その103 受け売りのことば
明けて、次の日の早朝。
沖田さんの手助けもあって、横転した軽トラックの修理に成功した私たちは、それぞれの車に避難民を乗せ、“雅ヶ丘高校”までの道を往復することに。
向こうでバスを用意してくるそうなので、車の移動は一往復で済むようでした。
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ちなみにあれから、凛音さんとは話せてません。
彼女、自室に閉じこもっちゃったらしくて。
沖田隆史さんの話によると、とりあえず”雅ヶ丘高校”に移動することは承諾いただけたようですが……。
護衛として残された私は、荷台に避難民を載せた軽トラが出発するのを見送りつつ、少し人が減った高架下の安全地帯を散歩することに。
「あのぉ……”ハク”さん?」
そこで、話しかける声がありました。
見ると、いがぐり頭が一つ。青山良二くんと言う少年です。
「なんでしょう」
正直、”ハク”ってアダ名には慣れてないんですけどねー。
「できれば、ですが」
少年は、すっかり困り果てた表情で、
「姐さんをイジメないでもらえます?」
「いじめるって。……凛音さんに言われたんですか?」
「いえ。そういう可能性もあるかも、って思っただけっす。あんなに元気の無い姐さん、見たことないんで」
そう言われても。
いじめてませんし。
むしろ立場的には、向こうがこっちをイジメててもおかしくない感じなんですけども。
「姐さんって、ここじゃみんなのアイドルでしたから、妬まれるようなことも多かったんです」
”妬まれる”って。
随分賢い小学生ですねー。
ま、美人さんには美人さんなりの悩みがあるってことかな?
そーいや、”雅ヶ丘高校”に避難してきた人にも、モテすぎたせいでトラブルを起こした人がいましたっけね。
「どういう誤解があるかわかりませんが、私は凛音さんのこと、好きですよ」
嘘は言っていません。
彼女は、クラスの中心にいながら、弱い者イジメを許さない人でした。
何より、私みたいな根暗オタ勢にもわりと親切でしたし。
「それがマジなら、いいんですけど」
良二くんは顎に手を当て、思案げに言います。
「実際、今回の一件に関しては、問題は姐さんの方にある気がするんだよなぁ……。あの人、普段明るい分、いったん落ち込むとどこまでも暗くなっちゃう傾向にあるから」
「はあ……」
「できれば、“ハク”さんの方から、うまいことフォローしていただけません?」
「うーん……」
「我々としても、新しい生活を始める上で、懸念材料は無くしておきたいところですし」
「けねん……」
「じゃ、先の一件、ご検討のほどよろしくお願いしますね」
うわぁ。
ほんと、賢い小学生ですこと。
▼
その後、迎えのバスが到着したのは昼前のことでした。
「いやぁ、ちょっとした“ゾンビ”の群れに出くわしちゃってさー」
バスを護衛していた彩葉ちゃんが、カロリーの高そうなチョコレート菓子を噛みながら、言います。
「で、ねーちゃんの友達は?」
「友達? ……凛音さんのことですか? 友達というほどの仲では……」
「ん? でも、同じクラスだったんだろ」
「ええ、まあ……」
「じゃ、友達ってことでいいじゃん」
彼女の”友達”のハードルって、かなり低いところにあるんですね。
「凛音さんは、……まだ、部屋に閉じこもっているみたいです」
「じゃ、呼んできたら?」
「私が、ですか? ……うーん、彩葉ちゃんにお願いしてもいいですか?」
「なんで?」
「私、どうやら凛音さんに嫌われているようなので」
「だったらなおさら、ねーちゃんが行ってきなよ」
顔をしかめます。
「こんなところでグズグズしている訳にはいかないでしょう? いつ、”ゾンビ”が集まってくるかもわからないですし」
「気まずい感じのまま一緒にバスに乗る方が、よっぽど良くないと思うけど?」
なるほど。彩葉ちゃんの言葉にも一理あり。
“ゾンビ”の処理よりも、人間関係の方がよっぽど難しい、と、これまで私たちは、幾度となく思い知らされてきた訳で。
「じゃ、いってきます」
ここは、彼女の言葉に従う場面のようでした。
「不器用なねーちゃんに、いっこだけ、あーしからヒントをあげよう」
「……なんでしょう?」
「あの人とねーちゃん、ちょっとだけ似てるぜ」
「似てる? どこが?」
彩葉ちゃんは目を細めて、
「あんま他の人に深入りしようとしないとこ」
むう。
失礼な子ですねー。
「誰にでも親切にするってことはさ。誰にも気を許してないってことだ。敵を作らないってことは、味方だっていらないってことだ。そーだろ?」
ぐぬぬ。
これまた、反論しにくい言葉を。
「言っときますけど。……今はわりと、そういう感じじゃなくなってるんですよ」
あくまで、以前に比べれば、ですけど。
「じゃ、この問題は解決したようなもんだな」
にっこり微笑む彩葉ちゃん。
なんだろう……この。
立場が逆転した感じ。
そもそも彩葉ちゃんって、仲間に忠告するとか、そういうポジションじゃなかったでしょう?
さては君野明日香さんあたりの入れ知恵とみました。
「ちなみにそれ、誰かの受け売りだったりします?」
訊ねてみると、彩葉ちゃんは小さな舌をぺろっと見せて、
「はんぶんだけ」
と、呟きます。
くっそー。
なにその仕草。
かわいいやつめー。
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