その82 《狂気》

 ハテサテ。

 《狂気》ですか。

 《スキル鑑定》しただけじゃ、それがどういうスキルなのかがわからないのが欠点なんですよねー。


 ただまあ、こっちが考えるべきは単純なこと。

 短期決戦です。


 しかし、彼には《ゴースト》という強力な防御手段がありました。

 まず、こいつをどうにかしなければ。


「あーもう! お前もさっさと死ね!」


 ”精霊使い”は、私に片手を向けます。


「――《すごく熱い火》」


 足元に熱気。素早く横に避けます。

 幸いなことに”精霊使い”の攻撃は、注意していれば避けるのは難しくないレベル。

 厄介なのは、むしろ……。


『……くぅうぅぅ』


 お腹から、棄てられた仔犬みたいな音が鳴ります。

 もうすでに《狂気》の影響が出てきているようでした。


 この状況で戦い続けた結果、彩葉ちゃんは魔力切れを起こした訳です。


 かといって、焦って攻撃に転じる訳にもいかず。

 さて、どう攻略したものか。


 向こうは、攻撃するだけ魔力の無駄だと気づいたらしく、全ての”精霊”を自身の周りに配置して、防御を固めているご様子。

 とにかく時間稼ぎをして、こっちの消耗を待つつもりなのでしょう。


「――ふう」


 嘆息します。

 対抗手段を全く思いつかない訳ではありませんが……さて。


 思考が空転しかけた、その時。


 私の背後から、銃声がしました。

 ガツン、という不快な音が立て続けに響いて、銃弾は白いモヤモヤに弾かれます。


「――ンだよ!」


 何事かと思って振り向くと、明智さんが仲間に素早く指示を送っているのが見えました。


「取り囲め! 奴の手の動きに注意しろ!」


(余計な真似をしないで下さい。死人が出ます)

――馬鹿を言え。


 むしろ、私の方が怒られます。


――ここは、僕たちの場所だ。よそ者にとやかく言われる筋合いはない。

(しかし……)

――我々は、お守りが必要な子供ではない。ここにいるのは皆、死ぬ覚悟のあるものだけだ。


 ふむ。

 そう言われてしまうと、無理に止める必要もなく。


「……ンだよ。……そんな風に俺をみるなよ!」


 ”精霊使い”の男は、やたらめったら怒鳴りつけながら、少し後退ります。


「俺は……みんなのためにやってんのに! クソクソクソ! 死ねよもう! ――《ウィル・オ・ウィスプ》! さっさと焼き払え!」


 彼が反撃に転じたのと、私が駈け出したのはほとんど同時でした。


 カッ! と、凶悪な熱を持つ光が、続けざまに辺りを照らします。


「足下の光に気をつけろ! すぐその場から離れるんだ!」


 仲間に向かって叫ぶ声は、織田さんのものでした。


 《ウィル・オ・ウィスプ》が普通の人にも見えるのは、攻撃の一瞬だけのようです。

 何のスキルが影響しているかわかりませんが、常に可視化できている私に比べて、回避はかなり困難なはずでした。


 一刻も早く決着をつけなければ、犠牲は増えるばかりでしょう。


 “精霊使い”へ駆ける私の眼前に、例の白いモヤモヤ、――《ゴースト》がが立ち塞がりました。

 それに向けて、刀を振り下ろします。


 がつん!


 金属同士がぶつかる音がして、刀が止まりました。


 こうして直に対峙すれば、はっきりとわかります。

 間違いありません。この白いモヤモヤには、質量が存在します。

 刀を通じてわかる、巨大な盾の存在感。


 つまり。

 盾で攻撃を防いでいるのなら、弱いところもあるはず。


「――《ファイアーボール》」


 手の平に火球を顕現させ、盾の裏側へおおよその検討をつけ、


「喰らえ!」


 それを叩きつけます。


『グォッ。…‥ごおおお……!』


 手応えあり。

 痛覚があるのか、それともたまたま火に弱かったのかは知りませんが、刀を抑えている盾の力が弱まった気がしました。


「――《ファイアーボール》!」


 《ゴースト》の脇腹(と思しき箇所)に手を当てて、《火系魔法Ⅱ》を連発。


 どう、どう、どう、と、その度に《ゴースト》の身体が揺れます。

 明らかに刀を抑える力が緩んでいました。


 このまま押しきれる!


 その思いが油断を生んだのかもしれません。

 自分の真横にまで接近していた”精霊使い”に気づくのが一瞬遅れました。


「やめろやめろやめろ! 生きてる価値のないクズめ!」


 ものすごい力で髪の毛を掴まれたかと思うと、そのまま地面に頭を叩きつけられます。

 常人であれば頭蓋骨が叩き割られていてもおかしくないダメージを受けながらも、私は冷静に分析していました。


 《スキル鑑定》で見た感じだと、彼自身はさほど脅威には思えませんでしたが。

 今、彼が振るっている力は、スキルの助力を受けているとしか思えません。

 あるいは、まだ《狂気》に隠された力がある、とか。


 次の瞬間には、”精霊使い”に馬乗りになられている自分を発見しています。

 その手にナイフが握られていて、――


「彼を援護しろ!」


 明智さんの声と共に、”精霊使い”が後ろ向きに吹っ飛びました。

 どうやら、誰かの弾丸を受けたようです。


 私が体勢を立て直した頃には、”精霊使い”に銃弾の雨が降り注いでいました。


 ずだだだだだだ!


