ACT.3

01 前日計量

 三月の最終土曜日。

 翌日の日曜日に決戦の時を控えたその日は、出場選手の計量日であった。


 プロの試合においては、前日に計量することが多い。そして、明日の『NEXT』の興業においては、レオナとアリースィ選手を除く全員がプロ選手であるのだ。よって、レオナたちも同じ日に計量することが決定されたのだった。


 時刻は午前の十一時。場所は大久保の、『NEXT』オフィシャル・ジムである。

 そこに参じたのは、同じ出場選手の景虎と、そして付き添いのトンチャイのみであった。本日は伊達が出場する『フィスト』のアマチュア大会の当日であったため、黒田会長と柚子はそちらに同行しているのだ。


 キャップとサングラスと花粉症用のマスクで人相を隠しつつ入場したレオナは、女子トイレで『マスクド・シングダム』の覆面を装着したのち、景虎たちと再度合流した。

 本日は、メインイベントのタイトルマッチの調印式を兼ねた公開計量であったため、マスコミも参席しているのである。


「おー、その覆面姿を見るのも四ヶ月ぶりだね。なんだかあたしのほうがワクワクしてきちまったよ」


 景虎は、そのように言いながら笑っていた。

 パーカーのフードをなるべく深く傾けつつ、レオナは「恐縮です」と応じてみせる。


 そうして指定されたトレーニングルームへと移動すると、そこにはすでに五十名にも及ぼうかという関係者が集結していた。

 この内で、出場選手はきっかり二十名である。

 さらにその中で、女子選手はレオナたちを含めて四名のみであった。


 取材陣は、早くもフラッシュをたいている。

 人数は、十名ほどであろうか。一般マスコミの人間がやってくることはないと聞いていたので、全員が格闘技雑誌などの関係者であるはずだ。

 しかし見てみると、小さなデジタルビデオカメラなどを回している人間もいる。このイベントを広く告知するために、動画配信サイトで配信するのだという話であった。


 それらのカメラの先にあるのは、アリースィ選手とその父親の姿である。

 アリースィ選手もMMAの世界においては初試合の新人選手であったが、その父親たるルーカス・ジルベルトは伝説級の存在であるのだ。


「それでは、公開計量を開始いたします!」


 スタッフらしき人物が、大声でそのように告知した。

 それと同時に、別の入り口から奇妙な娘たちが入場してくる。

 黒いビキニの水着を纏った、やたらとスタイルのいい三人の娘たちだ。

 察するところ、それは明日の試合に参加するラウンドガールであるようだった。


 そのラウンドガールたちが、奥側の壁際に立ち並ぶ。

 そこには三十センチぐらいの高さをした壇が設けられており、壁には『NEXT』のロゴマークがびっしりとプリントされたパネルが張り巡らされていた。


 どうやら体重計はその壇上に設置されているらしく、名前を呼ばれた選手から一人ずつそちらに向かっていく。

 そこで身に纏っていた服を脱ぎ、スパッツ一枚の姿となって体重を計るのだ。

 何だか物凄い見世物だなあと、レオナは内心で呆れることになった。


「さ、あたしらも準備しておこうか」


 景虎が、羽織っていたアーミージャケットをトンチャイに手渡す。

 準備と言っても、上着を脱いで待機するばかりである。

 レオナもパーカーのフードはかぶったまま、兄のお古のスカジャンだけをトンチャイに預かってもらった。


 春用の上着を柚子に見立ててもらう約束は取りつけていたが、どのみちマスコミの集まる場所に「九条レオナ」としての服装で出向く気持ちにはなれない。そういう意味では、このスカジャンも初めて有益な存在理由を獲得できたのかもしれなかった。


 レオナがそんなことを考えている間に、着々と計量は進んでいく。

 今のところ、計量に失敗している選手はいなかった。


 誰もが、研ぎすまされた肉体をしている。

 やはり、試合には体重を落として臨む人間が多いのだろう。ボクシングの例を見るまでもなく、なるべく軽い階級で試合を行ったほうが、フィジカルで優位に立てる面は強いのだ。


