第9話

 船長に命じられて走りだしたのはマシュー・ラングーン航海長に率いられた四人の男達だ。

 シフトの関係でダンやミッシュなどの訓練生は船橋に居なかった。


「事故って、一体どういうことですかね、航海長?」

「わからん。突然ビーコンが消えたらしい」

「保安科の実習生達らしいけど、ガキは何するかわからねぇからなぁ……」

「無駄口を叩くな。急げ」


 バーグウェル船長から死亡事故の可能性があると伝えられたこともあり、航海長達は船内の各所に備え付けてあるバルーン担架や救急キットを取り外し、第七格納庫へと急いでいる。


『達する。こちら船長。第七格納庫で事故が発生した模様。シフトの如何に関わらず、手空きの乗組員は直ちに第七格納庫へ向かえ。但し、訓練生並びに学術調査隊はその場で待機。また、事故は本船の航行に支障のあるものではない。繰り返す……』


 船長のアナウンスが通路に響く。


「セイズ! 転送機を!」


 航海長に言われてセイズ航海士が転送機を操作する。

 転送先は第七格納庫に一番近い一五番転送機だ。


 五人全員が転送エリアに入ったことを確認してセイズは転送機を始動させた。


 すぐに一五番転送機の前に転移すると、男達は次々にガスガンを噴射して第七格納庫へと急いだ。


 第七格納庫へと繋がる扉を開けると目の前には直径数百mにも達する第七収集端末兼変性装置のお尻の部分が男達の視界を塞ぐ。

 装置はロケットやミサイルとは異なるのでお尻に巨大なノズルはない上に塗装もされていない金属の地肌がむき出しのため、見る者にどことなくのっぺりとした印象を与える。


「確か、こっちの方だと……」


 船員の一人がお尻に向かって左の方を指差した。

 第七格納庫は船体の右側にあるのでそちらは船体の中央部の方だ。


「行ってみよう」


 航海長はそう言うとガスガンを噴射した。

 通路から格納庫の内部に向かってすぅーっと漂いだす。

 残りの男達もすぐにその後を追った。


 男達がお尻の角を曲がると、今までのがらんとした光景とは打って変わってごちゃごちゃとした印象を受ける。

 何かのチューブやキャットウォーク状の簡易通路などが装置とクイジーナ2の船体とを結んでいるからだ。

 これらは機付整備員が装置の整備を行うために必要なものだ。


「あそこだっ!」


 一人が指差した方を全員が目で追った。

 格納庫内の内壁と装置との間を数人の人影がゆっくりと漂っていた。


「行くぞっ!」


 航海長が全員に号令を発すると船員達は一斉にガスガンを噴射して接近する。

 宇宙での行動に長けた船員達はチューブやキャットウォークをスイスイと避けながら、現場へと急ぐ。


 漂う人影まであと五〇m程に接近すると誰もが異常に気が付いた。

 まず、漂っている人影は誰も動いていない。

 だがこれは、死亡事故の可能性を疑われていた時点である程度予想が付いていた。


 次に、彼らが着用している服装だ。

 服のあちこちが焦げたように失われており、その部分は地肌やバイタルスーツが覗いている訳でもない。

 明らかに重度の火傷でも負っているかのように皮膚の表面は爛れ、酷い者は手足の骨までが見えている。


 そして、漂う人影の周囲に広がる何かの液体。

 鼻を突く独特の刺激臭。


「おい……」

「あれは……」


 男達は口々に呟く。


「止まれっ! 危険だ!」


 いつの間にか最後尾に位置していた航海長が大声を張り上げる。

 航海長の警告が響くよりも早く、熟練の船員達は進行方向にガスガンを噴射して急停止、または多少バランスが崩れることを承知で強引に進行方向をずらしていた。


「ジランブシンだッ! 戻れッ!」


 誰かが叫ぶ。


 ジランブシンとは小型ロケットなどの液体燃料であり、ハイパーゴリック推進剤の一つだ。

 自己着火性のあるハイパーゴリック推進剤はファシール合星国の宇宙船では使われなくなって久しいが、たねと呼ばれる収集端末兼変性装置など殆ど使い捨ての大気圏突入機や近距離防御用のミサイルなどでは安価なため主にスラスター用の燃料として未だ現役で使われている。

