その63 救世主

――ここより北にある“所沢航空記念公園”へと向かって下さい。

――その付近に”邪悪な奴隷使い”がいます。

――彼を殺すか、従属させて下さい。


「着きましたねー」

「着いたなー」


 補給も兼ねて、一度所沢駅に立ち寄った私たちは、適当な携帯食と飲料水を手に入れた後、所沢プロペ通りを歩きます。

 もともと人通りが多い地域だったのもあってか、”ゾンビ”の数は少なくありません。

 もっとも、そんな”ゾンビ”の群れも、


「ひっさぁーつ! ――《爆裂・百裂拳》!」


 彩葉ちゃんの《必殺技Ⅲ》の前では、敵じゃあありませんでしたが。

 ちぎれ飛ぶ”ゾンビ”の死骸を、順番に燃やしていくだけの簡単なお仕事。

 道中にあるゲーセンで、なかなかキュートなキーホルダーをゲットしたり、服屋さんで替えの下着類を補充したりしながら、所沢航空記念公園へ向かいます。


「……ふむ」

「へぇぇぇ」


 私たちが感心したのは、幾重にも張り巡らされた、そのバリケードでした。

 廃棄されたトラックだとか。訳の分からないがらくただとか。

 そういったものをめちゃくちゃにつなぎ合わせて、一つの壁が形成されているのです。


『おぉおおおおおお……お、お、お、……』


 数匹の”ゾンビ”が、バリケードの一部となって藻掻いているのが見えました。

 どうやら、がらくたの一部に引っかかって身動きが取れなくなっているようです。

 まるでそれは、”ゾンビ”まで呑み込んで、バリケード全体が成長していっているようにすら思えました。


「なんか、”悪の巣窟“って感じだなー」


 彩葉ちゃんが、私の長ったらしい表現を、たった四文字の言葉にまとめてくれます。


「ですね」


 応えつつ、私達はバリケードをひょいひょいと登りはじめました。


 壁の向こうには、また壁。

 意地でも縄張りの中には”ゾンビ”を入れないぞ、という気概が感じられますね。

 それらを渡り終えると、緑豊かな公園が広がっています。

 休日にはジョギングしている人たちで賑わっていたであろうその場所を進んでいくと、明らかに人の手が入っている区画に行き当たりました。

 金網で囲われたそこには、数十台ほどのキャンピングカーが並んでいます。


 特に迷いもなく、私たちはすたすたとそこに足を踏み入れました。

 すると、二十歳くらいの二人の女性が、見張りに立っているのが見えます。彼女たちの手には、アーチェリーなどで使う弓矢が握られていました。


「あら、どうしたの?」


 二人のうち一人が、声をかけてきます。

 子供が迷い込んだとでも思ったのでしょうか。言葉に棘はありません。


「ここに、……ええと、不思議な力を持ってる人がいるって聞いたんですけど」

「まあ。”メシア”に会いに?」


 ”救世主メシア”ねえ。


「”メシア”なら今、黙祷の時間だったはずだけれど」


 黙祷、ねえ。


「ええと。……すいませんけど、その、”メシア”の力について、教えていただけます?」


 すると、二人はくすくすと笑いました。


「驚くわよ。“メシア”は、本物の魔法使いなの。あなた、怪我は?」

「いいえ、とくに」

「残念。……っていうと、ちょっと変な話だけれど。あの人の魔法は、どんな怪我だって治せるのよ」


 ほう。《治癒魔法》持ち、と。

 頭の隅っこで《口封じ》を取得しておくべきか、考慮に入れておきます。

 都合がいいですね。この感じで、どんどん情報を引き出しておきましょう。


「他にも、何もないところから水を出したりね」

「それと、火も出すわ」

「彼の回りでだけ、電気を働かせることもできるのよ」

「奇跡の御業ってやつね」

「ええ」


 ネタバレしているとも知らず、どんどん”メシア”について教えてくれる二人。


「あと……それと。ね?」

「ちょっと、早苗さん。それは」

「いいじゃない、少しくらい。単なるうわさ話よ」

「でも、きっと二人も、ここの一員になるんだから」


 二人の女性が、ひそひそと話し合います。


「なんです?」


 首を傾げると、早苗と呼ばれた方の女性が、声を潜めて言いました。


「これ、本当は秘密なのよ」

「ドーゾドーゾ」


 むしろ、積極的に話していただきたい。


「彼って、すっごく上手らしいの」

「上手、というと?」

「わかるでしょ? セックスよ、セックス」



 必要な情報(と、一部無駄な情報)を得た私たちは、“メシア”とやらが仕切っているという敷地内へ、あっさりと入っていきました。

 私たち二人を、新しい仲間だと思っているのでしょう。

 あちこちから、好奇心に満ちた視線が見え隠れします。


「ねーちゃん。……気づいたか?」


 彩葉ちゃんが、鋭い視線を投げかけてきました。


「ええ」


 頷きます。

 この場所……。


 若い女性しかいません。


 女の人ばかりの空間。