 中には、十キロ以上の減量を試みる選手も少なくはないという。

 しかも、ただ減量するのではなく、こうして前日に計量を済ませた後、わずか一日で十キロ以上の体重をリカバリーしてしまうのだというのだから、呆れた話であった。


 もしも減量をいっさい行わない選手がそういう選手と対戦すれば、当日は十キロ以上の体重差で試合を行うことになるのだ。それでは、フィジカルに差が生じるのも当然のことである。


「ただ、よほど巧くやらないと、コンディションはキープできないからね。無茶な減量やリカバリーは回避して、自分のベストウェイトで試合に臨んだほうが、いい結果を残せることも多いんだと思うよ」


 いつだったか、柚子はそのように分析していた。

 どちらかというと、レオナはそちらの意見に賛同したい心境である。十一月の試合においては服部選手の階級に合わせなければならなかったし、今回もその階級でオファーを受けたので二キロばかりは減量しなくてはならなかったが、自然体にまさるものはないだろうというのがレオナの基本スタンスである。


 ただし、コーチ陣が指導してくれれば二キロぐらいの減量はどうということもないし、MMAという競技がそういう流儀で行われているならば、それには従うべきなのだろうとも考えている。

 なおかつ、平常体重が五十八・五キロにまで達してしまったレオナとしては、なるべくこれぐらいの数字をキープしておきたいなあという乙女心も存在した。


 いかにBMIとやらで「痩せ気味」という判定を下されようとも、レオナはこれまでに体重が五十八キロを超過することはなかったのだった。


(これで階級を上げたいなんてコーチ陣に相談したら、もっと肉をつけろとか言われるに決まってるもんな。身長が止まらないなら体重ぐらいはストップをかけておかないと、本当に男みたいな体格になっちゃうよ)


 そんな益体もない想念にふけっている間に、景虎の名が呼ばれた。

 計量は試合の順番で行われており、景虎は第三試合で、レオナは第七試合であったのだ。キャリアのある景虎のほうが先の試合であるというのは腑に落ちなかったが、これもアリースィ選手のネームバリューゆえなのであろう。


 長袖のシャツにカーゴパンツといういでたちであった景虎が、壇上に立つ。

 その下から現れたのは、ハーフトップとハーフ丈のスパッツに包まれた、男子選手にも見劣りしない肉体だ。

 景虎は、骨が太い上に筋肉質である。それで身長は百六十一センチで、体重は六十六キロから六十一キロまで落としている。それほど長身でない代わりに、肉厚で頑強な身体つきなのだ。


「景虎明良選手、六十一・一キログラム、OKです!」


『NEXT』の階級はポンド制で、景虎が出場する試合は百三十五ポンド契約であるため、六十一・二キロまでは許される。

 無事に計量を通過した景虎は、ふてぶてしい笑顔で上腕二頭筋の発達具合を誇示していた。


 左右に控えたラウンドガールたちと同じ生き物とは思えないような、実に雄々しい姿である。

 が、細いばかりでまったく筋肉のなさそうなラウンドガールたちは、レオナから見てそんなに魅力的だとは思えなかった。レオナが求めるのは、柚子や晴香のようなシャープかつ健康的なプロポーションであるのだ。