 毒性はないが非常に強い酸性の液体であり、酸化剤と混合しない限りは安定していて発火するようなことはないものの、素肌に触れただけで火傷を負ってしまう。

 特別な処理を施した作業服や宇宙服でも着用していなければバイタルスーツなど無いも同じである。


「航海長、あれじゃ近づけません!」

「おーい!」

「生きてるかっ!?」


 口々に接近の不可能を訴え、漂う人影に向かって声を上げる船員達。

 当然のように人影からの返事はなかった。


「全員、作業着を着用しろ。出直しだ」


 航海長の命令に船員たちは一度格納庫を出て作業着を着用するしかなかった。


「……ひでぇな、こりゃ」


 作業着のヘルメットに備え付けられている通信機越しに誰かが呟いた。

 その声の主の言う通り、漂っていた者達の生存は絶望的に見える。


「急げ! まだ助かるかもしれん」


 航海長の声がそれを遮り、全員の耳に届く。


「無理ですよ、航海長。これで生きている訳がない……」

「返事もないし、動いてもいない」


 呆然として佇んでいる船員達を置いて航海長は一人、ガスガンのトリガーを引いて遺体に向かう。

 強酸性の燃料が漂うエリアでバルーン担架を使う訳には行かないからだ。

 それを見た船員たちも無言で航海長に続いた。


 燃料が漂うエリアから最後の遺体を移動させる時。


「おい、あれ……」


 航海長が指差したのはたねの姿勢制御用スラスターの噴出口……ではなく、そのすぐそばで開いている小さなハッチである。


「……緊急用の燃料投棄スイッチですね。強制排出用の手動スイッチです。……こいつら、これを押しやがったのか……バカが」


 開いていたハッチを確認しに行った船員は吐き捨てるように言うと手荒くハッチを閉めた。


 最後の遺体の移動を終えると航海長は「担架を寄越せ」と船員の手からバルーン担架を受け取り、誰とも知れない遺体に近寄り、遺体をバルーン担架のシートでくるむ。

 すぐに担架に備え付けの圧搾空気ボンベのスイッチを入れるとあっというまにシートは膨張して簀巻のように遺体を覆った。


 船員達も二目と見られない姿に成り果ててしまった遺体を出来るだけ見ないようにしながら残りの遺体をバルーン担架に収容していった。




■□■




「おい、ダン。聞いたか?」


 船員食堂のテーブルで食事を摂っていたダンにゲインが語りかけた。


「ん? ああ……」


 どことなく暗い顔で返事をするダン。

 ダン達航海科の生徒はつい先程船長からロッシ教官が事故で亡くなったことを告げられている。

 同時に、練習航海の見極めについては船員の方で行われるとも聞いていた。


「あ、そうか。ウィリバルト・ロッシ大尉って、お前んとこの教官だっけ?」

「ああ」

「なんだよ、うるせぇ教官がいなくなってせいせいしたんだろ? 俺んとこの雷親爺が死んでて欲しかったぜ。あいつ、この練習航海が終わって卒業の時には絶対誰かに殺される。賭けてもいい」