 自分だけの王国。

 ”救世主”と呼び慕う人々。

 ”邪悪な奴隷使い”。


「うーん。予想通りだとしたら、わりと胸糞悪い展開になりそうですね」

「そうか? けっこー美味しそうなシチューの匂いだと思ったけどなー」


 一瞬、ズッコケそうになりました。


「ああ。……そっちですか?」

「ん? それ以外になんかある?」

「イイエ、ナンデモアリマセンヨ」


 純心なままの君でいて。


 “メシア”さんが住まいにしているという、一際豪華なキャンピングカーの前に来ると、メイド服を身にまとった、一人の女性に呼び止められます。


「こんにちは。――“流浪の戦士”さま。“メシア”がお待ちです」


 女性は、かなり上手に染め上げた紫色の髪をしていました。この現実世界において、紫髪の女性なんてものは違和感の塊のようなものですが、彼女に関して言えば、わりと似合っている気がします。

 メイド服の女性に後ろを素直に従っていると、突如として彩葉ちゃんが声を上げました。


「ああっ!」

「どうしました?」

「この女、あーしに嘘ついたやつだ! ねーちゃんが悪いやつだって言ったやつだ! あの時と髪の色違うから、すぐに気付かなかった!」


 私が微妙な表情で前を見ていると、


「……バレてしまいましたか。いちおう、あの時は変装したつもりだったのですが」

「わかるよ! もー! 嘘つきめー!」

「その節は、大変失礼いたしました」


 特に悪びれもせず、メイドさんが認めます。


「”メシア”が命じたことで?」

「いいえ。この一件に関しては、私が独断で行ったことです」

「……と、いうと?」

「ご主人様に危険が迫っている、とのことでしたので。先回りして、”流浪の戦士”さまの動きを把握しておきたかったのです」

「で? ”動きを把握”した結果、あなたはどう思ったのです?」

「その件に関しましては、ご主人様から直接話を聞いていただきたく」


 ふむ。

 まあ、そうなるでしょうね。


 私達が連れて行かれたのは、瓦礫でできた山。

 その山の頂上には、座り心地の良さそうな椅子が乗っかっていました。


 多分ですけども。

 あれ、玉座のつもりではないかと思います。


 玉座に座っているのは、立派なマントを身にまとい、樫でできた杖を手に持った男。


 彼は、こちらに気づくと、ぱっと立ち上がりました。

 そして、ゆっくりとした足取りで、瓦礫の山を降りてきます。

 ”メシア”は、私と同い年か、少し年下くらいの男の子に見えました。顔は土気色をしており、全体、どこか体調が悪そうに見えますが、元々そういう顔色のようでした。

 別段、男前といったふうでもなく。かといって下卑た印象もない。

 なんというか、”普通の人”って感じがしました。


 さて。

 こっち側の第一声は、どういう感じで行きましょうか。


①「どうもこんにちは! ごきげんいかが? お友達になりませんか? さもなければ殺す」

②「あなたをぶち殺さずに済む理由を説明してください。いま、すぐに」

③「素敵なお召し物ですね! その服を、真っ赤に染めてさし上げましょう[攻撃]」


 フム。

 悩みどころですけども。

 ②にしときますか。こういうのは、舐められたら負けです。


「あなたを……」


 すると間髪入れず、”メシア”が飛び上がりました。

 すわ先制攻撃かと思って身構えると、ものすごい勢いで地に額を擦りつけながら、その少年は、どこか怒鳴りつけるような口調で叫びます。


「ほんっとぉおおおおおおおおおおおおおに、すいませんでしたぁあああああああああああ!」

「……は?」

「お願いしますお願いします! 殺さないでくださああああああああああああああああああああああああああああああああい! なんでもします。なんでもしますからああああああああああああああああ!」


 うわぁ。

 いい年した男の土下座です。


「あの……」

「ヒラニー! ヒラニー!」

「えっと……」

「悪気はなかったんですうううううううううううう!!」


 私は、「ドン引き」という文字が顔に書かれた彩葉ちゃんに少しだけ目配せした後、……とてつもなく深いため息を、一つ。


「とりあえず、事情を説明していただきます」

「ひぐっ……うう。……ひぐっ」

「あんまり大げさにこられると、むしろ嘘くさく思えてきますよ」


 忠告すると、”メシア”(笑)は、くしゃくしゃの顔をマントでぬぐって、なんとか応えました。


「おっす。おっけっす。なんでも応えます。……でも」


 そこで“メシア”は、びーーーーむ、と、鼻をかんでみせ、


「事情を聞いたら、きっとお二人を巻き込むことになると思いますけど」


 一瞬、青年の目に、油断ならない眼光が閃きました。


「……それでもいいと言うんなら」

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