 弾丸を受け、壊れた操り人形のように全身が跳ね、踊ります。


「今だ! 止めを刺せ! ”グリグリメガネ”!」


 声は、織田さんのものでした。


「くっそぉ……なんだよ……なんだよ……」


 欲しいものを買ってもらえずにいる子供のような表情。

 残念ながら。

 そんな顔してもレベルが上がる訳じゃありませんし、無意味ですよ。


 彼の喉元目掛けて、刀を突き立てようとすると、


「――! まずい! ”グリグリメガネ”! 気をつけろ!」


 私の視界を、青白い焔が塞ぎました。

 ――《ウィル・オ・ウィスプ》。

 主人を守りたい一心か、彼は周囲の人たちへの攻撃を中止して、私の前に立ちふさがっているようで。


 ところで、これ斬ったらどうなるんでしょうね?


 まあいいや、試してみましょう。


 私は、それの目玉と思しき箇所を一刀の元に斬りつけます。


 ぶおん!


 手応え……なし。

 なんか、空を切ったような感覚がするだけでした。


 が。


『GIEEEEEEEEEEEAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』


 うわ、メッチャ効いてる。

 思いがけず、斬撃は有効みたいですね。

 では、ダメ押しの一撃。


 刀を振るうと、それきり《ウィル・オ・ウィスプ》の姿は、霞のようにかき消えました。


「あ……ああ……」


 それに最も動揺したのは、他ならぬ”精霊使い”。


「うそだ……うそだ……《ウィル・オ・ウィスプ》! おい! どこいった! いなくなるな! いなくなるな!」


 しん、と、辺りが静寂に包まれます。


「なんで……なんで……」


 彼の目に、大粒の涙がこぼれました。


「なんでだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 ものすごい気迫に、一瞬たじろぎます。

 ですが、怒りのパワーで覚醒……みたいな展開にはならなかったようで。


 彼の絶叫は、虚しく空に吸い込まれて行きました。


 私は、刀の切っ先を彼に向けて、宣言します。


「降伏しなさい」


 ……と、一応言っておきますけど。

 まあ、最終的に殺すことにはなっちゃうでしょうけどね。この感じだと。


 ”精霊使い”自身、そのことは十分わかっているのか、


「うっせえうっせえ! わるものがぁああああああああああああ!」


 熱い反骨精神を見せます。

 両腕を広げ、掴みかかろうとする”精霊使い”。


 瞬間、


1、とどめを刺す

2、とどめを刺さない


 なんともゲーム的な選択肢が目の前に浮かびます。

 ジャンプ漫画の主人公であれば、2番を選ぶところですが……。


 ごめんなさい。

 私ったらこの一ヶ月で、人殺しなんてなんとも思わなくなっちゃってるんです。


 正直、彼からはいろいろと事情を聞きたいところですが。

 このまま生かしておくには、危険すぎますし。


「じゃ、さよなら」


 脳天目掛けて、刀を振り下ろします。

 がつんと音がして、彼の額がぱっくりと割れました。


「……くっぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 あれ?

 苦しまないように、ちゃんと止めを刺したつもりですが。


 その時です。

 私の身体から、一気に力が抜けていったのは。


 まずい、これ。

 ひょっとして、もう時間切れってことですか?


 羽のように軽かった刀が、ずっしりと重く感じられます。

 まるで鉄の塊でできているみたい……って、それは当たり前なんですけど。


 少しよろけて、刃先を地につけます。


「……くっ」


 その様子を見て、”精霊使い”はぞっとしない笑みを浮かべました。

 勝った! とか。

 そう思っているに違いありません。


 ただ、まあ。


 彼、もうとっくの昔に詰んでるんですけどね。


 身体はとてつもなく重く、鈍重に感じられましたが、彩葉ちゃんと違って気を失うまでには至ってないらしく。

 で、あれば。

 やることは、単純明快。


 私は、ぴょんと数歩、彼から離れました。

 それで十分でした。


 タ――――ン、という、小気味良い銃声が、夜の校舎にこだまします。


 弾丸は、ひゅう、と、私の耳を掠めて“精霊使い”の頭部へ着弾。

 すでに叩き割られた頭蓋を貫通し、彼の脳をめちゃくちゃに破砕した後……静止します。


「……あ、……あ……おげ……お……」


 一瞬の間。

 そして、割れた額から、どろりとした脳漿を吹き出させ。


 ”精霊使い”は、生命活動を停止しました。


 振り向くと、硝煙をまとった織田さんの姿が。


 そんな彼に向けて、ぐっと親指を立ててみたり。

 反応は期待していませんでしたが、意外にも彼は、皮肉げに笑って、親指を立てて見せます。


 あたりはすっかり暗くなっていて、様々なものが焼けた匂いが立ち込めていました。


「では、けが人を前へ。……《治癒魔法》を、――」


 ……って。

 おりょ?


 なんか、急に意識が遠く、――


 それきり、私の記憶は途切れています。

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