 術科学校の教官は生徒達の憎まれ役を請け負ってもいる。

 ダンにしてもゲムリード航海術科学校に戻れば蛇蝎の如く嫌っている教官の一人や二人はいる。兵学校にまで記憶を戻せば、教官連中は全員死ねばいいとすら思っていた。

 そういった教官達は生徒達の妄想の中で幾万回となく無残に殺されているのが通例だ。


「ん……でもロッシ教官は良い人だった。術科学校の教官でもかなり若い方だったし、指導も解りやすくて良かったんだ」

「そうか。それは悪いこと言ったな。許してくれ」

「いいさ、気にすんな」


 ダンは一つ微笑むとフォークに突き刺した肉を口に運んだ。


「それはそうと、ダン。お前んとこさぁ、教官がおっ死んだならこの練習航海はどうなるんだ?」

「それは問題ない。船員が引き継ぐって」

「ふぅん。まぁ、この船の乗組員は殆どが退役軍人らしいからその辺は問題なさそうか」


 ゲインも何かのデンプンをペースト状にした食べ物をスプーンで掬って口に運んだ。


「それよりも保安科の教官は生徒が全員死んじまってどうするんだろうな? あの人、軍曹だから航海科を見ることも出来ないし……」

「さぁな。でもよぉ、何でもあの教官が休みを取ったからお前んとこの教官が代わりに死んだんだろ? そう考えるとあの人も命拾いをしたようなもんだな」


 食事をしながら二人が会話をしているところにプレートを持った女性が近づいてきた。


「お疲れ様、ダン。ゲインも」


 話している二人のテープルにプレートを置いたのはかなり疲れた様子のカミラだった。


「やあ、カミラ。君も大分疲れているようだね」


 カミラが座りやすいように、ダンは少しだけ体をずらして答える。


「うん。例のドゥーヴァイン4-3のデータが多すぎてね……でもとっても興味深いし、気持ちは充実しているわ」


 そう言いながらカミラも食事を始めた。


「……ところで、二人共何を話していたの? 誰か亡くなったの?」


 どうやらカミラは事故についてそれ自体を知らないらしい。

 特に口止めされていた訳でもないので二人はカミラに死亡事故が起きたことを伝えた。


「……多分、保安科の生徒がふざけてたねの二四番スラスターの燃料強制排出スイッチを押しちまったらしいんだ」

「ゲインの言う通り、俺もそう聞いている。で、整備が終わって燃料満タン状態だったんで一気に噴き出したジランブシンを全員が頭から被っちまったって訳だ」

「奇数番号のたねから整備してたって知らなかったんだろうな。左舷の偶数番号の方ならまだ整備中だから燃料注入前だったし、強制排出しても噴射口が全開になるだけで何も起きなかったんだけどな」


 彼らの説明を受けてカミラは初めて五人もの犠牲者を出した事故が起きていた事を知った。


「そう……そんなことが……」


 犠牲者のうち一人はダンの教官であるロッシ大尉であり、残りの四人は同世代の若者であった事も聞き、彼らの冥福を祈る。


「そう落ち込まないでくれよ。勿論こんな事故は滅多に起きることじゃない。だけど、似たような事故は結構発生してるんだ」


 ゲインがそう言って慰めるが、カミラはすぐに疑問に思った。


「でも、教官が傍に居てそんな悪戯を見逃すのかしら……?」 


 食事をする気の失せたカミラはスプーンでシチューのような食べ物をかき回しながら呟く。


「そうなんだよな……ロッシ教官がそんな下らない悪戯を見逃すなんてな……。俺も信じられないよ」


 ダンもパンを噛みちぎりながら言う。


「そらまぁ、教官と言えども俺達と同じ一型人類だからな。視界に入ったものしか見ることは出来んだろ。実際に強制排出スイッチのハッチが開いていたらしいし、それ以外に考えらんねぇと思うぞ」


 ゲインの言うことも尤もである。

 どう考えても今回の件は人為的な事故としか思えなかった。




☆★☆




「で、彼らはどうなったんだ?」


 第三船倉制御室カーゴコントロールルームに姿を現した弟を見るなり背の高い男が尋ねた。


「事故に見せかけて処分した。そんな顔しないでくれ、兄貴。生かしとく訳にゃ行かんだろうが。ほれ」


 肩を竦めながらも平然として答える航海長は、自ら運んできた箱状の荷物を兄に差し出した。

 食料などの必要物資である。


「ああ……詮ないことを言った。お前に負担を掛けしまって……」


 申し訳無さそうな様子で兄は弟に詫びる。


「だからもう気にすんなって。兄貴の説が実証されたらあんな奴らがこの先全員生きていたとしても成し得ない程人類に貢献するんだろ? 頭の足りない俺には露払いくらいしか出来ねぇけどよ。もっと堂々としてくれよ」

「……ん。そうだな。大事の前の小事と思う方がいいか……」


 航海長の言葉を聞いた兄は少し気持ちが明るくなったようだ。


「そうそう。それよりデータメディアの交換だけど、まだまだあるんだろ? さぁやろうぜ」

「ああ……まだ沢山ある。ドゥーヴァイン4-3で得られたデータは非常に多いから取捨選択だけでも一苦労だよ」

「うん、それでこそだ。じゃあ、明日来るまでに下準備の方は頼む。そっちの方で俺は何の役にも立てないからさ。でも交換作業なら俺の方が速い」

「ふふ。またこき使ってやるからな」


 兄はようやっと笑いながら箱から食料を取り出し終わると空になった箱を航海長に戻す。


「勿論だ。ああ、それと保安科のガキが居なくなったからよ。船内検索はまた穴だらけの通常営業に戻るからな。仕事もやりやすくなって一石二鳥だった」


 航海長はそう言いながら受け取った箱に使用済みの排泄パックなどを手早く詰め込んでいる。


「じゃ、俺は戻る。次のシフトは一六時間後だ。一五時間後には跳躍移動ハイパードライブがあるから忘れないでくれよ」


 航海長が部屋を出て行くと兄はまたゴーグル状のモニターを装着し、ホロキーボードを展開する。


「マシュー、すまんな……」


――だが、知性の芽生えた原住民に対するたねの使用は必ず未開惑星の人類にとって良い結果を齎す筈なんだ……。悪魔の所業と言われているが、それによって飛躍的に発展する星は必ず増える。旧態依然として頭の硬いファクナーや学会のバカどもには理解出来んだろう。

 お前に迷惑は掛けんよ……


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