(2)

 信じられないと言うように顔を見合わせる、白田さんと黒坂さん。


「ここで問題になるのは、社長がこの社を立ち上げた動機です」


 わたしは、社長をじっと見据える。


「お父様の古臭いビジネススタイルを受け入れられずに、衝突した。わたしは最初、社長にそう伺いました。白田さんや黒坂さんにも、そのように説明されているはずです」

「ああ、俺はそう聞いたが」

「わたしも」

「でも、違いますよね? もし、社長が本当にそう考えてこの社を立てたのなら、それはこれまで息子である社長を育ててきた親への最大の裏切り行為です。そんなカビの生えたような商品と商売なんか、誰が継ぐか! 同業で起業するというのは、そういう当て付けですから。それをあの頑固一徹でプライドの高いお父様が許すはずがない。絶対にない! 親子の縁なんか、もうとっくに切れてるはずです」

「あれ?」


 社長以外の三人が、互いに顔を見合わせた。


「それなら、なんで社長のお父様が息子の縁談話でわたしに出て行けを連呼する必要があるんですか? いやそれ以前に、なぜ社長のお母様から、御影不動産由来の縁談話が社長に持ち込まれるなんてことがありえるんですか?」

「確かにそうだ。おかしいな」

「変よね」

「うん……」


 今の白田さんと黒坂さんの反応。社長が本音を隠して、いかに巧妙に二人を社に組み入れたかがよーく分かる。白田さんも黒坂さんも、御影不動産を辞めたっていうより不本意に辞めさせられた人たちだ。そのことに強い恨みを持ったり未練を残していると仕事へのモチベーションが上がらないから、二人とも意識してかつての所属会社のことを考えないようにしてる。ここの運営にきっちり専念してるんだ。

 そして社長は、権限を分けて仕事を完全に任せることで負荷をかけ、二人の視線があちこちに散らないようにしている。だから白田さんも黒坂さんも、社長、御影不動産、穂蓉堂のいびつな関係に気付かなかったんだろう。


「穂蓉堂に立ち退いて欲しい御影不動産が、社長の起業をバックアップしてる。社長と敵対しているご両親がそれを知ったら、ご両親は絶対に御影不動産との協議に応じるはずがありません。でも、実際には穂蓉堂に営業担当の人が出入りしてる。どう考えても、最初の社長の説明には無理があるんですよ」


 ふう……。


「わたしは」


 ぐるっとみんなを見回す。


「この騒動が始まった時から今に至るまで、ずーっと変だなあと思い続けてることがあります」

「なんだい?」


 黒坂さんが直に聞き質した。


「この会社の内外にいろいろな敵対関係、緊張関係、不信感があって、それがトラブルの元になってる。わたしはそれに巻き込まれた。先週、急にばたばた動き出した事態を見て、わたしはそう考えていたんです。先週の月曜、社長も暗にそういうニュアンスのことをわたしに匂わせていました。でも、どうにもこうにもおかしい」

「何がだ?」

「攻撃、嫌悪、衝突。そういうアクションがどれもしょぼいんですよ。誰が誰に仕掛けているにしても、あまりに腰が引けている。例えば」


 白田さんをぴっと指差す。


「もし白田さんが、わたしをものすごく敵視していたなら、中途半端な攻撃手法なんか使いませんよ。わたしを徹底的に無視する。相手にしない。それだけで、わたしは完全に干上ってしまいます。でも、少なくとも白田さんの態度から、わたしへの強い敵視の感情を感じ取れたことがないんです。そしてね。社長がお父様のことを語る姿勢。それも変」


 白田さんも黒坂さんも、そこをスルーしてたでしょ?


「あんなクソ親父! どうなろうと俺の知ったことかってなるはずなのに、出て行けおじさんイコール父親だと確定した時の社長の反応は、やれやれ、です。おかしくありません? 御影不動産と穂蓉堂との関係もそう。目の上のたんこぶである穂蓉堂を、御影不動産が徹底的に敵視してもいいはず。穂蓉堂だってそうでしょう? でも、現実はそうなっていません」


 一度目を閉じて、ゆっくり呼吸を整える。ふうっ。


「わたしがずーっと変だなあと思っていたこと。それは、敵意や悪意の不在なんです。悪玉がいる。標的が明瞭な悪意がある。それなら分かります。今回の騒動も、もっと早くに全容が分かったと思います。でも、その肝心の悪意がない。どこにもない! それはおかしくありませんか?」


 そう。もし強い悪感情があれば、どんなに穏やかな人でもそれを漏らすし、漏れる。でも……少なくともわたしには、一度も、誰からも、そういう明確な敵意を感じ取れなかったんだ。


「つまり。本来意思疎通に必要な情報が全然足りてない。それがどこかで詰まってしまってる。しかも、それを互いに補おうっていう発想がない。だから、どこにも実在しないはずの悪意が何かの弾みで投影されてしまう。不安。疑心暗鬼。猜疑心。みんな、自分で勝手に作っちゃったものです! もちろん、わたしもです。見事にそういう感情に取り込まれてしまいました。その引き金を引いたのは、社長。あなたです」

「えっ?」

「僕の夢を邪魔するものは全て敵だ。社長はそう言ったんです。わたしは、その敵という言葉に吸い込まれてしまった。いない敵を作る素地が出来ちゃったんです。逆にね。そんな敵なんか実際にはいないんだってことに気付かせてくれたのは、御影さん、あなた」

「あの……どうしてですか?」

「わたしが勝手に膨らませていた敵としての像が、最初に萎んだから」

「あ、そうか」


 ぱちん。わたしは、御影さんにウインクを一つ投げかけた。ずっと硬い表情のままだった御影さんの顔に、わずかに笑みが浮かんだ。それは、外ランチの時に彼女が見せたのと同じ、安心感がもたらす微笑み。それを確かめてから、みんなをぐるっと見回す。


「わたしは、それまで立てていた仮説や推論を全部ご破算にして、一から立て直すことにしたんです。出発点を間違えたら、どんなに緻密に推論を組み立てても間違いしか出て来ません。今回の騒動には黒幕はいない。そういう前提で、全部の事実関係を洗い直して推論を再構築しました。先週の土日は、その作業で忙殺されてました」


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