近辺から“ゾンビ”を一掃する日も……そう遠くない?


 ……と、その時。

 私たちの頭上を、バッサバッサと羽ばたく音が。

 見ると、”ドラゴン”の背に乗った百花さんが手を振っています。


 百花さんは”ドラゴン”の背から飛び降りて、ふわっと運動場に着地しました。


「やあ。戻ったよ」

「おかえりなさい」


 すると百花さんは、にっこり微笑んで、


「いいものだね。帰るところがあるってのは」


 と、『ガンダム』の最終回みたいな台詞を。


「さっそく進捗について説明しよう……と、言いたいところだけど。自分でもここまでの話を少し整理しておきたい。あとで屋上に来てくれるかな?」



 言われたとおり、少しぼんやりした後に屋上へ向かうと、ちょうどシャワーを浴びている百花さんの姿が。


「……って、え?」


 何かしらの幻覚症状が出たかと思って、目を凝らします。

 ですが、決して見間違いではありません。

 百花さんはちょうど、陽の下で熱々のシャワーを浴びているところでした。


「なんじゃこりゃあ……」


 見上げると、彼女の頭上に直径一メートルほどの雨雲的サムシングが浮かんでおり、どうやらそこから暖かい水が降ってきているようです。


 非現実的な光景ですが……、


「それ、《水系魔法》ですか?」

「うん。正確には、《水系魔法Ⅴ》だ。さっきレベルが上がってね。戦闘向きの魔法じゃないけど、たまにはこういうのを取ってもいいだろう?」


 なるほど。いつでもシャワーを浴びれる魔法ですか。

 ……いいですね。ごくり。


「出直しましょうか?」

「いや、いい。女同士だろ?」


 いやいや。例え同性でも、シャワー浴びてる相手と話し合いとか、ないですから。

 ってか、なんでこの娘、わざわざセクシーな肢体を見せつけるように……。

 限られたページ内にお色気シーンを入れることを義務付けられた少年向けラブコメかな?


 ですが、百花さんは気にせず、シャワーをシャワシャワ浴びたまま話を続けます。


「この一週間、都内をあちこち周ったが、――残念ながら“先生”に“従属”したいと申し出た“プレイヤー”はいなかった」

「そりゃまあ……」


 どこの馬の骨かもわからない相手に、自分の運命を託そうとする人はいないでしょう。


「だが、条件付きで仲間になると約束してくれた者が三名。仲間にはならないが、”勇者”あるいは”魔王”を見かけた場合、敵対行動をとってくれると確約した者が四名。……うち一名は、十人以上の”プレイヤー”を擁する”ギルド”の長だ」

「そんな人いるんですか」

「ああ。知っての通り、”プレイヤー”の存在はかなり稀だ。自然に彼らが集まるとは考えにくい。何かの特殊なスキルを持っているんだろう」

「あら。百花さんにもわからないんですか?」

「まあね。”転生者”だからって、全てのスキル・ジョブに精通している訳じゃない。……ま、少なくとも今のところ、ボクよりレベルの高い”プレイヤー”はいないみたいだけど」


 ちょっと自慢気な百花さん。


「それと、“勇者”と“魔王”を見かけた場合、敵にも味方にもなるつもりはないが、――使役している“精霊”で、我々に情報をくれると言ってくれた“プレイヤー”が一人」


 前に戦ったのとは別の”精霊使い”さんってことですね。


「最後に、現在のこの状況が、いつまでも続いて欲しいと考えている”プレイヤー”が一人」

「現在のこの状況……っていうのは」

「もちろん、”ゾンビ”やら”怪獣”やら。そーいうのと末永く暮らしていたいと思ってるってことだよ」

「へえ。変わった人もいるものですね」

「うん。……だが、気をつけて欲しい。その男、どうやらボクたちを敵とみなしたみたいだから」

「迷惑だなぁ」

「ごめん。……ボクが、もう少しうまく交渉できていれば、こんなことにもならなかったんだけど」

「この場所は?」

「大丈夫、ちゃんと振り切ったから。仲間の“ドラゴン”もあちこちに散らばらせておいた。……でも、念のためボクは、しばらくここの出入りを自粛した方がいいな。残念だけれど」


 ……ふむ。


「えっと、ちなみに、その偏屈な”プレイヤー”さんのジョブは?」

「”暗黒騎士”だ。その上に、”悪しき”がつく」

「あ、あんこく……」


 なにそれカッコいい。HPを消費して敵全体を攻撃しそう。

 心のなかに住む中学二年生がむくりと起き上がります。


「問題は、”暗黒騎士”が、レベル80以上でないとなれない、特殊な上位ジョブだってこと。今の“先生”じゃ、とても歯がたたないと思う」

「そりゃマズいですねー」

「だから”先生”には、少し無理をしてでも、今すぐ”ダンジョン”によるレベル上げを行ってもらう。……覚悟はできてるね?」


 フムフム。

 ぐーたら生活を愉しむのは、もうちょっと先になる、と。


「……でも、百花さん、私が『嫌だ!』って言っても、無理やり連れて行くつもりでしょう?」

「もちろん」


 エルフの少女は《水系魔法Ⅴ》を止め、この世のものとは思えぬほどに均整の取れた身体を陽のもとへ晒しつつ、応えました。


「”先生”には、世界を救ってもらわなくちゃならないからね」

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