その91 できることから一つずつ

 ……”セーブポイント”。

 ……《必殺剣Ⅹ》。

 ……”魔王”。

 ……”勇者”。


「はぁ……」


 なんか、急に色々言われても困惑しちゃうなあ。


 あ、ちなみに私たち、まだぷかぷか浮いてます。

 百花さんの方も、私が状況を整理するまで待ってくれているようで。


1,”敵性生命体”を操っているのは、”魔王”という特殊なジョブの”プレイヤー”らしい。

2,つまり、”魔王”を殺せば世界は平和になる訳ですが、”魔王”には《不死》と呼ばれるスキルがあるそうで。

3,《不死》は”勇者”と対になっていて、どちらか片方が生き続ける限り、もう片方も蘇り続けるようです。

4,なので、私たちとしては、”勇者”も”魔王”も殺さざるをえない。


 ……と。


「それで多くの人が救われるなら。……うーん、殺してしまうしかないでしょーねー」


 しばらくしてから、答えを出します。

 あくまで、百花さんの情報を真に受けた上での結論ですけれど。


「で、その”勇者”と”魔王”っていうのは、どこの誰なんです?」

「それなんだが……」


 百花さんは、深くため息を吐いて、言いました。


「目下、調査中だ」

「わからないんですか?」

「うん」

「“転生者”なのに?」

「まあね。知っての通り、ボクが経験した前世と今の状況は、少しずつ違ってきている。それが今後の展開にどういう影響をもたらすか、検討もつかないんだ」


 それはまあ、なんとなーく理解できます。

 彼女がここにいる時点で、すでに物事の流れは大きく変わっているのでしょう。


「わかっているのは、”フェイズ3”の時点で”魔王”の所在に関するアナウンスが流れるってことと、恐らくそのタイミングと前後して、“善”のカルマを持つものの中から”勇者”が選ばれるってこと。それだけだ」


 なるほど。

 ”善”のカルマですか。


「ってか、それじゃあ彩葉ちゃん、危ないんじゃ」

「そうだね。彼女にはそのうち、ちょっとした悪事を働いてもらう必要があるな。銀行を襲って、紙幣で焚き火するとか」

「ふむ……」


 唸りつつ、再び空中での思索に戻ります。

 あれこれ考えて。

 考えに考えて。

 結果、私は、最も根本的な疑問に行き当たりました。

 それは、つまるところ、


「そもそも、なんだってこんな、……あちこちを”ゾンビ”が徘徊したり、”魔王”だの”勇者”だの、レベルがどーたらみたいな、……そんな状況になったんです?」


 ってことで。


「ごめん。それがどうしてもわからなかったんだ」

「つまり、黒幕は不明、と?」

「その件に関しては、前世でも議論の的だった。でもやっぱり、”神のきまぐれ”ってやつなんじゃないかと思う」

「ふーん……」


 だとしたら、なんだかやるせないですねえ。

 結局私たちは、その”神”とやらの手のひらの上で踊っているだけなんですから。


「と、まあ、……いろいろ話したけれど。どうかな、信じてもらえたかな?」

「どうでしょう。あなたが大ぼら吹きの可能性もあります」


 実際、彼女の言葉を全部鵜呑みにするのも危険な気がしました。

 すると百花さんは、むしろ嬉しそうに、


「うんうん、それでこそ、ボクの知ってる”先生”だよ」


 うーん。

 やっぱり、自分の前世を知られてるのって、かなり気色悪いですね。


「あ、そうそう、最後に一つよろしい?」

「なんだい?」

「あなた、……ちゃんとした女の子ですよね?」

「もちろん。精神年齢は見た目相応じゃないけど、れっきとした女だよ。どうして?」

「いや、それならいいです」


 一安心。

 一人称が”ボク”なんで、ずっとヒヤヒヤしてたんです。

 男の娘属性とか、一人いればお腹いっぱいですよ、ホントに。



 その後、ふわりと私たちが着地すると、


「うむむー!」


 彩葉ちゃんが、顔を真っ赤にして待ち構えていました。


「何がどーなってんだー! はよ! 説明はよ!」

「世界を救うためにやっつけなきゃいけない人がいるそうです。あと、百花さんは転生者だそうです」

「なるほどぉ! そうだったのか!」


 単純な説明で、あっさり納得してくれます。


「そっかそっか! 転生ね! ふーん。……ん? ……んん? でも、ま、いっか!」


 若さゆえの順応性に感謝。


「で? これから私たち、どうしたらいいんです?」


 百花さんに訊ねると、


「まず、仲間を集める必要がある」

「仲間?」

「今後を見据えて行動するならば、今のうちに強力な”プレイヤー”とは顔合わせしておくべきだ」

「はあ……」


 応えつつ、胃にずっしりと重いものが。

 あんまり知らない人とおしゃべりするの、得意じゃないんですけど。


「それと平行して、レベリングも行う。経験上、こちらのレベルが高い方が”プレイヤー”同士の交渉がうまくいく可能性が高いからね」


 へー。

 そんなもんですか。


「……で? あなたが言っていた、”効率のいいレベリング”というのは?」


 はぐれメタルでも狩るんでしょうか?

 すると彼女は、笑みを浮かべつつ、応えます。


「ここからだと……池袋が近いな」

「池袋?」

「”先生”はまだ知らないだろうけど、今、その周辺には”ダンジョン”と呼ばれる空間が存在するんだ。そこで生み出される”敵性生命体”を、片っ端から殺しまくる。それだけさ」


 へえ。


「ん? っていうかそれ、ほとんど正攻法じゃ……」


 なんか、裏ワザめいたものを想像していただけに、ちょっと残念。


「正攻法にまさる道もないということだよ」


 含蓄めいたことを言いながら、百花さんが笑みを浮かべます。


「ただ、今の”先生”と彩葉ちゃんでは、”ダンジョン”周辺の敵を仕留めるだけでも、かなり手こずるだろう。だからその前に、下準備を済ませておく」


 そこで、百花さんの目が青く輝きました。

 恐らく《スキル鑑定》を行っているのでしょう。


「……うん。ちゃんと《隷属》スキルは持ってるね。”奴隷使い”は殺したのかい?」

「え? いいえ、殺してません。”従属”しただけです」

「ああ、そうなんだ」


 一瞬、百花さんの表情に複雑なものが宿ります。


「殺したほうが良かったのですか?」

「ああ、いや。もちろんそんなことはないよ。殺すか”従属”かなら、後者のほうが圧倒的にいい」


 ……ふむ。

 過去に綴里さんと何かあった、とか?

 ちょっとだけ邪推。


「とにかく、《隷属》スキルがあるということが大事だ。これで”奴隷”を増やして、”雅ヶ丘高校”周辺にいる人々を片っ端から救出していく。……”奴隷”が行った人助けは、その主の経験値となるからね」


 ああ、なるほど。

 そうなんですか。


 その辺の細かい仕様に関しては、綴里さんからレクチャーを受けてませんので、初耳です。


「もちろん、誰を《隷属》によって強化するかは”先生”の自由だ。ただ、仲間は慎重に決めてくれ。覚悟のある人を特に選んでほしい。きっと命がけの仕事になるだろうから」


 ふむ。

 頭の中で、”雅ヶ丘高校”のみんなの顔がズラリと並びます。

 立候補してくれれば一番助かるんですが。

 ……どうですかね。

 あとは、私の命令に絶対服従ってデメリットが、みんなの気持ちをどう動かすか、ってところ。


「じゃ、さっそく始めていこう。できることから一つずつ、ね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る