永久に続くはゾンビの愛

エルバッキー

前編

 この物語の舞台となるのは、どこにでもある一軒家。



 彼女を殺して早十日。もはや死臭も極まれり。彼女の死体は腐りきり、血肉と脂が液状化。腐乱死体から流るるは、赤黒色あかぐろいろのチョコレート。チョコに混じるは、汚れに汚れたオリーブオイル。まあまあなんと、カロリー高き人体の末路でしょうか。

 生前は、宇宙を秘めたるも双眸そうぼうも、今ではすっかり落ち窪み、頭蓋の形が見てとれる。投げ出す四肢はろうの色。されども触れば餅よりやわい。


「目覚めておくれよ、私の貴女……」


 腐乱死体の傍らで、殺した男の願いが響く。

 月から飛び出た電磁波に、頭のネジをやられた男は、いと無様。

 窓から射し込む月光に、照らさる二人は、いと憐れ。


「目覚めておくれよ、私の貴女……」


 腐乱死体の傍らで、無様な男の願いが響く。

 けれども応える声は無く、その静寂はいと憐れ。

 呼び掛けに、応えぬ死体は、いと無様。


「目覚めておくれよ、私の貴女……」


 切望は、男の腕を動かした。

 彼女の腕を手に取るが、ずるりと粘つく水の音。滑り、べちゃりと地に落ちる。

 男の手のひら残るのは、海月くらげの如き、皮膚の成れ果て。落ちた腕には、血肉の底に白い骨。


 絶望は、男の腕を動かした。

 手に残りし彼女の欠片。口腔こうくう内へ導くと、頭蓋を伝う水の音。

 ぐちゃり、べちゃり、ごくり。

 彼女の血肉はチョコのように甘美。

 彼女の脂は鼻孔を青々しく染める。


「嗚呼……嗚呼……」


 物言わぬ骸。物言えぬ男。

 窓から射し込む月光に、照らさる二人は、いと憐れ。


 時の流れは残酷で、月の光は真実暴き、男の脳は過去を視る。

 不気味に照らさる唇の、かつての色は桜色。

 儚く浮かぶ蝋の四肢、嘗ての姿は瑞々し。

 何も喋らぬ彼女の声は、凛としていたはずなのだ。

 今無き過去は、男の脳に映るだけ。


「アア……アア……」


 殺された女。殺したのは男。

 窓の外では夜空に星々。月に照らされ、御満悦。憐れな二人を嗤ってる。

 夢幻むげんに響くは嘲笑で、常世とこよに響くは男の慟哭どうこく


「目覚めておくれよ、私の貴女……

 嗚呼、アア……! 目覚めて……目覚めておくれ!」


 慟哭響く一軒家。明かりは月光。星々嗤う。

 神秘で無様で凄惨で、月は遂には涙を流す。

 なんと悲劇な二人の姿。なんと喜劇な二人の未来。

 その涙は光の中を泳ぎ、やがて彼女の死体を包む。


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛……」


 月明かりの中、声が響いた。

 腐乱した死体は今、正に動いた。


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛……」


 地獄の果てより呼び戻された。

 リインカーネーションの環へと呼び戻された。


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛……」


 その声は産声。

 死して動くは輪廻の停滞。


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛……」

「嗚呼、嗚呼、アア、アア!」


 叫べ! 笑え! 歓喜しろ!

 彼女の魂は地獄の果てより呼び戻された!

 男の声にいざなわれ、月の光に導かれ、彼女の魂は蘇ったのだ!


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛……」

「嗚呼、嗚呼、アア、アア!」


 どこにでもある一軒家。その中にあるリビングで、死した身体が動き出す。

 これぞ正しくリビング・デッド。


 月が笑う。星が嗤う。


「アア、目覚めてくれたね、私の貴女……」

「ア゛ア、呼び戻されたわ、私の貴方……」


 月が笑う。星が嗤う。そして、男女は微笑み合った。


 窓から射し込む月光は、この世の真実、照らし出す。

 どこにでもある一軒家。その中にあるリビングで、ゾンビの男女が微笑み合っていた。

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