 その次は、景虎の対戦相手である本郷マモリなる選手の番であった。

 本郷選手は、『フィスト・ジム船橋支部』に所属するストライカーだ。

 身長は百六十五センチで、非常に均整の取れた体格をしている。こちらも六十一キロジャストで計量にひっかかることはなかった。


 まだ服を着ずに待ちかまえていた景虎と壇上で向かい合い、何枚かの写真を撮られてから、両者は脇のほうに引き下がった。


「相手も肌つやがよかったネ。明日はいい試合になりそうヨ」


 服を着た景虎が戻ってくると、トンチャイはにこにこと笑いながらそのように述べたてた。


「キャリアでは、あちらさんのほうが格上だからね。胸を借りた上でぶちのめしてやるさ」


 試合が近づくにつれ勇猛さを増してきている景虎は、ひそめた声でそのように言い捨てた。

 相手は二十七歳で、景虎よりも長いキャリアを積んでおり、しかもキックでも実績を残した選手であるという話であった。


 そうしてまた男子選手の計量が続けられ、六名分を終えたところで、『マスクド・シングダム』の名が呼ばれた。

 好奇の視線を満身にあびながら、レオナは壇上へと足を向ける。


 スカジャンを脱いだレオナは、フードつきのパーカーにデニムパンツという格好であった。

 まずは深々とかぶっていたフードをはねのけると、たちまち取材陣にフラッシュをたかれてしまう。

 初めてレオナの姿を見るであろう男子選手たちは、みんな苦笑したり肩をすくめたり、あるいは愉快そうに口笛を吹いたりしていた。

 やはり覆面姿のMMA選手というものは、同業者にも珍奇な存在と認識されるらしい。


(この上、半裸になれっていうんだからな。どういう羞恥プレイだよ)


 暗がりで、客の姿などまともに識別することもできなかった試合のときよりも、レオナは大いに羞恥心をかきたてられることになってしまった。


 わずか数メートルの距離で数十人の人間に見物されながら、素肌をさらさなくてはならないのである。同じ状態でずっと微笑みをたたえているラウンドガールたちはいったいどれほどの胆力をそなえているのだろう、と内心で溜息をつきながら、レオナはおもいきってパーカーに手をかけた。


 パーカーの下に着ていたTシャツも脱ぎ捨てて、スニーカー、靴下、デニムパンツをも脱ぎ捨てる。

 その下に纏っているのは、スポーツ用のタンクトップとハーフ丈のスパッツだ。


 カメラのフラッシュが、いっそう頻繁に瞬いた。

 そんな中、レオナは体重計へと足を乗せる。


「マスクド・シングダム選手、五十六・五キログラム、OKです!」


 レオナの契約体重は百二十五パウンド、五十六・七キロである。

 朝から水分の摂取を控えていたためか、二百グラムも余裕が生じていた。


「では、アリースィ選手の計量が終わるまで、そのままお待ちください」


 スタッフの男性に小声で呼びかけられ、「はあ」と応じる。

 やはり、この段階で服を着ることは許されないらしい。


 そうしてアリースィ選手が壇上に現れると、倍ほどの勢いでシャッター音が響きわたった。

 黒いトレーニングウェアの上下で現れたアリースィ選手は、笑顔で手を振ってから躊躇もなくそれを脱ぎ捨てていく。


 レオナの記憶にある通りの、とても朗らかそうな娘であった。

 今日はセミロングの黒髪を自然に垂らしており、楽しそうに白い歯をこぼしている。

 瞳は黒く、肌も浅黒い。そして彼女は、びっくりするぐらいしなやかな肢体を有していた。


 身に纏っているのは、白いハーフトップとスパッツである。

 浅黒い肌とのコントラストが、目にまぶしい。

 とてもすらりとした体格で、どこにも無駄肉は見当たらないのに、あまり筋肉の線は浮かんでいない。野生動物のように優美で力にあふれた肉体だ。


「アリースィ・ジルベルト選手、五十五・八キログラム、OKです!」


 アリースィ選手は、体重計の上で可愛らしくガッツポーズを作った。

 また擦過音のようなシャッターの音色が響きわたる。


(規定体重より一キロ近くも軽いってことは、まったく減量をしてないってことか)


 確かに彼女は、同じ階級の伊達や服部選手よりもずいぶんスリムに見えた。レオナを含め、平常体重で五十六キロを割る人間はそうそういないのだ。


(それで身長は、伊達さんたちよりも五センチは高いんだもんな。特に骨が太い感じもしないし、痩せて見えるのが当然か)


