第7話 救済者(2/7)
赤い?
突然割り込まれた小倉の一言に嫌な予感がした。
俺は中村との言い争いを止め、窓の外を見てる。時間帯は夕方であり、外は橙色で染まっているのが普通だったであろう。だが、外は橙色なんていう生優しい色ではなかった。
血で染めたような赤く不気味な空。
不安を駆り立てる黒い雲。
そして、どことなく鉄の臭いが風に乗って流れて来る。
これは……
「……何なのこれ」
中村も俺と言い争っている場合ではないと察したみたいで、俺と同じく窓へと近づく。
外は異変に気付いた人々が立ち止まり、赤く変貌した空を見上げていた。すると、その中の一人が突然苦しみ地面に膝を突く。
それに気付いたのか、一緒にのぞき込んでいた小倉が、
「あ、あの人……何か急に倒れたっ……」
語尾を言う間もなく絶句する。
倒れた人物は突然吐血する。そして、あろうことか妊婦のように腹が肥大化し、そのまま腹の肉が引き千切れた。中から無数の白い蟲が沸いて出てくる。その白い蟲は、蜘蛛みたいに多脚で散り散りに母胎となった人間から逃げて行った。
腹を食い破られた人間は即死……した訳ではなさそうだ。臓物をぶち撒かれたにも関わらず、這いずりながら周りの人間に助けを求めている。
「……」
余りにもショッキングな情景に、俺を含めたこの場に居る三人は言葉を失い固まった。
小倉はその場にヘタリ込んでしまい、中村は口を押さえ動揺を押さえている。
俺は咄嗟に時間を確認する。
「四時四十分・・・・・・」
俺は気を引き締める。
また、世界の終わりが来たんだ。
「アンタら二人は部室に居ろ! 良いか! 絶対誰もこの部屋の中に入れるな!」
俺は二人に告げ、部室から出ようとする。行き先は、やはり梅沢が居るであろう校舎の屋上だ。
「ま、待って!」
そんなことを考えつつ外へと向かおうとすると、中村が止めてきた。彼女は俺の言葉で我に返ったらしく、出て行こうとする俺の腕を掴む。
「これって……これってどう言うことなの……」
今は説明している時間がおしい。
だが、察しの良い中村には事情を説明しても良い気がする。でも、本当のことを言って信じたとしても、中村に何か出来るとは思えない。それどころか、これから皆死ぬのだと不安を煽るだけにしかならないんじゃないのか?
「これは……」
どうするべきか、決めかねる。
すると、部屋の扉が勢い良く開く。
ドアの開く音に、俺は嫌な予感しかしないがゆっくり振り向いた。
「……」
そこには大野ヒロユキが立っていた。
走って来たのだろうか、少し息が上がった様子だがそのまま部屋の中に入ってくる。
「ヒ、ヒロ!」
俺の腕を掴んでいた中村は、すぐさま手放し、大野に近づいていく。
「あ! ま、待て!」
俺は、中村を制止させる為に手を掴み返そうとするが、咄嗟のことで失敗してしまった。
「ヒロ! アンタは大丈夫だったのね」
「……ああ、もう大丈夫だトモミ」
「良かった。ヒロ……生きてて良かった……」
安堵しきった声音の中村。だが、彼等より離れている俺や小倉からは、決して大丈夫なんて状況にはなっていない。
大野は優しく微笑み、ズボンのポケットから何かを取り出す。アレが何なのかは経験から知っている。
一番初め、俺が初めて世界の終わりを自覚し、大野と初めて会った時だ。
「……君達を安全な所に連れて行こうと思う」
「小倉やトモミも……もう安全な所に行ったよ」
間違いない、大野は中村と小倉を殺しに来たんだ。
「やめ……」
俺は手を伸ばし二人の元に駆け寄る。
が、その直後に赤い液体が中村の足下に滴った。
「え……」
中村は糸が切れた人形のように膝を崩し、その場に倒れそうになる。だが、それを大野が支え、ゆっくりと床の上に寝かしつけた。
中村の周り血溜まりとなり、以前のカオルのように動かなくなった。
「大野……お前……」
分かっていたが、止められなかった。
怒りや憎しみなんて感情は浮かばない。
だが、哀れみに近い感情が言葉として出てしまった。
「せ、先輩?」
小倉は、魂が抜け落ちた声音で目の前の二人に訪ねる。大野と中村、どっちに対して言ったのかは分からないが、小倉自身はこの状況に困惑しているはずだ。
コイツは、この現状を理解しているはずがないのだから……
「……」
大野は、ゆっくり小倉に近づいて行く。
「……止めろ」
俺は大野に言う。
小倉を殺したところで、この状況に変化なんてない。
最終的に皆死ぬのだ。
だが、彼は止めないだろう。これは、彼の自己満足に過ぎない行為なのだ。
「……や、やめて……ください」
近づいてくる大野に対し、危険を感じた小倉は声をひきつらせ、細い声で後退する。
しかし、大野は優しい笑顔を崩すことなく血で染めたナイフを片手に歩み寄っていく。
「……止めろよ!」
俺の中で何かが揺らぐ。
どうせ死んでも生き返るのだから、このまま小倉を見捨てたとしても何も変わらない。
敢えて言い方を悪くするなら、助けること自体が時間の無駄なのである。
もし助けたとして、それで感謝してくれたとしても小倉自体もしばらくすれば忘れてしまい、何も無かったことになる。効率を考えたら助けない方が良い。
そんなのは考えれば分かる。
だが、俺はそんなことを許せなかった。
大野の考え方に腹が立ったのか、後輩である小倉に格好良いところでも見せたいと思っているのだろうか、今まで誰も救いきれなかった自分の無力さに呆れていただけかもしれない。
理由を考えれば、曖昧な答えばかりしか出てこないが一つだけ言い切れる。
ここは、俺を見失っちゃ行けない。
大野がナイフを構え、小倉に向けようとした時、
「やめろおおおおおおお!」
俺は声を上げ大野の持つナイフを掴み、動きを止める。
無我夢中で、俺より身長の高い大野の襟首を掴みそのまま全体重を使って身体をぶつける。突然の出来事に大野も驚いたらしく上手い具合にバランスを崩してくれた。
俺はバランスを崩した大野を利用し、近くにあったテレビの角へ大野の頭に向けて叩きつける。
「うっ!」
鈍い音と呻き声が響く。
大野は頭から血を流し、頭を押さえ地面に倒れ伏す。
俺は大野から離れ、急いで小倉に近寄る。
自分がやったことに驚いているのか心臓がバクバクと五月蠅く、そんな動いてもいないのに息が荒くなった。
「……小倉、逃げるぞ」
俺はしゃがみ込んでいる後輩に声を掛ける。
しかし、小倉は涙をこぼしながら放心状態だった。置いて行こうか一瞬悩むが、やはり大野と同じ部屋に居させる訳にいかず――
「来い!」
無理矢理手を引いて、部屋を後にした。
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