(2)
午後二時過ぎ。残暑の日差しでこんがり焦げて、よれよれになって帰社。
「ぜいぜいぜい、これじゃ残暑じゃなくて、夏本番じゃん! あじー……」
「あ、ようちゃん、お疲れ様ー。麦茶冷えてるわよー」
「わ! 助かりますー」
汗をかいているグラスをがっと掴んで、一気に喉の奥に叩き込む。
ごくごくごくごくごくっ。ぷはーっ! ほへー、生き返るわー。
「あれ? 社長は外に出たんですかー?」
「いや、トイレ。すぐ戻ってくるでしょ」
「そか。少し浮上したんかなー」
「書類見てぶつぶつ言ってたから、大丈夫だと思うよ」
「あのー、白田さん、ここは……」
白田さんの背後から、かわいらしい声が響いた。振り返った白田さんが、差し出された書類を覗き込む。
「あ、これね。ちょっと計算がめんどくさいの。エクセルに計算式入れてもらっていい?」
「はい!」
お。そうか。今日は、午後から水沢さんがバイトに来てるんだった。水沢さんはすっかり白田さんに懐いて、べったりだ。白田さんも、素直で仕事をきびきびこなす水沢さんをすっごい気に入って、めたくそかわいがってる。わたしん時と全然態度違うやーん! まあ、白田さんもベガ女出身だから、そういうのもあるんだろうけどね。さて、急いで企画書まとめなきゃ!
◇ ◇ ◇
復活した三時のおやつ。
今日は社長もいるから賑やかだ。ぺちゃくちゃしゃべりながら、うちの社で新しく出す予定のお菓子を試食し、採点表埋めながらコーヒーを飲む。ちゃんと趣味と実益を兼ねてるってことね。三時帰社予定の黒坂さんも間に合うかな?
「あ、そうだ」
水沢さんに話しかける。
「ねえねえ、ひなちゃん」
「なんですかー?」
「谷口先生、元気なの? あれから大丈夫?」
なんてったって、戦闘相手があの祟り神のクソハゲだからなあ。いかにいけ好かないオバさんだと言っても、あの極悪非道の祟り神を無神経に絡ませちゃったのは、さすがにマズかったんちゃうかなあと。わたしが心配してそう聞いたら。水沢さんだけじゃなくて、白田さんも信じられないって顔で首を振った。
「彼女ね」
答えたのは水沢さんじゃなくて、白田さんだった。
「はい?」
「結婚したの」
ぎょえええええっ?
「だ、だ、誰とですかあっ? とっても結婚なんか出来そうには……」
いかんいかん。くっきり私情が入っちゃう。
「まあ、そうだよねえ」
白田さんが、思い切り顔をしかめた。一般人との結婚なら、白田さんは普通に話すだろう。そんなえげつない人なのかなあ。
「相手はわたしの知ってる人すか?」
「もちろん、よーく知ってるわ。って言うか、ようちゃんしか知らないでしょ」
げ。ごくり。
「も、も、もももももしかしてぇ、天敵同士でゴールインすかあ?」
「彼女も、どうしてそんなことになったんだか」
白田さんが、何度も何度も大きな溜息をつく。
「でもぉ、どんな夫婦になるのか全然想像出来ませーん」
水沢さんが、真っ青な顔でぶるぶるぶるっと縮み上がった。ちっちっち! 想像出来ないじゃない。したくないだ。まるでアナコンダとアリゲーターのカップルじゃんか。うげえ。
そんな、大激突した天敵同士がいきなりラブラブなんてことは絶対にありえない。どっちかが相手を攻め落として、負けた方を支配下に置いたんだろう。でもさあ。どっちが勝ったにせよ、明るい未来は待ってないような気がするんだけど……。
「えぐいよなー。そのうち、どっちかがばっさり寝首を掻かれるんちゃう?」
「えーん、ようさーん、そんな怖いこと言わないでくださいよー」
「でんでろでんでろでんでろー」
「こらこらこら」
その頃社長は、やっと冥界から現世に戻りつつあったようで、書類の山に手を突っ込んでいくつかチェックを入れていた。
「ああ、ようちゃん。ちょっといい?」
「ほいほい」
社長の席に駆け寄る。
「村井さんの企画、最終チェック行ける?」
おいっ!
「社長! それはわたしが午前中に社長に確かめたんですけど!」
「あ、わりぃ。あっち行っちゃってたから」
こひつわ!
「社長、工場から製品サンプルが出たんですか?」
「出た。ようちゃんの最終チェックが済み次第、すぐに本生産して出荷する。テナントと十店舗で一斉展開ね。一押しだよ。はけが良ければすぐ増産する」
「!」
思わずその場でぴょんぴょん飛び上がっちゃった。
「やりいいいっす! 村井さん、めっちゃ喜びますよー!」
「ははは。あれは、松重さんとこのブラインドテストでもすごく評判がいいみたいよ。もしかしたら採用されて、上まで行くかもね」
きゃっほーいっ! 村井さんを全力でよいしょした甲斐があったと言うもんじゃ! ほくほくほく。
「じゃあ、さっそく村井さんに連絡しますね!」
「ああ、頼む」
ふわふわ浮かれ気分のまま、社長の席から自分の席に小走りで戻ろうとして。滑って力一杯こけた。すってえーん!!
「うきゃあっ!」
ぽんっ! ぽんっ! スリッパが豪快に宙を舞った。怪我した右手を無意識にかばっちゃうから、もろに仰向け大の字。ごいーん……。
「いててて。きゃうっ!」
ううう、とても人様には見せられない。今日に限って、ミニスカ。それがべろんとめくれて、色気も何もない白パンツが丸見えだ。やっちまったー。
「ちょっと! ようちゃん!」
白田さんに、なんてはしたないって顔で睨まれる。ううう。
「すんまそーん……ってか、社長! なんで赤くなって鼻血吹いてるんですかっ!」
「ティッシュ、ティッシュ!」
ぎゃあぎゃあ大騒ぎしてたところに、汗びっしょりの黒坂さんが戻ってきた。
「うがあー、今日はとんでもなくあづいわー。って、何落ち着きなく騒いでんだ?」
「いや、わたしがそこでこけてパンツ見せちゃったんで、社長が鼻血吹いて」
「まあた血塗れかよー」
呆れ顔の黒坂さんが、すかさずわたしにツッコミを入れた。
「気ぃつけんと。パンツでそれじゃあ、ヌード見せたら爆死しちまうぞ?」
「じゃあ、暑いから裸エプロンで行きますか! わははははは……って、きゃあああっ! ちょ、ちょっとひなちゃん、なんであんたが鼻血吹くのよっ!」
「ティッシュ、ティッシュ!」
「うぶー」
ばたばたばたばたばたっ!
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