(3)

「いやいやいや。まだまだまだ」


 それが分かっても、社長の取った情報統制手段が異常だってことには変わりはないよね。本来は、社長が全員に直接通達すべきことなんだからさ。情報統制だけじゃないよ。それ以外のことも含めて、うちは指揮系統がぼろっぼろなんだよね。

 だって、社長はほとんど社屋にいない。打ち合わせは月曜の朝会だけ。それも社長からの一方行の通達しかなくて、社の全員で問題や課題を議論しようとか、共有しようっていう意識がそもそもない。問題点は担当者と社長との間で個別に対処するってことになってるから、担当以外の社員には現状把握すらまともに出来ない。それって、何かある度に疑心暗鬼を養殖するってことじゃんか。


 社長よりもずうっと経験豊富な白田さんや黒坂さんが、なぜそんな不自然なやり方に文句を言わないの? 『社長は変人だから』で済ませちゃうの? それは……白田さんや黒坂さんには、社長に対して何か負い目があるから。訳ありだから。現時点ではそう考えざるを得ない。社長と白田さん、黒坂さんとの間のパワーバランスが歪んでるっていう印象は、前に推察した時から変わってない。


「んー」


 でも、現段階でそこに突っ込んでもしょうがないね。社長の行動原理を明かす方が先だ。


 確かに社内連携の状況はすごくおかしいんだけど、それでも今まで二年間はそれなりにうまく行ってたんだ。だから、白田さんや黒坂さんの社長評が『変人』で止まってた。それが、徐々にうまく行かなくなってきた? いや、やっぱり何かきっかけがあったはず。社の業務の要である白田さんを、センターラインから外さないとならないほどの重大なきっかけが。


「く……うー」


 慌てない慌てない。推論の組み立てを急いだらだめだ。前より使えるファクトがいっぱいあるんだから、じっくり考えよう。


 『MTHD INF CTRL CRZY』


 少なくとも、社長が今やってる情報統制は気違いじみてて誰にも理解出来ない。もちろんわたしにもね。社長のこれまでの行動には、少々癖はあるけど特に異常がない。だからこそちゃんと業績を伸ばしてる。今の社長のおかしな指示や行動は、最初に推測したように、何かを極端に気にしてる、何かに追い詰められているからなんだろう。

 そういう切羽詰まった心理状態だったところに、社長の想定外の『敵』のアクションがあって、その意味を理解出来ない社長の警戒心が最大マックスになった。それが、『敵が誰か分からない』という表現になった。敵が誰か分からないんじゃない。本当は『敵のアクションの意図が分からない』だ。でも、社長がわたしに『敵』が誰かを明言していない以上、意図以前に敵の正体すら分からないという言い方にせざるを得ないんだ。


 予想外のアクションがあれば、想定していた敵の範囲がどんどん膨らみ、アクションの意味を深読みし過ぎてしまう。わたしだけじゃなくて、社長もそうだったってことなんだろう。誰のどんな意図に基づくアプローチかを冷静に判断する余裕がなくなったから、情報接点をぎりぎりまで絞り込んで、わたしに交通整理させることにした。それがテレルームの要塞化だったんだ。

 でも社長の事情を全く知らされていないわたしには、奇妙なアクセスを上手にさばけるわけがない。わたしは、社長やわたしの意図をぎりぎりまでぼやかして、適当にごまかすしかなかったんだ。わたしをつついても何も出て来ないこと。それに苛立った敵は、社長へのアクセスルートを遮断したわたしを標的にし、邪魔者のわたしを排除するために一斉に攻撃を始めた。社長への怒りの矛先が、全部わたしに転嫁されてしまったんだ。


「くっそ腹立つ!」


 いや。ここでぶりぶり怒ったってしょうがない。それより、解析をどんどん進めよう。


 『SCH ENMY = OLY FATH & SR(≒ MKF)』


 社長が敵とみなしていた相手は、誰か。何度考えてみても、二系しかないんだよね。自分の父親と、白田さんを先兵にしてる御影不動産だ。


 白田さん個人が、社長と直接敵対することはありえない。もし、社長と白田さんの間に分かりやすい敵対関係があれば、どっちかが投げ出すでしょ。こんなちっぽけな会社なんか、とっくに潰れてるわ。そうじゃないよね。白田さんは、御影不動産側の橋頭堡。だから、社長は白田さんを直接コントロール出来ない。そうとしか解釈しようがない。


 でも、社長の父親も御影不動産も、社長の敵と位置付けるのにはものすごーく無理があるんだ。穂蓉堂には御影不動産から立ち退き圧力が掛かっていて、父親はそれに全力で抵抗している。父親にとっては、御影不動産に対するレジスタンスを貫くことが最優先で、息子の会社に余計なちょっかいを出す余裕なんかないだろう。つまり、クレーム受付用回線を使ってわたしに出て行けを連呼する理由は、社長や社の業務とは全く関係がないってことになる。


 『FATH ≠ SCH ENMY』

 『4 FATH ENMY = Y』


 あれは、単なるわたし個人への八つ当たりだ。そうしたら、残る社長の敵は御影不動産しかないじゃん。でも、それがどうしても腑に落ちない。だって、高野森製菓は実質御影不動産の子会社みたいなものだもん。白田さんと黒坂さんは御影不動産の辣腕OB。その手助けがない限り、こんなど素人のやってる小さな会社が最初からうまく立ち回れるはずがない。

 それに、自己資金や実績、経験のない社長が、起業に当たって銀行の融資をすんなり受けられるわけがないんだ。どうしても、誰かに債務保証してもらわないとならない。御影不動産は、それを引き受けたんだろう。


 その御影不動産自体も、強権発動して社長に無理やり言うことを聞かせようとしているようには見えないんだ。もしそれが出来るようなら、穂蓉堂はもうとっくに立ち退かされてるはずだよ。社長と御影不動産が敵同士? 無理、無理。どう考えたって連合軍だよね。それなのに、どうして社長が御影不動産を敵視する必要があるわけ?


「むーむむむ」


 そして。わたしが最初から、ずーっと引っかかっていることがある。


「この件。いったい誰が悪玉なの?」


 そう。一連の騒動からは、誰の悪意もくっきりと見えてこないんだよね。悪意がないわけじゃない。でも、それがもやあっとしか見えてこないんだ。どの攻撃にしても、腰が引けていて中途半端。そして、社長やこの社が直接標的になってない。あんたが邪魔。そう言って、わたしを退場させようとしてるだけ。それはわたしには一大事であっても、この社や社長には大した傷にならないんだ。だから、わたしがきりきりとんがっているのに、社長に危機感が乏しい。わたしと社長との間に、とんでもなく温度差があるんだよね。それが問題をややこしくしている。


「もし悪玉が存在しないとすれば……」


 関係者の間に、極端な上下関係や支配関係が存在しないという可能性があるんだ。そういう前提でも、パーツを組み立ててみる必要がある。そして、ごちゃごちゃと引っ絡まってしまったパーツをきちんと整理するためには、どうしても関係者の事実ファクトが必要だった。


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