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 今日の偵察で得た情報を、もう一度じっくり見直す。こんがらかった事態を解き明かすためには不可欠の人物情報が、いくつかある。一つは、御影という女について。その正体が分からないと、白田さんや御影不動産との相互関係インタラクションがどうしても詰められない。もう一つが、出て行けおじさん。社長の父親であることはまず間違いないと思ってたけど、父親の抱えている事情、つまり穂蓉堂の状況が詳しく分からないと、わたしに向かって出て行けとがあがあわめく背景が見えて来なかった。


 ずっと空いたままだった穴を少しでも埋めようと思って、今日一日ばたばたと情報収集に走り回ったけど、予想以上に大きな戦果が得られたよね。


「つーつー、つーつらぽん、と」


 ノートの上に関係者の名前を書き並べて、その間に線を引き、付帯情報を書き添える。


「うん。そうなんだよなー」


 わたしみたいな脳足りんが、ずーっとうんうん考えなきゃならないほど複雑ってわけじゃなかったんだ。だって、関係者の数はそんなに多くない。利害だって、プラスかマイナスしかない。誰が誰を知ってるのかっていうのも、ちょこっと情報があれば分かる。

 そして、変な話だけど、わたしが何も事情を知らなかったっていうこと。それが重要なキーになってたんだ。独立した複数のいざこざが、たまたま同じタイミングで重なっちゃった。その関係者のアクションも複数重なったから、ごちゃごちゃ面倒なことになったんだ。


 トラブルを一つ一つ切り離して考えれば、空欄は埋めやすい。わたしがずーっとおかしい、分かんないと思っていた空欄の多くが、今日一日で理由付きで埋まったような気がする。てか、もともとそれくらいのものだったんだろう。


『MK IDTFD』


 まず、御影真佐美っていう女の子がきちんと特定出来た。


 わたしが持ってる彼女の情報は、実はほとんどなかったんだ。白田さんが使ってるバイトの女の子っていうだけで、それ以外何の情報もなかった。わたしが事実として持っていたのは、彼女の行動、言動から受けた印象だけ。しかもそれは、ごくごく小さな接点からわたしに流れ込んだものだった。単なる印象を元にどんな妄想を膨らませても、それには全く意味がない。そこをまずご破算にしないとダメ。


「水沢さん情報は、めっちゃでかかったよなー」


 わたしは御影って子と全くコミュニケート出来なかったから、印象っていう間接的な情報しか得られなかった。でも、水沢さんの御影情報は違う。水沢さんは、クラスメートとして彼女と直にやり取りしてるんだもん。しかも自己表現が控えめな水沢さんは、雰囲気が御影って子に似てる。性格に共通点があれば、それはシンパシーや安心感に繋がるよね。水沢さんと御影って子の間では、他のクラスメートとの間よりも情報の流通量が多いんちゃうかな。

 さらに。水沢さんは見かけによらず好奇心が強い。御影って子をよーく観察してるし、特に仲がいいってわけじゃなくても会話を聞き流していない。だから、水沢さんの持ってる御影情報は信頼性が高いと思う。


 水沢さんが教えてくれた御影って子の性格。どう考えても、最初わたしが極端に警戒していたみたいな、ものすごーく陰険で腹黒いってことじゃなさそうなんだよね。すっごい引っ込み思案で、臆病。わたしに次から次へと陽動作戦を仕掛けるようなガッツはないと見た。だとすれば、作戦を指揮しているのは白田さんということになる。じゃあ、白田さんがわたしを敵視する理由はなに? 待遇差以外は何もないはずだ。そして、白田さんがわたしとの待遇差をとやかく言うことはないだろう。だって仕事量の差はあるけど、それはちゃんとお給料や権限の違いに反映されてるもの。


 だとすれば。意思は御影、行動は白田。そういう分担関係があると考えた方がいい。上下、支配の関係じゃないんだよね。御影も白田さんも普通の家庭の人だとすれば、二人は親戚か何か。そう考えた方がいいんだろう。


