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 ノートにメモを書き込んだ後。部屋の灯りを消して、布団に潜り込んだ。


 分からないことがまだ山のようにある以上、ここでいたずらに推論だけをぶくぶく膨らませてもしょうがない。中途半端な仮説を下敷きにして、致命的な失敗をしないように注意しないとね。それよりも、明日出社してから起こりうる敵軍の攻撃パターンとそれへの対処法を考えて、備えておかなきゃ。


 白田さんには申し訳ないけど、わたしは少なくとも明日一日はテレルームから一歩も出ない。白田さんとの接点を持ちたくないからって言うより、今日いろいろ考えたことをもう少し掘り下げて、自分なりに整理したいから。


 わたしがあそこに立て籠っている限り、白田さんたちのアクションは電話を介したものにならざるを得ない。そして白田さんは、クレーム処理用の電話には発信者の番号が残ることを知ってる。社内の電話、そしてわたしが番号を知ってる白田さんのスマホからは、クレーム処理用回線にはかけられないってこと。そして、番号を発信しない電話からの着信は拒否ってる。白田さんに話をしたから、そっち系の着弾は考えなくてもいいよね。つまり白田さんが社内にいる限り、白田さんからの直接攻撃は想定しなくていい。


 御影は別だ。わたしは、彼女の携帯の番号やその他の連絡先を知らない。それを逆手に取って、なんらかのアクションをしてくるかもしれない。そっちは想定しておこう。でも敵さんが具体的にどう仕掛けてくるつもりかは、今の段階では分からない。ライブで対応するしかないよね。


 そして、出て行けおじさん対策。公衆電話からのアクセスを遮断したことで、おじさんの取りうる手段はものすごく狭くなったと思う。おじさんが新たな方法を考え付くまでは、着弾を心配しなくていいだろう。出て行けとしか言えない単細胞の頭じゃ、そうそう次の手段は思い付かないと思うし。うけけ。


 ただねー。社の関係者が直接精神攻撃を仕掛けるならともかく、そこにわたしの知らない第三者が入ってくると、ものすごーく厄介なことになる。それが誰かを特定する手段が全くないからだ。つまり、白田さんにしても、御影にしても、出て行けおじさんにしても、第三者に攻撃を委託して、そこからわたしを攻撃するっていう方法があるんだよね。そいつをどう撃退するかが難しい。代理人による攻撃をさばくには、社長とは別にもう一つの権威付けが必要になると思う。それは……警察だ。


 前に自分自身の戦力分析をした時。わたしが一番気になったのは、わたしに何も武器がないということだった。


 社のために何か貢献できるものを武器だと考えれば、それは今のわたしには何もない。でも、そっちは期限があるわけじゃないから、徐々に鍛えて行けばいいと思う。問題は、こういう事態になった時応戦するための得物がないっていうことなんだ。立場は一番弱いし、知識や経験は全然足らないし、頼りになる上司もいない。


 社長が社屋にいなくて、物理的に頼れないっていうだけじゃないんだよね。社長と御影不動産との関係が深い場合は、社長は協力者である御影不動産を立てないとならない。わたしの武器にも盾にもなれないんだ。だからこそわたしにテレルームっていう要塞をあてがって、自力でこなせってことなのかも知れない。しかも、社長の権威は社内でしか通用しない。うちの社と無関係の人物を介した攻撃だった場合は、何の抑止力にもならない。

 そうしたら。わたしの振りかざす剣がたとえ竹光だとしても、それでしばらく相手を牽制、威嚇出来るようにしておかないとならない。何を竹光にするか。そりゃあ、公的な権威しかないでしょ。警察しかないんだ。電話の向こうの誰かさんが、社、もしくはわたし個人を標的にして、威嚇、脅迫、嫌がらせを仕組んだ場合。会話の内容が録音されていることを相手に伝えて、やり取りの音声データを証拠として警察に訴えるよと牽制する。あなたがしていることは、威力業務妨害にあたるよって言ってね。


 もっとも、実際に警察に訴えたところで屁の突っ張りにもならない。発信者が自分の身分を明らかにしない限り、被疑者不詳のまま捜査終了だからね。被害に遭うのは応対するわたしだけで、社には何のデメリットもないもの。それなのに業務を妨害してると言い張るのは、かーなり苦しいと思う。

 でもプロの犯罪者ならともかく、わたしも含めてふつーの人が『警察』の一言を聞けば、間違いなく落ち着きがなくなる。身に覚えがなくてもね。つまり、そういうことをよく知っていそうな白田さんや黒坂さんには効果がなくても、攻撃を委任された第三者には効果が期待出来るっていうことなんだよね。


「対策をまとめよう」


 わたしがテレルームから出ない限り、攻撃はクレーム受付用回線からしか来ない。それ以外は考えなくていい。


 電話を介した攻撃があったとして。番号が社内でオープンになってる白田、黒坂の社員コンビからの直接攻撃はない。わたしが番号を知らない御影っていう女からの直接攻撃はありうる。そして、白田、黒坂、御影からの第三者を介した代理人攻撃は想定しておかないとならない。出木のじーさんは、機械らあぶだから何も考えなくていい。社長からわたしに攻撃が来るようなら、わたしが社に操を立てる必要がなくなるから、さっくり辞める、と。


「あ……っと。この他に、一般のお客さんからのクレームも入りうるのか」


 ということは、わたしが落ち着きを無くして対応をとちったり、記録を取り損なったりすることがないよう、いつも以上に冷静に電話をさばかないとならないってことだ。


 昨日の午後みたいに、電話がずっと大人しくしていてくれればいいけど……。きっと、明日は激戦になるだろう。根拠は何もない。でも、白田さんの説明をぶっちした御影って女が、手をこまねいてのんびり傍観してるとは思えないんだよね。あの山のような盗聴器。エロ音声を使った際どいトラップ。じわじわとではなく、即効性を狙った焦りすら感じさせるえげつない攻撃だ。これでダメなら次はこれって、次々に仕掛けて来るだろう。

 そして、昨日は午前中だけしか攻撃参加出来なかった出て行けおじさんも、何らかの攻撃手段を考え出すに違いない。いかにもせっかちな感じだもんなあ。出て行けおじさんの攻撃パターンには、多分変化はないと思う。どこから掛けて来るか、その違いだけだ。


 社長が情報の出入り口をクレーム用の電話に絞り込んだことで、電話の応対がめちゃめちゃハードになる代わりに、わたしは一つ大きなメリットが得られる。そう、電話は一度に複数の発信者をさばけない。回線が一つしかないからね。同時多発を考えなくて済むのは、わたし的にはとてもありがたい。


「さて。いい加減寝ないと、明日起きられない」


 わたしは布団をすっぽり被ると、暖かい闇の中で眠くなるまで羊を数えることにした。ええと。羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹……。もこもこの羊がめぇめぇ鳴きながら、次々に目を瞑ったわたしの眼前を横切っていく。そして。その鳴き声は……いつの間にか電話の呼び出し音に変わっていった。


「ううううー」



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