 体重計から降りたアリースィ選手が、よどみのない足取りでレオナに近づいてくる。

 その顔にきわめてフレンドリーな笑みを浮かべながら、彼女は両手を差し出してきた。


「マスクド・シングダム、いいしあい、しましょ?」


 その口から日本語が発せられ、レオナは心から驚かされてしまう。

 彼女の父親は、大会の開会式でも挨拶以外は母国語であったのだ。


「……日本語がお上手なのですね?」


 小声で答えながらその手を取ると、アリースィ選手はいっそう屈託なく微笑んだ。


「にほん、だいすき。だから、おぼえた。あなた、おもしろいせんしゅ。あなた、だいすき」


「……恐縮です」


 シャッター音が乱れ飛ぶ中、またスタッフの男性が呼びかけてくる。


「あの、いちおうファイティングポーズで向かい合っていただけますか?」


「ファイティングポーズ? わかった」


 英語の発音は、ネイティブのようになめらかだ。

 たしか彼女は、父親が北米に居を移してからこの世に生まれ落ちたはずなのである。


(なんだか、不思議な娘さんだな……全然本性が見えないや)


 レオナは適当に腰を落とし、前側の左拳だけ顔の前に掲げてみせた。

 アリースィ選手も左の手足を前に出し、ゆったりとしたファイティングポーズを取る。


 その姿を徹底的に撮影されたのち、ようやくレオナも放免されることになった。

 そそくさと衣服を着て、フードもかぶりなおしつつ、景虎たちのもとに舞い戻る。


「お疲れさん。初めて間近に見るアリースィ選手はどうだったね?」


「そうですね。日本語も英語もずいぶん堪能なようでした。これで母国語のポルトガル語とあわせて三ヵ国語もマスターできているのなら、とても羨ましいと思います」


「…………」


「ああ、そういう話ではないですよね。はい、にこにこ笑っていましたが、まったくつかみどころがなかったです」


「そうだねえ。ま、こっちは素顔まで隠してるんだから、得体が知れないのはおたがいさまか」


 その後もつつがなく計量は進められ、一名だけ規定をオーバーした選手が再度の計量を申しつけられたぐらいで、すみやかに調印式へと移行されることになった。


 タイトルマッチに挑むのは、まったくレオナの知識にはない男子選手たちである。彼らは別の場所に設えられた卓の前に座らされて、契約書にサインをさせられたのち、記者団からインタビューを受けていた。


 両者の間には、金ぴかに光るチャンピオンベルトが置かれている。

 その中央に刻みつけられているのは、当然のことながら『NEXT』の四文字である。

 日本ではMMAの団体が複数存在するため、その団体ごとに王座が制定されているのだった。


 しかし、それらの中でも女子選手の王座が制定されている団体はごくわずかであり、制定されているとしても、せいぜい一つか二つぐらいの階級であるらしい。格闘技ブームを経て、競技人口が爆発的に増えたとはいっても、まだまだ女子のMMA選手自体が少数であるのだ。北米でもっともメジャーな団体でさえ、女子の王座はまだ二階級分しか存在しないのだという話であった。


 ともあれ、タイトルマッチに挑む両名は、誰よりも気迫に満ちた眼差しをしていた。

 ボクシングと同じように、日本国内の王者では食べていくことも難しい。これを足がかりにして、いずれは北米に───という意欲に燃えているのだろう。


 何もかもが、アマチュア志向のレオナには縁遠い世界だ。

 しかし、彼らの気迫に満ちた表情や眼差しは、とても好ましいものに感じられた。


 そうして調印式を終えた後は、また全選手が集められての撮影会であった。

 女子選手の四名は、タイトルマッチに挑む二名の男子選手とともに、最前列に並ばされることになった。


「シングダム選手、フードをおろしてもらえますか?」と取材陣に言われてしまい、レオナは渋々フードをおろす。


 今日の髪型は、ざんばらだ。なるべく学校の三つ編み姿と印象がかぶらないように、のびかけの髪をわざとぼさぼさにして垂らしている。動画配信サイトとやらでこの姿が公開されても正体の露見につながるとは思わなかったが、それでもなるべく人の目に立ちたくはないレオナであった。


「……かっこいいな、それ」


 と、ふいに横合いから声をかけられた。

 振り返ると、現王者の男子選手が笑いながらレオナを見ている。


「ルチャの試合とか、観るの好きでさ。それってオリジナルのマスクだろ? デザインしたやつ、センスあるな」


 ルチャというのは、晴香がこよなく愛するメキシコのプロレス、ルチャ・リブレのことであろう。アステカ文化とやらの影響から、中南米においては覆面レスラーというものが誕生することになったのだとレオナは聞いていた。