 じゃあ、御影がわたしを敵視する理由はなに? それは……嫉妬しかないでしょ。わたしと社長との関係を、妙に深読みし過ぎてるってことしか思い当たらない。白田さんが、お茶の時間に社長とわたしの関係をさりげに問い質したのには、そういう背景があったんだ。

 わたしは白田さんに、そんな色っぽい関係なんかないよってちゃんと説明したはず。それなのに、御影はわたしの返答を信用しなかった。つーことわ、だ。社長、わたし、御影が絡むなんらかの出来事があって。そこで起こった感情的な摩擦コンフリクトを、わたしだけが知らないってことだよね。


 何があった?


「たぶん縁談だろなあ」


 御影が極端な引っ込み思案だとすれば、偶然社長に出会ったり、知り合ったりっていう機会はないと思う。学生の御影には、年の離れた社長とは時空間的な接点がどこにもないもの。仕事中もオフもほとんど独りで過ごしてる社長も、誰かが強制的に出会いをセットしない限り異性と付き合うチャンスはないと思う。その二人に接点が出来るとすれば、縁談しかないじゃん!


 そして。河野支店の杉浦さんがお父さんに縁談を振ったってことは、社長の身上書を持ってる御影不動産の人がいるってことだ。でもわたしは、社長の口からその手の話を一つも聞いたことがない。白田さんや黒坂さんからも何も聞こえてこない。社長は、縁談には全然興味がないってことだよね。興味以前に、忙しくてそれどころじゃないってことかも知れない。


 社長に縁談への関心がないとすれば、縁談に積極的なのは社長の母親で、社長の情報が母親から御影不動産に渡ってるってこと。それは杉浦さんの話で裏付けられた。むー。でもさあ。なんで御影不動産がパイプになってるの? それって違和感ばりっばりだよー。でも、そうじゃないと説明付かないんだよね。うーん。


 ともかく。社長の意思とは関係なしに、縁談だけが一人歩きしてるんだ。


 そして。社長は御影を全く知らない。てか、白田さんがバイトを雇ってることすら知らなかったもんな。つまり社長は、御影との縁談を『相手が誰かを全く確かめずに』断ったとしか思えない。縁談の相手が御影であることを知る前に、興味ないからって門前払いしたと見た。でも社長は縁談に興味がなくても、御影は違ったってこと。御影は縁談話をきっかけに社長を知って、興味を持った。それで、バイトとして社に潜り込んだんだろう。


 ここで重要なのは、その時期だ。御影って子。わたしが入社する前から居た? いや、彼女が来たのはたぶんわたしの入社後だよね。ずっと前からいるのなら、さすがに社長が彼女の存在を知ってるはず。

 そして、御影がわたしに最初から敵愾心を燃やしていたなら、わたしがテレルームで暇だー暇だーとのたくってた時に、もうなんらかの敵対アクションがあっただろう。でも敵対どころか、バイトがいるという気配すらわたしには感じられなかった。つまり、彼女がバイトとしてここに来ているという事実は、少なくとも直近しかないってことが分かる。社長と御影との縁談も、ずっと前の話ではないってことだ。


 御影は、縁談をきっかけにバイトとしてここに潜り込み、その時にはまだわたしに対する特別な感情はなかった。もしわたしを意識していたとしても、それは単なる観察者のそれだったってこと。だから白田ー御影軍は、わたしに対して何もアクションを起こさなかったんた。でもごく最近社長が何かを宣言したことで、白田ー御影軍が第三者に過ぎないわたしを明確に敵視するようになった。

 何を宣言した? 社長が、お母さんから次々持ち込まれてくる縁談をぶっちするために、ステディとして勝手にわたしの名前を使ったってこと。それは御影との縁談に特定してっていうことじゃないと思う。相手がいるから、見合い話は全拒否ってことだ。


「それしかないよなあ」


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