第2作戦 白田軍攻略
(1)
ふうっ。白田さんが溜息をついた。
「いいですか? この社で全ての情報管理を担っていたのは、わたしが入社するまでは白田さんです。社長は、白田さんの情報管理権限を取り上げて、わたしに全移管しようとした。それは、社長が白田さんの情報管理に問題ありと判断したからです
「わたしが何か漏らしてるっていうわけ?」
「そうです」
「証拠は?」
「社長の行動スケジュールを把握しているのは、白田さんだけです」
「……。ようちゃんは知らないの?」
「知りませんよ! そんなこと!」
白田さんには信じられないんだろう。不満そうにわたしから顔を背けた。
「誤解のないように、今のうちにオープンにしておきます。社長は、さっきわたしが言った白田さんからわたしへの情報管理権限移管を、わたしも含めて社員の誰にも明言していません。社長の取った行動とわたしへの指令から、『わたしが』そう判断したっていうだけです」
「指令? 社長は、ようちゃんになんて言ったんだ?」
黒坂さんがストレートに切り込んできた。それに即答する。
「先週の月曜日。わたしは個別面談の時に、テレオペの仕事が暇すぎるってことを社長に訴えました。そうしたら社長が、これからは猛烈に忙しくなるよって言ったんですよ」
「はあ?」
黒坂さんが首を傾げた。
「なんで? クレームの発生率なんか、たかが知れてるだろ」
「クレームの中身と意味が違うんですよ」
「??」
「これから、順を追って説明いたします」
室内をぐるっと見回し、大きく一つ深呼吸をして……。
「わたしが今みなさんにお話ししたのは、わたし個人のこと。大学の時にどうで、社長に入社を誘われた時にどうで、ここに入ってからどうだったか。すべて事実です。これから、わたしに出された社長指令の話に踏み込む前に、一つだけ事実を足しておきます」
白田さんにがっつりガンを飛ばす。耳の穴かっぽじって、よーく聞きやがれっ!
「合同説明会で、社長がわたしに入社しないかと熱心に誘ったわけ。それは社長がわたしを見て、情報管理者としての適性があると判断したからです。重要な情報を自分勝手に脚色したり、外圧でそれを書き換えたりしたら、大変なことになります。社長は、絶対にそうしない子が欲しかった」
「ああ」
「感情を交えずに理詰めで情報を整理、簡素化し、てきぱきと処理する。そういうスキルのある、いわゆるリケジョを採用したい。なぜ女性限定だったか。威圧感の少ない苦情処理のテレオペっていう形式を取る以上、どんなに才能があっても男の子は除外になってしまうんです」
外から理不尽なツッコミが入った時にぶち切れても、女だったらキャパが小さいからしょうがないって思ってもらえる。せいぜい、もっと上のやつに代われって言われるのがオチ。でも男だったらそうはいかないよ。相手に脅迫や恫喝だと取られたら社にとって致命傷になりかねない。確認を取ろう。
「社長。それで合ってますよね?」
「ああ」
「でも、出来のいいリケジョはシビアですよ。自分の専門性にプライドを持っていて、出来ればそれを活かしたいって考える。出来るだけ水準の高いところに行きたい。知名度の高い、ステータスのあるところに行きたい。切れる子ほど、どこでもいいから入れてくださーいなんて安売りはしません。自分を叩き売りするような子は、自分の仕事にプライドを持たない。使いものにならないでしょう。社長のリクエストを満たせるような優秀なリケジョは、最初から中小企業の説明会になんか来ませんよ。社長の選択肢は、最初からほとんどないんです」
右拳で自分の胸をどんと叩く。
「切羽詰まってる事情は、わたしも同じです。理系の大学に在籍してるって言っても、無名の三流大学じゃ潰しが効きません。贅沢なんて言ってられません。でも横暴教授から食らったメンタルダメージが深刻で、入社早々こき使われるようなハードな会社じゃ、わたしの心身が保たなかった」
わたしは、自分と社長を交互に指差した。
「リケジョにこだわった社長と、社風が自由で穏やかな会社にこだわったわたし。お互い、ぎりぎりの線で妥協したんです。まあ、とりあえずやってみようかって。わたしは、社長の理想像から見たらはるかに水準以下ですよ。それなのに、社長がわたしを最初から全面信頼して重要な仕事を任せるなんて、そんなこと絶対にあり得ません! わたしもそうで、苦情処理のテレオペってのがどんなものなのか。この会社に自分がフィットするか。自分のスキルをどう活かせるのか。やってみないと分からないんです。どっちにとっても、最初からご破算前提のお試しなんですよ」
キモだよ。よーく聞いて! 少し間をおいて、全員を見回す。
「だから社長は、わたしの採否に当たって余計な感情を一切交えていません。好き嫌いの感情を排除しないと出来ない仕事をわたしにさせるんですから、社長自ら私情をじゃあじゃあ垂れ流すようじゃ最初から終わってます。社長は、採否に関しては徹底的にビジネスライクなんですよ。わたしに恋愛感情を持ったとか、そんな低レベルの動機じゃないんです」
白田さんが小さく首を振った。そんなの、信じられないと言うように。
「そして、わたしも社長に対してその手の感情を持ったことは一切ありません。さっき言ったように、わたしは大学での奴隷生活に疲れ果てていて、まだ自分のことだけで精一杯なんです。色気を出して周囲を見回す余裕なんか、その時も今も全くありません!」
さっと社長に視線を送った。
「わたしが社長の誘いに乗った一番の理由は、社長の説明がどこまでも事務的で、感情の色目がなかったからです。横暴教授のような、くさあい肉食獣のオスの匂いが全くしなかった。それがすっごい気楽だったんですよ。だから少なくともわたしは、最初から今に至るまで、社長に対して特別な感情を持っていません。社長は?」
「僕もだ」
「はい。みなさん、それをまずしっかり頭に置いといてくださいね!」
わたしは右拳を固く握り締め、背後のドアを力任せにがあんとぶっ叩いた。
「社長の指令の話に戻ります。先週の月曜日。社長からわたしに、新たな任務をこなすようにという命令が下されました。クレーム受付用の回線に、通常のクレーム以外の通話が流れ込む。それをスルーせずに記録し、解析せよ。わたしは猛烈に忙しくなって、テレルームから出られなくなる。みなさん、わけ分かります?」
みんな、首を横に振った。
「わたしだって、わけわかめ。そして、今の話。初めて聞いたでしょ?」
「ああ」
黒坂さんが頷いた。
「でもね、それはたまたまです。社長が社屋にいなくて、わたしがテレルームに缶詰だから話が外に出なかっただけ。社長は、わたしへの指令をみんなに秘密にしろとは一言も言ってないんです。つまり、わたしから白田さんや黒坂さんに伝わっても一向に構わないよってことです」
「どういうことだ?」
「秘密にする意味はないんですよ。社長はもう情報漏洩の防止策を実施していました。その事実がすでにありましたから」
「事実ぅ?」
首を傾げる黒坂さん。
「社長が、その翌日の火曜日にテレルームをわたし以外誰も出入り出来なくしたんです。鍵をオートロックに替え、わたしにしかカードキーを渡さなかった。テレルームを要塞化したんですよ」
「えええっ?」
黒坂さんの口から、大きな驚きの声が漏れた。
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