第十三章 ほうれん草(一)

(1)

「社長、おはようございます」

「おはよう、ようちゃん。早速報告お願い」

「はい」


 テレルーム。わたしが机の上に広げた紙片は、一枚や二枚じゃなかった。


「詳しいことについては、後でわたしの整理したノートを見てください。今は喫緊の事案だけ報告します」

「ああ」

「昨日の朝。無言電話が何度もかかってきました」

「相手は?」

「不明です。ただ」

「うん」

「無言電話でも、普通は息遣いとか周囲の音とかが聞こえて来るものなんですよ」

「それがなかった?」

「はい。声を拾うマイクの感度をゼロ設定してると思います」


 ちらっと首を傾げる社長。


「わたしには身元判読に繋がる情報を渡さない。そういうのを意識してるってことですから、単純ないたずらや嫌がらせじゃありません」

「そうだね」

「それは、受信拒否で潰しました」

「同じ番号から?」

「そうです。次に」

「ああ」

「社長のお父さんから出て行け電話が」


 社長が、どうしようもないという顔で首を振った。


「やれやれ……」

「社長、やれやれじゃ済まないですよ」

「え?」

「出て行けの標的は、ピンポイントにわたしですから。わたしは、社長のお父さんとは面識がありません。そのわたしが、なぜ一方的に出て行けと怒鳴られないとならないんですか? 心外です!」

「そうだよな。でも、どうして親父だと特定出来たんだ?」


 こいつ、話を逸らしたな。


「最初は携帯からだったんですが、そっちは速攻で潰したんですよ。そうしたら」

「店の電話からかけたのか」

「無言電話とは逆で、全部聞こえてきますから。電話番号は穂蓉堂のそれですし」

「……。ようちゃん、調べたの?」

「当然です」


 わたしは、社長をじろっと睨んだ。


「社長。社長はわたしに、かかってくる電話を自力でこなしてくれって命令したんですよ」

「ああ」

「でも、こなすための武器は何一ついただいてません!」


 わたしがばしっと投げつけた言葉に、社長が俯いた。


「社長が、誰からどんな電話が来るか分からないとおっしゃるなら、それをこなすための材料はわたしが自分で備えないとならない。当たり前じゃないですか!」

「済まん」

「いいです。時間がないから先に行きます。申し訳ありませんが、お父さまには電話の主がお父さまであると特定されていること。こういう電話を今後も続けるようなら、業務妨害とみなして警察沙汰にすると警告しました」

「過激だね」

「過激? 何をおっしゃるんですか!」


 わたしは社長に指を突き付けた。


「社内では、わたしは社長の権威を使えます。でもうちの社以外の人物には、何か牽制材料がないと対抗出来ません」

「ああ」

「クレ担は、ひたすらごめんなさいというのが仕事じゃないんですよ。ましてや、うちの社の商品とは全く関係のないクレームなんですから!」

「そうだね。もっともだ」

「もちろん、本当に警察に訴えるなんて面倒なことは考えていませんが、わたしを恫喝するために圧力を掛けてくる人を押し返すためなら積極的に使います」


 黙っちまった。いいならいいダメならダメで、きちんと指示を出せよと思うわたしはおかしい? まあいい。時間がない。


「そして、昨日の一番でかい問題」

「ああ」

「昨日社長に、メリーナのことで問い合わせをしましたよね?」

「うん。砂が入ってるってやつだな」

「全く同じ内容のクレームが七十件来たんですよ」

「七十件!?」


 社長が、絶句してる。絶句じゃ済まないよ。こいつが一番ヤバい。


「社長からうかがったことが事実なら、小売店の店頭にはメリーナはほとんどないということになります」

「ああ。ないはずだよ」

「それなのに、全く同じ製品番号の商品へのクレームが、若い女性からばかり七十件。そんなの、通常のクレームじゃありえないです」

「嫌がらせ?」

「そうです。それも、社へのではありません」

「え?」


 鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔で、社長がぽけらった。


「対象は、ピンポイントにわたしですよ」

「ん……」

「メリーナの食感。それはわたしが説明すれば、そういうものなのだと納得してもらえるでしょう。実際に砂が混入してたなんてことになったら、取り返しがつきません」

「そうだな」

「つまり、最後までわたしに説明をさせること。わたしに同じ説明を延々と繰り返させること。それこそが目的なんですよ。うちの商品にクレームを付けて、社の信用を落とすことが目的じゃないんです」

「うーん」


 社長が腕組みし、首を傾げてしまった。わたしにどう対応させるか苦慮してるんじゃなく、攻撃してるのが誰かの見当が付かない……そっちだろう。


「正直に言っていいですか?」

「ああ」

「わたしは、この社ではみそっかすです。みそっかすのくせに白田さんや黒坂さんと同等の正社員であり、お給料も応分にもらってます。そのことに対して、嫌味や嫌がらせがあっても仕方がないと思っています。でも、今まで。そうこのテレルームに缶詰になるまで、わたしはそういうアクションを感じたことがないんです」

「ふうん」

「それって、おかしくないですか?」

「……」

「社長が、社内の連絡網をクレーム用回線に絞り込んで情報統制をかけた。そのぴったりのタイミングで、あらゆる耳障りなノイズが一斉にここに押し寄せた。ノイズの中身が社長やこの社についてっていうことなら、まだ分かりますよ。でも、その敵視の対象がなぜわたしなんでしょう?」


 社長が、こそっとわたしから目を逸らした。こいつ!


「何の権限もない、入社したばかりのみそっかすのぴよぴよひよこが、どうしてここまで目の敵にされないとならないんでしょう?」


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