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「でも、おかしいですよね? そもそものきっかけは、社長が御影さんを邪険に扱ったこと。それに腹を立てたのは、本来御影さんだったはず。それが、どんどん白田さんの怒りに置き換わっていってしまった」

「そうだな」

「そして、白田さんの怒りが自分を制御出来なくなるくらい強くなって、どんどん変な方向に突っ走ってしまったこと。それは……わたしと同じで、白田さんが過去に何か理不尽な抑圧を受けたことに絡んでる。わたしのは邪推ですか?」


 白田さんは何も答えない。


「まあ、いいです」


 わたしは、大きく息を吸い込んでから一気に吐き出した。


「ふうううっ。長くなりました。まだまだ続きがあるので、最初の系で何があったかをここで整理しておきます」


 顔を上げて、みんなを見回す。


「御影不動産の関係者が、社長のご両親のところに御影真佐美さんというお嬢さんとの縁談を持ち込んだ。真佐美さんはごく普通の家庭のお嬢さんだから、御影不動産側には特に穂蓉堂立ち退きの駆け引きに使うような下心はない。その縁談の中身を全く確認せず、社長がわたしをダシにしてご両親に断りを入れた」


 そこから二系に飛び火した。一つは社長の父親ね。


「苗字だけを見て、真佐美さんが御影不動産の偉いさん直系だと思い込んでしまった社長のお父様は、新入社員のわたしが息子をたらし込んだと邪推して、わたしに猛烈な出て行け電話をかけ始めた。これが出て行けおじさんのライン」


 もう一つが、御影不動産なの。


「そして、社長が真佐美さんとの縁談を断ったことだけではなく、社長にわたしという決まったお相手がいるという誤った情報が、御影不動産に伝わった。そのことは、社長もわたしも知らなかった。その悪影響が、巡り巡ってとんでもないところから吹き出した」


 ぴっ! 白田さんを指差す。


「一つは、御影さんと白田さんのライン。社長とわたしが結託して嘘をついている。裏切り行為をしている。そう考えて、わたしの追い出しを画策し始めた。そして、もう一つ」

「は? まだあるの?」


 黒坂さんに聞き返される。


「白田さんが、わたしへの嫌がらせでクレーム用回線に回したわたしの母からの電話。それが」


 やれやれ。


「こともあろうに、社長との縁談だったんですよ」


 ずるっ。社長が、座っていた椅子から滑り落ちた。


「な、な、な、なんだとう?」

「でしょ? わたしも激しく頭痛がしました。出処でどころは御影不動産です」


 椅子に深く座り直す。ふう……。


「一週間ほど前。たまたま父が、マンション購入の相談で御影不動産河野支店を訪ねたんです。それは今回の件とは全く関係がなく、ただの偶然。河野支店が、わたしの両親が住んでる社宅に一番近い大手不動産屋さんだったっていうだけです。そこで、わたしの父が世間話ついでに余計なことを言ったんでしょう。娘も年頃だし、どっかにいい縁談がないですかねーって」


 お母さんならともかく、よりにもよってお父さんが、ね。だけど原因はコミュニケーション不全だ。お父さんは責められない。


「その店舗の偉いさんが、わたしと父の苗字の一致に気付いた。何野っていう名前は珍しいですから。さらにその方は、御影不動産の中で噂として流れていた社長とわたしの話を覚えていた。社長がわたしをダシにした、まことしやかな言い訳話をね。だからこれ幸いと父に社長とわたしとのマッチングを切り出したんですよ。わたしの父が娘の縁談を探してると聞いて、わたしにも気がないわけじゃないと考えたんでしょう。なんだ、当事者二人にその気があるなら一肌脱ごうかと、そんな感じで」


 わたしは、社長に質問をぶつける。


「ちょっと確認しますね。社長は、さすがにわたしと付き合ってるとまでは言えなかった。それが万一わたしにバレたらただじゃ済まないから。それで、いいなと思っている人がいるっていう表現にしたんですよね?」


 答えにくそうに、社長が頷いた。


「ああ」

「社長が縁談を断る言い訳として出したわたしの名前だけでなく、その言いっぷりまで含めて御影不動産に正確に伝わっていたということ。それは、社長の言動や現在のステータスが、お母様を通じて穂蓉堂を訪れている営業社員さんに、そしてそこから御影不動産の本社にきちんと伝えられているということです」

「ふむ……」


 黒坂さんが、じっと考え込む。


「でも、その割には御影不動産側のチェックが甘い。わたしが社長の部下であるという重要情報がどこかで欠落したままになっている。つまり御影不動産にとって、社長に関する情報は重要なオフィシャルインフォではなく、社長や穂蓉堂とやり取りしてる社員さんの個別情報。噂やこぼれ話のレベルなんです」

「社長についての情報の確度や重要性に、関係者間で大きなばらつきがあるということだな」

「そうです」


 もう一度、社長に目を移す。


「整理すると。社長のお母様を通じて、社長の情報が御影不動産に伝わっている。本社ではなく河野支店からそれが出て来たということは、御影不動産の社内の広い範囲で、穂蓉堂の件に高い関心が持続していることを示してます。でも、御影不動産では社長に関する情報の真偽や意図がきちんと精査されてない。無責任な噂話止まり。情報の扱いがぞんざいで、使い途にも特別の制限がかけられていません」

「うーん……」


 ね? 変でしょ?


「つまり、御影不動産の関係者からは、社長に関する情報を穂蓉堂の立ち退きに利用しようというあざとさが全然感じられないんです。だからこそ、わたしと社長をくっつけようなんていうとんでもない縁談が突然出来上がるんです」

「ふうん」


 考え込んでいた黒坂さんが、質問を一つ。


「なあ、ようちゃん。その縁談、誰が持ち出した?」

「河野支店の支店長さん。杉浦さんという方です。お名刺もいただきました」

「杉浦か。あいつは寝技は使えん。まじめな男だ」

「わたしもそういう印象を受けました。そして、わたしがありえない縁談に激怒し、天下の御影不動産が穂蓉堂立ち退きを画策して裏でこそこそと! そうぶちかましたことに、とてもショックを受けておられました」

「当然さ。へたすりゃクビが飛ぶ」


 黒坂さんはゆっくり姿勢を正し、わたしをじっと見据えた。


「杉浦の軽率な行動が裏目に出て、うちの社長を怒らせてみろ。これまで営業社員が誠意を尽くして社長のご両親と交渉してきたことが、全部ぱーになるんだ。あいつには、その重大さが分かってない」

「そうですね。でも、くだらない縁談はどうでもいい。ここで重要なのは」


 ぐっと身を乗り出して、核心を示す。


「御影不動産とは本来相容れないはずの穂蓉堂を通して、つまり社長のご両親が発信源となって、社長のプライベートな情報が御影不動産に流出しているということ。つまり縁談に絡んだ一連の出来事は、社長のご両親と御影不動産の担当社員さんとのコミュニケーションが、きちんと取れているということを示しているんです」


 そこにこそ、がっつり着目して欲しいの!


「うちの社内ではろくにコミュニケーションが取れていないのに、うちの関係者と御影不動産との間ではしっかり情報交換出来ていて、それをなんとかいい形で利用しようとする善意のアクションが続いてる。それっておかしくありませんかっ?」


 わたしは、痛い右拳をあえてドアにぶつけた。がつん! 痛いっ! 痛みで顔が歪む。でも、ここで気合いを入れないと。


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