第十四話 偵察(一)

(1)

「さて、と」


 どたまには来てるけどさ。だからって、怒り狂っていきなりベガ女子大に乗り込むなんて無茶なことは絶対にしない。その前に関連情報を収集して攻め手を考えておかないと、後先考えない突撃は自爆して終わるだけだ。大学関係者の情報をどこから集めるか。わたしはその格好の標的を、すでに確保していた。


「ああ、水沢さん? おはようございます。高野森製菓の何野ですー」


 待ち合わせに指定した大学近くの喫茶店。その入り口近くで、おっかなびっくり近付いてきた学生さんをキャッチする。昨日電話してきた学生の中で、わたしが唯一身元を特定出来たのが彼女だった。彼女には申し訳ないけど、それを利用しない手はない。


 水沢さんは、お嬢さん学校の生徒さんにふさわしいゆるふわ系の服装。かちっとスーツを着たわたしとは、だいぶ出で立ちが違う感じだ。もっとも、わたしが大学に通ってた頃はクソハゲ教授対策でずたぼろの服装だったから、スーツ着てる今はずっとましだけどね。


 ふむ。顔付きに少しあどけなさを残してる。セミロングのストレートヘアで、ナチュラルメイク。アクセや装飾品はうんと少ない。柔らかい雰囲気で、ややロリ系かな。男の子にはモテそうだなー。ああ、わたしにもこんな時期があったはずなのに。なんの因果かすっかり干からびちゃってさあ。ぶちぶち。


 わたしの前に現れた水沢さんは、わたしが自分とほとんど年の変わらない若さだったことにびっくりしたみたいだ。


「あ、あの」

「中で話しましょ」


 わたしは開店したばかりの喫茶店のドアを開けると、彼女を中に押し込んだ。


「そこに座ろうか」

「あ、はい」


 着席してすぐ。メニューを見回してから彼女に差し出した。


「水沢さん、何か飲む?」

「え? いいんですか?」

「だって、緊張するじゃん。なんでも好きなもの頼んでいいよ。わたしは就職してるからおごったげる」

「わ!」


 最初、わたしにがりがり噛みつかれるかと思って緊張しまくってた水沢さんは、わたしのくだけた態度を見て少し安心したみたいだ。


「じゃあ、キャラメルマキアートを」

「ほい。わたしもそれにすっかなー」


 ここんとこ職場にずっと缶詰だったから、喫茶店での息抜きはわたしにも嬉しい。ずっとささくれていた気持ちが、少しだけ柔らかくなった。


「ねえ、ケーキも付けない?」

「え? いいんですか?」

「わたしが食べたい」

「あはははっ」


 目を細めて笑った水沢さんは、ガナッシュを頼んだ。わお。大人っぽーい。わたしはお子ちゃまでいいや。イチゴのロールケーキ。


「ううー。こんな朝からスイーツ。なんか、もう講義サボりたくなったですー」

「わはは! 分かる分かるー」

「ですよねー」

「でね」


 緩みっぱなしでもいけない。今日は予定が押してる。さくさく進めよう。


「はい」

「昨日の電話」

「あの……済みません」

「いや、あなたのせいじゃないの。電話でも話したけど、全く同じ内容の電話が、昨日だけで七十本かかってきた」

「う、うそ……」


 絶句する水沢さん。うん。どう見ても組織行動じゃないな。ほんとにびっくりしてるってことは、学生間での連携がないってことだ。


「でね。あなたの電話でもそうだったんだけど、ふざけたかけ方じゃないの。みんな、受け答えも含めてしっかりした話し方。でも、内容はみんな同じ」

「はい。講義の課題だったので」

「やっぱりかあ」


 これで、学生のイタズラ説は完全に消えた。指揮系はもっと上。わたしが予想していた通り、教授だ。


「あのね。昨日、大学の教務課には抗議させてもらったんだけどさ。その時は背景が分かんなかったから、学生のあなたたちに怒りの矛先が向いてたの」

「はい」

「でも課題だとすれば、それは出題した先生の問題よね?」

「ええ。わたしは」

「うん」

「先生がてっきりそちらの了承をもらってるんだと……」

「普通、そう考えるよね。でも、これは課題専用の番号でもシミュレーションでもなんでもない。あなた方がかけたのは、うちの社の正式なクレーム受付用回線なの」

「ええっ? そうだったんですか!」

「うちは零細よー。社長含めて五人しかいないとこ。当然テレオペはわたし一人。そこに七十人分の電話がクレームでかかって来たらどういう事態になるか、分かるよね?」


 ぶるぶるぶるっ。縮み上がった水沢さんの顔が、さあっと青ざめた。


「正直ね、こんなえげつないこと考え付いたやつ、ぶっ殺してやろうかと思ったわ」

「う……」

「でも、さっきも言ったけど、あなたたちには落ち度はないの。それは全部出題した先生の責任。経済教える先生が、経済活動破壊してどうすんのよ!」


 わたしが額に青筋を浮かべたのを見て、水沢さんが苦笑した。


「分かりますー」

「でしょ? 課題出した先生、なんていう人か教えて。ねじ込んでやるっ!」

「あのー」


 水沢さんが、気の毒そうに口を挟んだ。


「なに?」

「無理だと思います」

「どして?」

「わたしたち学生だけじゃなくて、うちの大学の他の先生でも、あの先生には歯が立たないと……」

「げ! そんな有名人なのかー」

「はい、市場経済理論の谷口先生」

「猛者?」

「気は強いし、口では絶対負けないし、執念深いし、地位もお金もあるし。わたしたちは絶対に逆らえません」

「ふむ」


 なるほど。とんだ大物が釣れたってことだ。


「男の先生?」

「いえ、女性です」


 ぬわにいっ?


「年は?」

「四十ちょっと越したくらいかなー」

「独身?」

「です」

「ふむー」


 いや、やっぱり事前に情報収集しといて良かった。後先考えないで突撃したら、間違いなく玉砕だったな。


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