モッさんの昆虫事件簿
悠木 柚
異形の蟲達
第1話 異形の蟲達 プロローグ
その村を虫が襲ったのは、まだ暑さも心地良く感じられる初夏の事だった。
北関東に位置する上州の田舎である群馬県藤原地区、その更に奥まった場所に存在し長野県と認識される事もままある北妻蕗村(きたつまふきむら)。最近何度かテレビでも取り上げられ、秘境中の秘境として一部のマニアに薄っすらと認知されている村である。
『東京ドームには行った事があるけんども北妻蕗村には行った事ねぇべ』
『あすこはナビでも表示されないから迷いに行くようなもんだべ』
と県民ですら言う位のド田舎なのだから、一部とは言え他県の人達に薄っすらとでも認知されている事はある意味、村民にとって自慢であった。
噂を聞きつけ訪ねて来る物好きな若者もいるし、時代設定が一昔も二昔も前の映画を撮影するために村をロケ地に選ばれた事もある。
だからと言ってほぼ百パーセント自給自足で産業も商店も民宿すら無い村なので、訪れた人達が金を落とす事も無く豊かになる事は無いのだが、それでも村民達は稀に訪れる物好きな観光客との交流を楽しんでいた。
群馬県と言えば盆地で暑さが溜まりやすく日本一暑いイメージだが、北の方はどちらかと言えば年中涼しい。
七夕の日も初夏にしては肌寒く、まだまだ長袖が手放せない外気温だった。
北妻蕗村周辺もそれは同じで、まだ蝉の鳴き声も少なく蝶々がチラチラと飛んでいるのが目に付く程度だった為、真夜中に起こった異常事態を村民の誰もが信じられずにいたのだ。
『見た事もない虫達に村が襲われている!』
そう警察に通報があったのが七月八日深夜二時過ぎ。
最寄りの警らと言えば藤原村にしか無かったので、直ちに状況確認として藤原村から警官が出動した。
直ちにと言っても藤原村から山の奥まった場所にある北妻蕗村までは一時間以上かかるのだが。
かくして伝えられた状況は、常軌を逸するものだった。
村へと入る林道には異形の虫達が溢れ、左右の杉林にもびっしりとへばり付いていた。バリバリとタイヤが甲殻類を砕く嫌な音を耳にしながら何とか北妻蕗村へと辿り着いた警官が見たものは、民家の外壁や屋根にびっしりとへばり付いたり、村の上空を蝙蝠の群れよろしく旋回する異形の虫が集団暴走する姿だった。
その数なんと数十万匹はいたと報告に上がって来たらしい。
幸い虫達は見た目が異様なのと数がとんでもなく多いだけで、人的被害は微々たるものだった。びっくりして腰を抜かした老婆や、初見の物を怖がりパニックに陥ってからの行動で軽傷を負った者。それ以上の被害は確認出来ていないらしい。
そのため脅威度は低いと判断した警察は内部調査に拘らず、私に調査協力要請が廻ってきた。
……という訳だ。
この警察の判断に関して私としては大いに歓迎したものだ。
駆除業者や自衛隊に駆除される前に現地へと辿り着けるのだから。
勿論、駆除は同時進行で行われているだろうから大きな期待は出来ないが、それでも事後に行くのと比べればそんなハンデは有って無い様なものである。
見た事もない異形の虫?
しかもそれがスタンピード(集団暴走)を起こした?
良いね、凄くそそられるよ。
何かしらの変異個体、うまくすると新種かも知れない。
好奇心を擽られる。
集団暴走を起こす可能性のある昆虫を、頭の中でピックアップしながら私は現地へと車を走らせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます