(2)
本当は、午前中に三か所偵察に行こうと思ってたんだけど、水沢さんとの話が思った以上に長引いて、時間がなくなった。このまま社に戻ってテレオペやってもいいんだけど、昨日の残党の相手をするのは時間の無駄だし、出来れば残りも今日中にけりをつけてしまいたい。
社長には、午前中外勤で外に出ると言ってあるけど、テレオペ業放置して何日も外に出るのはさすがにまずいだろう。それがどんな種類であっても、クレームさばくのがわたしの仕事なんだから。必要な情報は、出来るだけ今日中にゲットしてしまおう。まだ辛うじて昼休みの時間内だ。社長に外勤時間の延長を掛け合って見るか。
スマホを出して、社長を呼び出す。出るかな?
「はい、高野森です」
まだ口をもぐもぐさせている感じ。食事中だったかー。
「社長、お食事中に済みません。何野です。今よろしいですか?」
「ああ、ようちゃん。今出先?」
「はい。昨日大量に迷惑電話流し込んできた大学の黒幕を特定出来たので、社として抗議し、再発防止を確約させてきました」
「……大丈夫かい?」
社長の心配は、わたしに何かあったらではなくて、社に跳ねないかってことなんだろう。
「ケンカ売りに行ったわけじゃないです。わたし個人への攻撃ならスルーしますけど、社の商品をネタにされるのは困ります」
「ああ、確かにそうだ」
「それでも、大学の残党がまだ同じ電話をかけて来そうなので、わたしはこのまま情報収集に当たります。今日は一日外勤ということにしてくださいます?」
すぐにいいよっていう許可は出なかった。ちょっとして、ふうっという小さな吐息とともにおっけーが出た。
「かまわないよ」
「あ、それで」
「うん?」
「つかぬ事を伺いますけど、社長は白田さんがアルバイトを雇用されていることはご存じですか?」
「ああ、そっちは白田さんに全部任せてある」
だろうな。社長はノータッチってことだ。
「社長は、白田さんがどなたを雇用されているかはご存じですか?」
「いや、知らない」
そうか。じゃあ、社長はあの御影っていう女とは面識がないってことだ。
「どうした? 何か気になるの?」
「それをこれから確かめて来ます」
「は?」
「社長!」
「なに?」
「雇用されてるわたしが今更言うのもなんなんですけど、うちの社には謎が多過ぎるんです。社長にきちんと報告が出来るようにするには、ぐっちゃぐちゃにもつれてる事実関係を少し整理しないとなりません。そして、情報がまだ全然足りません」
「やり過ぎないようにね」
社長が、すぱっと釘を刺してきた。うちは探偵社じゃないんだから、謎解きは業務に響かない範囲で。そういう懸念からだろう。でも、社長。事態は社長の懸念なんかお構い無しに動いてるの。それをきちんと整理しない限り、社長がテレオペのわたしを使って情報整理させる意味もなくなるよ? それでいいの?
納得行かない。どうにもこうにももやもやする。でもそれを社長にがりがり問い詰めたところで、今は意味がないだろう。わたしから充分な説明や説得が出来るだけの材料が、まだ全然揃ってないもの。今日は情報収集に専念しよう。社長からの許可は出たんだし。
「分かりました。どっちにしても、今日だけで外回りは全部終わらせます」
「了解」
ぷつ。
「とりあえず、報告と連絡。そして、相変わらず相談は出来ない、と。なんだかなあ……」
スマホをバッグにしまいながら、何度も首をひねった。どうにもおかしい。
クレーム受付用回線に流れ込むノイズ。わたしはそれを記録、解析し、自力でさばけと社長に命じられた。だから、わたしはその命令を忠実に守ってる。推論に必要な情報を何ももらえないんだから、それをちゃんと『自力で』集めてるんだ。でもさっきの社長の言い方。
『やり過ぎるな』
それは、社長の最初の命令とは明らかに矛盾している。社長。本気でそう思っているのなら、わたしに出したミッションをちゃんと撤回してよ。もうしなくていいよって。
自力でこなせ。でも、やり過ぎるな。そして、判断材料は何もくれない。なによ、それ? 社長は真相を究明したいの? それとも、それはどうでもいいわけ? 社長の真意がどんどん分からなくなってくる。どうする?
「ふうっ。ここで切り上げたら全部ぱーだよね」
それはイヤ。わたしが孤軍奮闘してきた意味が、何もなくなる。社長から、もう引き上げろっていう明確な中止命令があったわけじゃない。それなら、まだ最初の命令は有効だ。偵察を続行しよう!
「よしっ!」
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