(2)

「おっととと」


 その先を考える前に。白田さんは、わたしだけが社長とのホットラインを持っていることを知っているんだろうか? 勘繰ってはいると思うけど、確証を持ってるんだろうか?


 テレルームを、わたしと社長以外アクセス出来ない要塞にしたこと。その目的は、白田さんたちに『直接は』分からない。でもテレルームに関する社長のアクションは、こっそりではなくオープンなものだ。それは、白田さんを通じて社長の情報が外に漏れていることへの強い警告だろう。これからはもう許さないよっていうね。テレルームの鍵を白田さんに渡さないというのも、その警告の一部になってる。白田さんは当然、テレルームへの入室権限を持つわたしだけが社長の情報を保有すると考えるだろう。それが事実であってもなくてもね。


「ふむ……」


 思考があちこちにとっ散らからないうちに、事実、もしくは自分の中で結論が出たことを箇条書きで整理して行こう。推論の途中だから、まだメモでいいよね。チラシの裏に、シャーペンでずらずらと書き並べて行く。


 1)白田ー御影軍の目標は、社長の情報(特に位置情報)をゲットすること。白田さんしか知り得ない社長の情報が外部に漏れていて、社長がそれに苛立っている。

 2)社長は、白田さん経由で情報が漏れていることは知っていて、白田さんがアクセス出来ないテレルームに情報接点を集約することで、漏洩を防ごうとしている。

 3)白田さんは、テレルームにしか社長の情報が来ないと読んでいる。なぜなら、社長がそこに白田さんがタッチ出来ない空間と回線を整備し、『わたし』を置いたから。


「うーん。だけどぉ」


 ここで疑問。社長は、わたしにこう言ったんだ。


『非常時には、僕がここを使ってようちゃんに指示を出すかもしれない』


 社長は、わたしに自分の情報を何でも話すと言ったわけじゃない。新兵のわたしは、白田さん以上にまだ社長に信用されていないんだ。だって、わたしが白田さんにたらし込まれたら、結局漏れるんだもん。そのわたしに、社長がぺらぺら個人情報を垂れ流すわけないじゃんか。社長は、クレーム受付用の回線をエマージェンシーコール代わりに使うと言ってるだけ。それ以外には、社長がクレーム受付用の回線を使うことはない。


 つまり、わたしが社長の個人情報を知りうる機会はそもそもない。社長の情報はわたしにしか来ないんじゃなく、わたしに『すら』来ないんだ。でも、白田さんの認識は違う。白田さんの代わりに、わたしが社長の個人情報を守秘義務付きで抱えることになると。そう見なすだろう。わたしを社長の秘書だと考えると思う。でも、社長には最初からそのつもりがない。


 思いっくそ、ずれてるな。


「うぐー」


 まあ、いい。先に行こう。


 4)社長の情報がテレルームにしか来ないのであれば。白田さんが情報をゲットするためには、テレルームを廃止させるか、機能停止させるしかない。

 5)テレルームは社長の肝煎りで新設されたものだから、廃止されるはずがない。そして、機能停止させるためにはわたしを潰すか、排除するしかない。その方法は二つある。社長に『おまえはクビだ』と言わせるか。わたしに『もう辞めます』と言わせるか。


 つーことだわな。


 わたしは入社したばかりの役立たずのぺーぺーだから、攻撃側はわたしの立場に配慮する必要は一切ない。事実、わたしのポジションには社の運営上重要な業務が割り当てられていない。そのことを白田さんたちはよーく分かってる。役立たずを社から追い出したところで、社にも自分たちにも何の悪影響もない。むしろ、コスパの改善に繋がる。当然そう考えるよね。それが、なぜ今まで露骨に表面化しなかったか。白田さんたちは、最初から社長に目を付けられているからだ。


 白田さんはバカじゃない。よーく社長やわたしを見てる。わたしがもし社長の懐刀ならば、わたしへの攻撃は即座に社長への攻撃になるんだ。攻撃が成功してわたしが退場したら、白田さんたちも同時に退場だよ。それって、ただの自爆じゃんか。だから最初は、わたしを叩き出すんじゃなく、懐柔して自軍に取り込もうと考えていたんだろう。でも。入社してから、わたしが白田さんが持ってる以上の社長情報をゲットしたことは一度もない。社長はほとんど社屋にいないから、条件は白田さんたちと何も変わらないもん。


 お茶休憩の時間を使って、わたしから社長の情報を引っ張り出そうとしても、何一つ出て来ないこと。白田さんはそれを、わたしが『知っていてもあえて言わない』と受け止めたんだ。そして、わたしが意図して社長をガードしてると考えたんだろう。白田さんは、わたしの言動や振る舞いを敵対的な行為と捉えて、わたしを排除するための作戦を実行したってことなんだろなあ。


 だけど、白田さんにかかっている制限はそのまま残ってる。社長から直接退場を命じられてしまうと、自動的に白田軍は敗北ということになっちゃう。わたしへの攻撃が社長にまで跳ねて、それが元で社長との接点を失ったら元も子もないんだ。つまり白田さんは。わたしを敵にするのはいいけど、社長は敵に回したくないんだよね。その制限が撤廃されない限り、白田さんがわたしに対して直接取りうる攻撃行動はうんと限られる。


 なんとかしてわたしの方から攻撃的なアクションを起こさせ、それを非難するしかない。先手をわたしに打たせないとならないんだ。今日のは、その試行ってことなんだろな。もしわたしが騒いだら、それを十倍、百倍に膨らませて社長に吹き込み、社長のわたしに対する心証を徹底的に悪化させようと目論んでいたんだろう。でもわたしは先に白田さんの作戦を読んで、落ち着いてさばいてしまった。そして今日以上の過激なネタを仕込むと、今度は白田さんが自爆する危険性が高くなる。


 白田さんも、今日のが必ずしも成功するとは思っていなかっただろう。それは、白田さんが御影に電話した時のセリフで分かる。


『作戦失敗。思ったよりも手強い』


「リスクのちょー大きい肉弾攻撃だもんなあ」


 もう、ああいうのは出来ないでしょ。


「そうすると精神攻撃、か……」


 オンナの世界は陰湿。イジメとかハズシとか、ちくちくと。でもそういうのは、徒党を組める大きな組織だから出来ることなの。うちみたいに最初から単細胞の集まりじゃ、陰湿になんかしようがないんだよね。それに、精神攻撃は対人的な接点がないと出来ないんだ。昼ご飯やお茶休憩での接点を制限すると、攻撃する糸口すらないってことになる。



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