 が、そんな受け売りのうんちく話で会話を広げる場面でもなかろうと思い、レオナは「恐縮です」とだけ答えておいた。

 男子選手も真面目な顔をつくりなおして正面に向きなおり、また盛大にフラッシュがたかれる。


 これにて、本日のイベントは終了である。

 記者たちは全員ルーカス・ジルベルトのもとに群がっていたので、その隙にレオナたちはそそくさと退散させていただくことにした。


「いやー、ようやく終わったね! いまいましい減量生活とも、これでいったんおさらばだ!」


 景虎は、実にすがすがしい顔で笑っていた。


「ちょうど昼時だし、何か食べてくかい? どうせ今日は、練習もオフなんだしさ」


「はい。ですが、できれば関係者と顔をあわせたくないので、場所を変えていただけるとありがたいです」


 キャップとサングラスと花粉症用のマスクにフォームチェンジしたレオナがそのように答えると、「それもそうだね」と景虎はうなずいた。


「それじゃあ、地元に戻ろうか。タケくんの店なんてのはどうだろうね?」


「アキラ、減量明けにラーメンはいけないヨ。お楽しみは、試合が終わってからネ」


「冗談だよ。まずはたらふく水を飲めるだけでも十分さ。……ああ、だけど、あそこのチャーシューメンを食べられる日が待ち遠しいねえ」


 景虎は、機会を見つけては竹千代の働いているラーメン屋に出向いているらしい。かくいうレオナも母親にせがまれて、何度かはその店に顔を出していた。


「とりあえずは駅に向かおうか。トンチャイもこの後はオフだろう?」


「ウン、夜はお店で仕事だけどネ」


「そいつはお疲れさん! 明日はセコンドだってのにお忙しいことだね」


 この三名だけで行動するのは珍しかったので、レオナは何となく身の置きどころのないような、それでいて妙にくすぐったいような気持ちを味わわされていた。

 それでも、初めて顔をあわせてからまだ半年しか経っていないのだと考えると不思議な心地になる。これまでの人生で、尊敬や信頼のできる先輩や指導者などといったものは、レオナにとって友人と同じぐらい縁遠いものであったのだ。


 そんなことを考えながら歩いていると、ふいに景虎が「うん?」と声をあげた。

 そうしてジャケットの内側から引っ張り出されたのは、旧型の携帯電話である。


「お電話ですか?」


「いや、メールだね。……ああ、なるほど」


 景虎は目を細めて笑い、レオナのほうに携帯電話の画面を突きつけてきた。

 スポーツタオルをかぶった仏頂面の伊達に、笑顔の柚子が抱きついている。

 その画像の下には、『勝ちました☆』という短い文面が添えられていた。


 静岡で開催された『フィスト』のアマチュア大会において、伊達が服部選手に勝利したのである。

 同じ画面を見せられたトンチャイも、嬉しそうに微笑んだ。


「カズキ、頑張ったネ。正直、勝つのは難しいと思ってたヨ」


「ああ、だけどこの顔つきからして、判定までもつれこんだんだろうね。九条さんは一本勝ちしたんだから、カズもKOで勝ちたかったろうねえ」


 そう言って携帯電話を懐にしまいこむと、景虎はいきなりレオナの背中を叩いてきた。


「それでも服部選手ってのは強敵だったんだ。何の文句もありゃしないよね、九条さん?」


「ええ、もちろんです」


 答えながら、レオナは胸が詰まるほど嬉しかった。

 レオナと関わってしまったせいで四ヶ月も復帰の遅れた伊達が、勝利で復帰戦を飾ったのだ。

 胸の奥底にわだかまっていた後ろめたさの最後の一欠片が、これでようやく解消されたような心地であった。


「明日はあたしらの番だ。どうせだったら三人まとめて祝勝会ができるように、気合いを入れていこうや」


「はい、頑張りましょう」


 レオナは、笑顔でそのように答えることができた。

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